第五章


 希莉と柚実が側に居てくれたお蔭で、気持ちが落ち着いた。
 二人は私を元気つけるためにどこかへ行こうと誘ってくれたけど、部活があったために行けなかった。
 それならと、夏休み一緒に宿題したり、どこかへ出かけようと約束し、また後にメールで連絡を取り合う運びになった。
 一学期の無駄に過ごしてしまった日々を取り戻す事も忘れず、この夏目一杯楽しむことを私達は誓った。
 二人を笑顔で見送れば、苦しかった時の事を思い出す。
 色々悩んだ一学期だったけど、お蔭で自分は変われたと思ったら無駄じゃなかったかもしれない。
 近江君と出会って恋をした事も、実らなくったって精一杯の青春を私は送った。
 当分は辛いけど、ブンジの悲しみを乗り越えられたように、この恋もいつかきっと甘酸っぱく大切に思えることだろう。
 トイレの中、洗面所で顔を洗い、涙の痕は残ってないか、鏡で確認してから、私は部室に急いだ。
 加地さんや常盤さんといった敵がまだいる限り、私はもっと強くならなければならない。
 感傷に浸ってぼーっとしている暇は私にはなかった。
「遅れてすみません」
 部室に入れば櫻井さんを囲んでみんなが送別会をしていた。大勢が部室に入り込んでるから部室はとても込み合って狭苦しくなっていた。
「おっ、千咲都ちゃん。やっときたね。こっちこっち」
 草壁先輩が声を掛けてくれたので、皆の輪の中に入りやすかった。
 これからみんなで少しずつ出し合ったお金で買ったプレゼントを櫻井さんに渡すところだった。
 宗谷先輩が代表として、ラッピングとリボンで包まれた細長い箱に入ったプレゼントを手にして、櫻井さんに差し出した。
「今までありがとうな。アメリカ留学しても頑張れよ」
 次々にみんなも「ありがとう」を口にして、櫻井さんがプレゼントを受け取ると、一斉に拍手が湧き起った。
 櫻井さんは嬉しそうに、丁寧にラッピングをはがしていく。
 箱の蓋を取ったとき、櫻井さんは感激して喜んでいた。
 それはサッカーボールのチャームがついたネックレスだった。
 早速自分で身につけ、大事そうに胸元を触れていた。
「サッカー部の思い出と共に大切にするね。みんな本当にありがとう」
 送った方も嬉しくなる瞬間だった。
 その後は、ジュースで乾杯をし、思い思いに櫻井さんと会話をして、それが済んだ人達はそれぞれ帰って行った。
 私もまた、櫻井さんと向き合って挨拶をする。
「一緒にもっと過ごしたかったですけど、櫻井さんの分もしっかりと頑張ります」
「遠山さんは無理やりここに連れてこられて、マネージャーにさせられちゃったのよね。私も代わりがいないと困ったから、かなり切羽詰って押し付けちゃったわ。だけど、来てくれて本当にありがとう」
「今思えば、成り行き上そうなりましたけど、これも何かの縁だったと思えば、意味があることのように感じます」
「そう思ってくれると私もほっとするわ。この先もしっかりとマネージャーをやってね」
「はい。先輩も留学頑張って来て下さい。それでいつ出発されるんですか?」
「来週の日曜日よ」
「ひまりちゃん、俺達見送りに行くからね」
 他の部員がノリよく答えていた。
「あれ、来週の日曜日は試合があるんじゃないんですか?」
 私が言った。
「そんなのないよ。それとも急に入ったの?」
 草壁先輩が壁にかかっていたカレンダーを見てチェックした。
 なぜ草壁先輩が慌ててスケジュールを確認するんだろう。
「先輩、近江君に見送りに行くって言って、その日は試合があるっていったんじゃなかったんですか?」
「俺、そんな話知らないよ。ハルの奴、訊いてもいつ出発か言わなかったんだ。よっぽど見送りに来て欲しくないみたいだった」
 近江君はわざと嘘をついたってこと?
「近江君も来週の日曜日に櫻井先輩と一緒にアメリカいくんですか?」
「ううん、私達、出発はバラバラよ。近江君はすぐにでも現地に行って英語に慣れたいって言ってたわ。だから、出発は今日のはずよ」
「今日……」
 一瞬私は呆然としてしまった。私が訊いた時はすでに旅立つ覚悟をしていた。それなのに誤魔化すだけでどうして教えてくれなかったのだろう。
 また心の中で悲しみがぶつかり合う。
「あの、今日の何時ですか」
「正確にはわからないけど、夕方5時頃じゃないかしら。私もその時間帯の飛行機なの」
「今から空港に行けば見送り間に合うかも」
 私は声に出して呟いていた。
「何、千咲都ちゃん、ハルの見送りに行くのかい?」
 なぜだか私は行かなければならないように思えた。切羽詰った顔をして草壁先輩に頷いた。
 草壁先輩は何かを悟ったように、微笑んだ。
「だったら、早く行かないと、間に合わないぞ。くそ、なんかまたハルに負けちまった」
 私がここで近江君への思いを意思表示したことで、草壁先輩には充分な理由になったのだろう。
 断りのダメだしも、草壁先輩は、はっきりと私が近江君の事を好きだと言わなかったから、あんな風にやり直しと何度も言ってきたのかもしれない。
 また、近江君が私の事をどう思っているのか探るために、草壁先輩は色々と挑発な態度を取って試していたとも考えられる。
 これもまた思い当たることが多々あった。
 草壁先輩を見れば、すっきりとした顔で笑ってから、私にウインクをしてくれた。
 早く近江君に会いに行けといわれているようで、私もいてもたってもいられなくなった。
 櫻井さんに近江君の目的地先を訊けば、シアトルと返ってきた。どこにあるか正確には分からなかったけど、聞いたことはあった。
 私はすぐさま駆け出し、駅に向かった。
 お金があまりないので、タクシーは使えないのがもどかしい。腕時計を見て、間に合うかハラハラしながら、空港を目指した。
 電車がノロノロと感じ、空港までの道のりがとても長くて気だけが焦る。
 時計とにらめっこしながら、絶対間に合うと信じて、私は電車に揺られていた。
 いざ近江君に会って見送るとき、何を言えばいいのだろう。
 色んな言葉を頭の中で思い浮かべながら、まだ迷いがあった。
 だけど、会えばきっと自然に言葉が出てくるはず。今度こそ正直な気持ちを伝えたい。
 今は間に合うことの方が先決だった。
 そして空港が近くに迫り、空に飛行機が飛んでるのを見たときは、私のドキドキは胸を突き破りそうに激しく打っていた。
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