Pure Dark

第十一章

35 たくらみ

 週末が明け、ベアトリスは学校に戻ってきた。
 門前でパトリックの見送られてから、教室へと向かう。
 久しぶりの学校。何よりもまず、ヴィンセ ントに会いたい。そればかり頭から離れなかった。
 教室内に足を踏み入れると、一斉にクラスの視線を浴びた。交通事故に遭ったことは誰もが知っていだが、心配する声を掛けてくる者は誰一人いなかった。
 そしてジェニファーは鋭い目つきでベアトリスを睨みつけ、まるで戻って来て残念だと言わんばかりだった。
 以前遭遇したジェニファーの異常な行動が、ベアトリスの脳裏にフラッシュすると、忘れたいと強く打ち消した。
 これ以上、惑わされたくないと関わらないことを選択し、そのまま何事もなかったように装って自分の席についた。
 そしてヴィンセントの席に目をやれば、彼はまだ来ていない。
 電話で話してからどんな顔をして会えばいいのかわからず、おちつかずにいると、圧迫されるような人の気配を背後で感じた。恐る恐る振り向けば、そこには大きな体のポール、即ち中身はコールだが、ベア トリスを威圧的に見下ろしていた。
 ベアトリスは突然の事に戸惑い、視線をはずせずに暫く顔を見つめた。
「ベアトリス、やっとお出ましか。なんか交通事故に巻き込まれて大変だったんだって。その割には大した傷も残ってなくて元気そうじゃないか」
 一度も話したことのない人から馴れ馴れしく話しかけられて、ベアトリスは眉間に皺を寄せ困惑の表情が隠せないでいた。
「ちぇっ、俺そんなに嫌われてたのか。そりゃこんな体で馬鹿にされるのは仕方ないけど、話しかけても何も言って貰えないのは失礼だぜ」
「あっ、ご、ごめんなさい。その、ちょっとびっくりして。でも心配してくれて声を掛けてくれたんだね。ありがとう」
 ベアトリスは無理してニコッと笑った。その笑顔はジェニファーと違った魅力があるのをコールは感じた。だがノンライトの体のためにベアトリスの本来の姿までは気づけなかった。
「なるほど、君も中々かわいい子なんだ」
「えっ?」
「ああ、こっちのこと。それよりさ、ちょっと聞きたいんだけど、あんたはヴィンセントのことどう思ってるんだい?」
 ベアトリスの体の温度が急激に上昇し、顔が真っ赤になっていく。目線が定まらず、瞳を揺らして動揺していた。
「なんだ、そうなのか」
 コールは二人が両思いだとわかると、ニヤリと冷やかすような笑いをみせた。
 その時、ヴィンセントが教室に入ってきた。
 ベアトリスにすぐに気がつくが、近づくこともできずに無言で席についた。だが側にポールがいるのが非常に気になり、落ちつかずそわそわしていた。
 ベアトリスもヴィンセントに気がつき、視線を投げかける。側に行きたい気持ちを抑え、体に力を込めている。
 二人の様子を見ていたコールは首を傾げた。
──なんだ、ヴィンセントの奴、この子を無視してるじゃないか。事故に遭ったというのに、心配する声もかけないのはおかしい。なぜだ。
「なあ、ヴィンセントと喧嘩でもしてるのか?」
 コールが聞くと、ベアトリスは首を横に振り、教科書を突然開き話を逸らそうとした。あまりヴィンセントのことについて聞かれたくない態度を取ったようにみえたので、コールもまた面食らった。
──なんだこいつら。全く訳がわからないぜ。
 それからコールは二人を見ては様子を探っていた。声を掛ける事も、近寄ることもしない二人に疑問がどんどん湧いてくる。
 だが、コールがベアトリスの側で話をすると、ヴィンセントは気になるのかたまにチラチラと見ていることに気がつき、口元が自然に上向いた。
 一つからかってやろうと、昼休みヴィンセントの目の前でベアトリスを引っ張り、あまり人が来ない校舎の裏へ連れて行った。
「あ、あの私に何か用事でもあるの?」
 ベアトリスは少し怯えながらも、困惑している。コールは必ずヴィンセントがどこかで見ていると思い、アクションを起こした。
「ちょっと、実験でもしようかなと思ってさ」
 ベアトリスがキョトンとしていると、コールはじりじりとベアトリスに近づいた。大きな体が迫ってくるので、ベアトリスは無意識に後ずさっていく。そして 体がトンと校舎の壁に当たると、もう後ろには動けず、壁にのけぞるように突っ立っていた。
 コールはベアトリスの腕を無理やり掴んだ。
「痛い、離して。やめて」
 ベアトリスは戦慄して、顔を青ざめていた。
「ほら、もっと叫ぶんだ。そんな声じゃ聞こえないぜ」
 不気味に笑う邪悪な表情に、ベアトリスは恐ろしすぎて声が出なくなっていた。
「おい、ポール、何をしてるんだ。やめろ」
「やっとヴィンセントのお出ましだ。やっぱり来たか、でも現れるのが遅いんだよ」
 コールが振り向いたとき、ヴィンセントは息を荒くして、必死に力を込めて前かがみに立っていた。
「ん? お前、どうしたんだ? なんか苦しそうだな。 昼飯悪いものでも食ったのか?」
「いいから、早く彼女から離れろ。一体何を考えてるんだ。最近のお前は異常すぎる」
──ヴィンセントやっぱり苦しそう。
 ベアトリスが自分の仮説が正しいと思ったときだった。校舎の角からサラ、グレイス、レベッカ、ケイトが現れた。
 四人は目の前の光景を不思議そうに見ていたが、そのうちサラがはっとして、すぐにヴィンセントの側に駆け寄った。
 ヴィンセントはその瞬間背筋が伸び、そしてサラを驚きの表情で見ていた。
 驚いて見ているのはヴィンセントだけではなかった。グレイス、レベッカ、ケイトも気がついていた。
 サラは自虐するように情けない引き攣った笑顔をみせ、首を一度縦に振った。
「ちぇっ、邪魔が入った。これから面白くなるところだったのに。まあ、いっか」
 人が集まってやり難くなり、コールは諦めてその場を去っていった。
 サラはヴィンセントの腕を引っ張り、ベアトリスに近づいた。ヴィンセントはつまずきそうになりながらベアトリスの側までやってきた。
 ヴィンセントがなんの障害もなく自分の側に来たことに対しベアトリスは驚いている。
 グレイス、レベッカ、ケイトは離れたところからただ突っ立って三人の成り行きを見ていた。
「ベアトリス、事故にあったそうだけど、もう大丈夫なの?」
 サラが聞くと、ベアトリスは頷いた。
 ヴィンセントも何か言えと、サラはひじで突く。
「その、ベアトリスが無事でよかったよ」
「ヴィンセント、あの、変なこと聞くけど、苦しくないの?」
 ベアトリスは久しぶりにヴィンセントと近くで会えたのに、口から出たのは自分の仮説の確認だった。
「なっ、なんでそんなこと聞くんだい?」
 二人の会話にサラはベアトリスが何かに気がついていたと察した。
「あっ、そうだ、ヴィンセント、ちょっと話があるんだけど、付き合ってもらえないかな。別に構わないでしょ、ベアトリス」
 サラの言葉にベアトリスは頷くことしかできなかった。
 ヴィンセントもこの時サラについていくしか選択はない。未練が残るようにヴィンセントは何度も振り向き、そして二人はベアトリスの視界から消えた。
 困惑しているベアトリスをなんとかしようと、グレイス、レベッカ、ケイトが走り寄った。
 三人は気を遣って話をするが、ベアトリスはすっかり上の空だった。
 その様子をみて、三人も苦笑いせざるを得なかった。
 サラが抱いた感情とヴィンセントへの接触、そしてこの先一体どうなるのかと思うと、気が気でなくなった。

