Pure Dark

第二章

4 それぞれの思惑 

 アメリアが倒れてからしっかりしなければと、何ができるかベアトリスは考える。
 まずは夕食の支度に取り掛かろうとしたが、アメリアは食欲がないと言って、水分とサプリメントを口にしただけで寝てしまった。
 ベアトリスも証拠隠滅のためにサンドイッチを食べたお蔭で、あまり空腹を感じず、この日は特別作る必要はなかった。
 それよりもバッドヘアーデーを繰り返すまいと、近所のドラッグストアでシャンプーを慌てて買いに行った。
 その後は宿題を済まして、早く就寝し、次の日のために早起きしようと心がける。
 色んなことが起こったにも関わらず、めまぐるしい変化のために自分の事を気にかけている暇がなかったくらいだった。
 時間が経てば、どんどんと記憶が曖昧になって、あやふやさが増してくる。
 それがいいことなのか悪いことなのか、しまいにはどうでもよくなるような思いだった。
 翌日、いつもより早く起きられたものの、アメリアのために朝食をどう用意してよいのか分からず、悩んだ挙句、缶詰を開けてそのままそれをお皿の上に出した。
 それをアメリアの前に持って行った時がとても恥ずかしかったが、アメリアは文句を言わなかった。
 ベアトリスは料理ができないことを改めて自覚すると、アメリアが居なかったら何もできないことにショックを感じていた。
 このままではいけない。
「学校から帰ってきたら、ちゃんと作るからね」
 本気を出せば料理の一つや二つ作れないことはない。
 料理の本もあるし、ネットでだってレシピは調べられる。
 美味しいものを作ってみたいという意欲もあった。
「気を遣わなくてもいいのよ。それよりも、あまり無茶をしないで」
「それはこっちの台詞よ。アメリアこそ無理をしないでね。できるだけ早く帰ってくるから」
 ベアトリスが部屋から出ようとしたとき、アメリアは口を開きかけたが、声を出すのを躊躇った。
 パタンとドアの閉まる音が聞こえた時は、すでに手遅れだった。
 そしてそのドアの向こうから、さらに玄関の開く音が聞こえ、またそれも閉まる気配がすると、アメリアはため息をついていた。
 このまま何も起こらずに、無事に済んでくれることを願って止まない。
 先ほど言いたかった言葉がこの時になって出てしまう。
「ヴィンセントには気をつけるのよ」
 それでも、二人が接近してしまうことは避けられないのはわかっていた。

 ベアトリスは教室に入る前、自分の髪に触れた。しなっとしたさわり心地に安心して教室に足を踏み入れると、突然ジェニファーが飛びついてきた。
「ベアトリス!」
 ジェニファーが風邪で休みだったことをすっかり忘れてた。
「ジェニファー、もう大丈夫なの?」
 思い出したように心配の言葉を添えたが、少し目が泳いでしまう。
「うん、きっと心配してるって思ってた。もう大丈夫よ。ごめんね一人にして」
 自分がいないとヴィンセントも近づくことがなく、ベアトリスが路頭に迷うとわかっていた言葉だった。
 合わせる様にベアトリスも適当に返事を返したが、ジェニファーの事を心配していなかった事に少し罪悪感を覚えた。
「ベアトリス、なんか髪の毛がいつもと違うね」
 ジェニファーに髪のことを言われてまたドキッとしてしまい、自分の髪に手がいった。
 そこへヴィンセントが気まずそうに二人に近づいてきた。
 ベアトリスの様子を恐る恐る伺う。
 自分は風邪で休んでいたのに、それを無視してベアトリスしか見ないヴィンセントの態度にジェニファーの目つきが変わった。
 ベアトリスといえば、ヴィンセントの登場で前日のこんがらがった状況を思い出しては気まずくなっていた。
「ヴィンセント、おはよう。あら、ベアトリスばかり見て、病上がりの私のことは気にならないの?」
「えっ、あっ、そうだった。もう大丈夫なのかい?」
「あら、取ってつけたようにありがとう。ええ、すっかり元気よ。だけどベアトリスとなんかあったの?」
 ジェニファーの表情が一瞬曇るも、気を取り直してキラキラの笑顔を向けた。
 ベアトリスは何をどう言えばいいのか考えていると、ヴィンセントは用意したシナリオをジェニファーに説明しだした。
「実は恥ずかしい話なんだ。昨日火災報知器の誤作動があって、僕、あの音でパニックを起こして、それでちょっと呼吸困難に陥ってしまったんだ。それをベア トリスが助けようとしてくれたんだけど、尋常じゃない僕の姿に驚いてベアトリスも慌ててしまって、何かの拍子に躓いて転んだんだよ。その時にベアトリスも 頭打ったみたいで気絶しちゃって。もう大変だったんだ。男として本当に情けない。それでベアトリスが怒ってないかなと思ってつい……」
 ベアトリスはビンセントの口から出た真実に驚きつつも、何も言えず、半信半疑で戸惑っていた。
 ヴィンセントは申し訳なさそうな顔を作り、ベアトリスの反応を覗こうと目が光っていた。
「えっ、そんなことがあったの? だけどそんなことで怒るわけないじゃない、ねぇ、ベアトリス」
 ジェニファーが話を振るが、ベアトリスはまだ何も言わない。
 この話が作り話だとしても、自分があの時見たと思われる出来事の方がよっぽど作り話に思える。
 怒る怒らないの次元じゃなく、言葉を組み立てられない程、頭の中はこんがらがっていた。
「ベアトリス、やっぱり怒ってる? 昨日説明しようにも、まだ気分が悪かったのと、父親が迎えにきて、恥ずかしくて君に顔向けできなかった。ほんとにごめん」
 思わずベアトリスははっとした。ヴィンセントの父親が確かに迎えに来ていた。
「ベアトリス、ヴィンセントが謝ってるのに、まだ何も言わないの?」
 ジェニファーがまどろっこしいとばかりベアトリスの背中をドンと叩いた。
 ジェニファーの嫉妬の気持ちが入り込み、崖から落とすような勢いだった。
 叩かれた勢いでベアトリスが前につんのめると、ヴィンセントに肩を受け止められる。
 最初、ベアトリスを支えようと咄嗟に肩に軽く触れた程度だったが、ベアトリスに触れるや否やヴィンセントは小さく「あっ」と感嘆した。
 何かを感じ取ると、ヴィンセントの表情が晴れやかになった。そして確認するかのように、ベアトリスの肩を掴む手にもっと力が入った。
 ベアトリスとまじかで目が合う。
 ヴィンセントは真剣な面持ちでベアトリスと向かい合い、その瞳にはベアトリスがくっきりと映り込んでいた。
 ヴィンセントの真剣に見つめる瞳に吸い込まれるかのように、ベアトリスは一瞬にして違う世界に飛ばされた。
 秘めていた思いが一気に心打ち破る。ほんの数秒の間、自分の気持ちに正直になっていた。
「ちょっとベアトリス、大丈夫?」
 ジェニファーの声がベアトリスの気持ちをまた封印させる。
 ハッとしたとき、ぼっと顔に火がつくような恥じらいが押し寄せ、ベアトリスは慌てて身を引いた。
 だが触れられた部分が暫く火照り、胸もドキドキが止まらなかった。
 その一方でヴィンセントは、ベアトリスに触れた自分の手のひらを感慨深くじっと見つめる。
 その二人の間で、ジェニファーは作り笑顔を必死に保つための努力をしていた。
 ベアトリスがジェニファーの気持ちに気がつかない訳がない。
 必死に取り繕うとする。
「あっ、私、その何も覚えてなくて、というより、そんな話に驚いて、それでその、あの……」
「ベアトリス、何を言ってるの。もういつもはっきりしないんだから。とにかく、ヴィンセントが気にしてるんだから、それについてどう思うか答えてあげたら?」
 ジェニファーがイライラしている。
 それを察してベアトリスは気にしないでと、無理に笑顔をヴィンセントに向けたが、顔はうつむき加減だった。
 肩を触れられ、まじかでみた美しいヴィンセントの顔にまだのぼせていた。
「ああ、よかった。君には嫌われたくないからね」
 ヴィンセントがベアトリスの両肩にもう一度両手をポンと置いた。
 ベアトリスはドキッとして、跳ね上がった。
 そしてヴィンセントは上機嫌に笑っていたが、その隣でジェニファーが不機嫌を露にしていた。