「サラ、これはどういうことだい」
「そんなの見た通りに決まってるでしょ。私が間に入ったことで急に苦しくなくなったのが全てを物語ってたでしょ」
「それって、ディムライトの君がホワイトライトを嫌ってるってことになるんだぜ」
「そうよ。おかしい?」
「どうして? ベアトリスのことを」
「だけどお陰で、あなたはベアトリスに近づけた。感謝して欲しいくらいだわ。何があったか知らないけど、あの大きな男の人の変な噂聞いた事があるわ。かなり暴れまくってるそうね。もしかして影でも仕込まれてるんじゃないの」
「いや、それはないと思う。ベアトリスにあれだけ近寄れて、触れることもできた。影が仕込まれていたらシールドではじかれてあんなことはできないはずだ」
「そう、ただの不良ってことね。だけどベアトリスも次から次へと巻き込まれるわね」
「それより、君のその……」
「憎しみ? 嫉妬? ネガティブな気持ち? なんでもいいけど、私はどうやら唯一事情を理解してあなたを助けることができる存在みたいね。そこで一つ提案があるんだけど、来月のプロムに私を誘ってみない?」
「えっ、君をかい? なぜ」
「まだわからないの。私が側にいれば、あなたはベアトリスに近づける。いいチャンスじゃないの」
「だけど、ベアトリスはプロムには参加しないはずだ」
「相手がいない…… そういいたいのね。甘いわ。彼女は必ずパトリックを誘うはずよ。それぐらい先が読めないの?」
「だけど、君は一体何を考えてるんだ」
「だからあなたとベアトリスの応援をしてるだけ。そうすれば私にも都合がよくなるから」
「まさか、君はパトリックのことを、だからそんな感情が」
「今さら気がついたの? そうよ。だからプロムの時にあなたを手伝う作戦があるの」
 サラは計画を洗いざらいに話した。
 ヴィンセントはその大胆な話に驚き、躊躇していた。
「そんなことしたら……」
「でも、そうでもしなければあなたはベアトリスに近づけない。それがチャンスだと思えば、やらない手はないんじゃないの?その後はあなたが全力で思うようにやり通せばいいだけ」
 ヴィンセントは暫くうつむき加減で黙り込んでいた。二人っきりになれるチャンスは滅多にない。二度のチャンスもうまく活かせなかった。そう思うとヴィンセントの欲望は強 くなる。
 ヴィンセントが再びサラをみたとき、答えはもう出ていた。
「プロムデート(プロムの相手のことを呼ぶ名称)是非頼む」
「ええ、喜んで」
 二人は同盟を結んだ。
「それから、できるだけ二人の力になれるように、私が間に入ってあげる。その時は私のこと石だと思って気にせず話すといいわ」
「お気遣い、感謝するよ」
 ヴィンセントは急におかしさがこみあげ、鼻から洩れるように笑っていた。サラもそれに釣られた。
 ヴィンセントとサラが何を話していたかベアトリスには全く判らない。
 そして二人が仲良く楽しそうに笑って会話をしながら戻ってきた姿に、心の中で要らぬ感情が突然芽生え出した。
「ねぇ、放課後皆でアイスクリーム食べに行かない? もちろんヴィンセントも」
 サラが提案すると、ベアトリスを含めグレイス、レベッカ、ケイトも、口をあんぐりとあけてしまった。
「ああ、いいよ。もちろんベアトリスも行くだろう? ささやかな退院祝いっていうことでどうだい」
 ヴィンセントが久々にウインクして同意を求める。
「えっ、あの、その」
 ベアトリスは返事に困っている間に、サラが勝手にことを進めてしまった。
「それ、いいアイデア。決まり。さてと、私もそろそろ教室に戻らないといけないから……」
 サラがヴィンセントに遠まわしに言うと、ヴィンセントは察知した。
「そうだ、僕も先生に呼ばれてたんだ。先に行くね。じゃあまた後で」
 サラは楽しいといわんばかりの笑顔でヴィンセントに手を振っていた。
 ベアトリスは知らないところで、急にサラとヴィンセントが仲良くなったことに戸惑いを見せ始めた。
 それが自分のためであるとも知らずに、ベアトリスは違う方向に捉えてしまっていた。
「それじゃ私達も戻らないと。ベアトリスまた後でね」
 サラは、三人を引き連れて去っていった。
 要らぬ気持ちを抱えたまま一人ぽつんとベアトリスはその場に残された。
 すっきりしない気持ちのまま、無理に足を動かして、教室に戻っていった。
 足取りは重く、見つけた小石を見れば、無意識に軽く蹴っていた。