 それからだった。休み時間になる度にヴィンセントはベアトリスの側に行く。
 ジェニファーよりも早く駆けつけるので、ジェニファーは首をかしげると同時に、誰にでも振りまいていたキラキラの笑顔が消えていった。
 この間までは、少なくとも風邪で休む前日まではこんなことは起こらなかったと、もう笑えない状況だった。
 いつもなら、ジェニファーがベアトリスの側についてからヴィンセントが後から加わるのが通常の習慣で、ヴィンセントが直接、自分を抜きにしてベアトリスに接触することなどありえないとジェニファーは思い込んでいた。
 ジェニファーの心はかき乱される。冷静さを保とうと必死になればなるほど、焦りで苛立ってくる。
 ヴィンセントとの距離が縮まったベアトリスはそれに困惑していく。
 ヴィンセントに笑顔を向けられる度に、気分を害したジェニファーの気持ちが同時に伝わり板ばさみになるからだった。
 ──ヴィンセント一体どうしちゃったの?
 哀れな子犬のような目でベアトリスはヴィンセントに訴える。ヴィンセントはくすっと笑ったかのように見えたが、急に心配そうな表情でジェニファーを振り返った。そして芝居がかった台詞を投げかけた。
「ジェニファー、顔色が悪いよ。まだ病み上がりなんだから無理しちゃだめだ。本当はまだ治ってないんじゃないのかい」
 ヴィンセントがジェニファーの肩に手を回し、自分に引き寄せた。
 子供のように頭を数回撫ぜては、いい子だとペットのような扱いをする。一瞬にして沸騰寸前だったジェニファーの気持ちが静まった。
「やだ、ヴィンセント! やめてよ、もう」
 困った顔をしつつも、ジェニファーはちらりとベアトリスの顔を見る。ベアトリスが目のやり場に困り一瞬目をそらした時、ジェニファーの口元は微笑していた。
「あら、こんなところで見せつけ? お二人さんいつも仲がいいわね」
 後ろからアンバーの冷やかしが始まった。
「やめてよ、アンバー。そんなんじゃないって。ヴィンセントはいつまでも私のこと子ども扱いしてからかってるのよ」
 ジェニファーの言葉と気持ちは全く違っていた。仲がよくて当たり前だといわんばかりだった。
 だがヴィンセントは違う。片一方の口角を持ち上げて気取って笑い、それで筋書き通りだと満足していた。
 そしてベアトリスに視線を投げかけウインクで合図する。
 『これでいいだろう』と言わんばかりに、 ジェニファーと仲良くすることは偽りだと強調するかのようだった。
 しかし、ベアトリスにはその意図がわからなかった。
 ベアトリスはただ戸惑っていた。二人と一緒に居ることが次第に苦しくなってしまった。

 昼休み、ベアトリスは用事があるとヴィンセントとジェニファーから離れた。
 手にはしっかり自分で作った弁当を持って、そして人が来ない場所を求め校舎の裏を歩いていた。
 少しばかりの芝生と木が数本立っているだけで、人も滅多に通らず、気兼ねなくゆっくりできるとベアトリスは木陰に腰を下ろす。その瞬間、ふっと息が洩れた。
 以前はこんなことがなかったのに、ヴィンセントもジェニファーも人が変わったようだ。
 物静かなヴィンセントは距離を置いてベアトリスと接していた。
 ベアトリスとヴィンセントの間には必ずジェニファーが入り、ジェニファーがいなければヴィンセントはベアトリスには接触せず、話すことすら制限があるようによそよそしいものだった。
 それがベアトリスとヴィンセントの間に障害がなくなったように、一気にヴィンセントが勝手に入り込んでくる。
 そしてジェニファーの笑顔に陰りがでて、ベアトリスは彼女との友情に危機感を抱く。
 ジェニファーと自分とでは比べ物にならない雲泥の差があるのは分かっている。だが偶然とはいえ、ヴィンセントに肩を掴まれたことが拍車をかけて、ベアトリスの抑えていた感情をむき出しにした。
 あの時のヴィンセントの瞳が目に焼きついている。吸い込まれそうなほどに神秘的に透き通り、求めるようにベアトリスを見つめる──。
「あんな目で見られたら、見られたら……」
 茶色の紙袋に入ったピーナッツバター&ジェリーサンドイッチを取り出し、気持ちをかみ殺すようにかぶりつく。
 ピーナッツバターが口の中でねとねとしていた。心の中と同じようにすっきりしない後味だった。