「ちょっと、サラ、どういうつもりなの」
 我慢できずに聞いたのはレベッカだった。ソバカスが動くくらい興奮して口を激しく動かして喋っている。
「そうそう、皆に頼みたいことがあるんだけど、放課後パトリックがベアトリスを迎えにくると思うけど、ベアトリスとかち合わないように手伝って」
 責められてるのにも関わらず、サラは飄々と答えた。
「ちょっと待ってよ、サラ。あなたのやってることわかってるの」
 ケイトが切れて冷たい口調で話す。
「そうよ。ディムライトがダークライトに協力するなんて……」
 グレイスもおどおどしながら話した。
「だけどレベッカもケイトもヴィンセントに協力したじゃない」
 サラが指摘すると、二人は困ったように萎縮した。
「あれは、以前告げ口したから、それを許して貰うためにただ言付かった手紙をベアトリスに渡しただけよ」
 レベッカが言い訳するように言った。
「私達は罪を償う意味があったけど、サラの場合は全く違う。ベアトリスに敵意を抱いてそれを利用してダークライトを手助けするなんて言語道断」
 ケイトが反撃するように切り捨てた。
「判ってるわよ。でも少しだけ、少しだけ私の思うようにさせて。お願い」
 サラは責められても仕方がないと認めると、頭を下げるように下を向きながら懇願する。
 三人は理由を聞かなくても、パトリックのことでベアトリスに嫉妬を抱き、さらにベアトリスをパトリックから遠ざけヴィンセントとくっつけようとしてるく らい容易に推測できた。
 三人は呆れるが、何を言っても融通の聞かないサラには馬の耳に念仏だと諦め気味だった。軽くため息がそれぞれ洩れる。ただ巻き込まれたくないと、三人は顔を見合わせサラと距離を置く決断をした。
「協力するのは、今日一回だけ。放課後パトリックとベアトリスをかち合わないようするわ。でもその後は、もう何も手伝わないからね」
 代表してレベッカが言った。
 サラは頷くと『ありがとう』とだけ弱々しく答えた。

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