「ベアトリス様、ここで何をされてるんですか」
 声をする方に顔を上げれば、遠慮がちに、屈んで顔を覗き込むものがいた。栗色のさらさらしたロングヘアーを耳に引っ掛けながら、にこっと笑顔を見せている。
 幼げで、まだ子供っぽいが、身につけている薄地の涼しげなスカートの裾のレースが清楚なお嬢様の雰囲気をかもし出していた。
「あなたは、確かええーっと、サラのお友達の」
「はい、グレイスです」
 控えめににこっと笑い、ベアトリスの隣に腰掛けた。
「皆は一緒じゃないの?」
 辺りを見回すベアトリスにグレイスは訳ありに暗い顔をする。
「ちょっと皆と喧嘩しちゃって、頭冷やしに歩いてたんです。でも外の方が暑いですね。ベアトリス様もこんなところでお一人だなんて、危な……、いえ、その何か訳ありですか」
 ベアトリスは確信をつかれて、どぎまぎする。それをかき消すように話をそらした。
「あの、ベアトリス様はやめてくれない? 他のお友達にも言っておいて」
 分かりましたとばかり、グレイスは頷く。恥ずかしそうに笑うグレイスの笑顔はあどけなく、真似できないかわいらしさがあった。
「グレイスこそ、どうして喧嘩なんかしたの。あんなに楽しそうで仲がよさそうなのに」
 ベアトリスの何気ない質問に、グレイスは複雑な表情を見せて黙ってしまった。
「ごめん、別に言いたくなければいいのよ」
「いえ、あの、全てはサラが原因なんです。サラが調子に乗った発言をしてしまって、それでレベッカとケイトが腹を立ててしまったんです。私はトラブルに巻 き込まれたくなくて黙ってたんですけど、みんなの意見を聞いてたらどうしたらいいかわからなくなって抜け出してきました」
「詳しいことは分からないけど、グレイスの気持ちはなんとなく分かるな。自分の知らないところで周りが変に動き出してしまう。それは巻き込まれたくないよね。よし、私が仲介役になったあげる」
 すくっと、ベアトリスが立ち上がった。食べ残しのサンドイッチを茶色の紙袋にいれ、ぐしゃぐしゃと丸め、近くのゴミ箱に捨てた。
 そして、後ろを振り返りグレイスに早く来いと手で招いた。
 グレイスは慌てて立ち上がりベアトリスの後ろをついていく。
 内心「どうしよう」とあたふたしていた。

 喧嘩したと言われる三人は、花壇がある中庭でまだ何かを言い争っているようだった。
 校舎と校舎の間に位置する空間。人々は通路代わりにそれぞれの方向へと行きかう。
 そこにグレイスがベアトリスを連れてきたものだから、皆驚いて黙り込み、借りた猫のように大人しくなった。
「グレイスから聞いたわよ。喧嘩したんだって。詳しい事はわかんないけど、もうやめましょう。グレイスが困ってるよ」
「グレイス、あんた何を言ったのよ」
 サラが責めるとグレイスは俯いてしゅんとした。
「サラ、どうしたの。グレイスはあなた達がいがみ合ってるとしか言ってないわ。私はそれを止めに来ただけ。でも原因はなんなの?」
 三人とも口をつむぐ。目だけはベアトリスに向けていた。まるでその原因がベアトリスにあるような目つきだった。
「一つ聞いていいですか」
 口を出したのはケイトだった。眼鏡の奥から冷静な視線がベアトリスに向かう。
 ベアトリスが頷くと周りの三人はケイトに釘漬けになった。変なことを言い出さないかと不安でじりじりさせられた。
「好きな人はいますか?」
 ケイトの質問にサラが一番反応した。
「えっ、その質問と喧嘩がなんの関係があるの?」
 突拍子もないケイトの質問に驚きすぎてベアトリスは固まった。
「だから、好きな人がいるんですか?」
 もう一度ケイトが繰り返す。
「そ、それは、その」
 正直迷惑な質問だった。もちろんベアトリスは答えたくない。
「誰だとかは言わなくていいです。今、その人に会いたいと心の中で思って下さい」
「ちょっと、ケイト何を言い出すの。今日のベアトリスは昨日よりも力が解放されている。そんなことしたら……」
 サラが言うと畳み掛けるようにレベッカがさえぎった。好奇心でそばかすまでざわめいてるようだった。
「いえ、そうする方がいいわ。きっと思いは届くはず」
「ちょっと待ってよ。なんなのよ、一体何を言ってるの?」
 ベアトリスは平常心を装うが、好きな人という言葉に反応して頭にもうすでにあの顔が浮かんでいた。
 ベアトリスは逃げ腰に、自然と後ずさる。その時背中に誰かがぶつかった。
 そしてしっかりとベアトリスの肩をそれは掴み、目の前では四人が険しく引き攣った驚き方をしていた。
 ベアトリスが「すみません」と恐る恐る首を後ろに向けると、そこには、頭に浮かんだとおりの端整な顔立ちの爽やかに笑うその人が居た。
「ヴィンセント!」
 ベアトリスはビックリたまげて、倒れそうになる。だがしっかりと肩を掴まれて支えられ、かろうじて震える足で立っていた。また触られたところがジンジンと熱い。
「探したよ。こんなところに居たのかい。ところでこの人たちと何を話してたんだい。それにいつの間に知り合ったんだい?」
 ヴィンセントはベアトリスには優しく語るが、顔を前に向けたとき鋭く四人を睨み付けた。
 四人は瞬間冷凍されたように氷つく。気を取り直し、負けじとケイト、レベッカは攻撃的な目つきをヴィンセントに返した。
 温和なグレイスでさえも訝しげに嫌悪感を露にする。
 一般の女生徒で彼をちやほやしないのは彼女達くらいのものだった。しかしサラはベアトリスとヴィンセントを交互に見つめ、瞳が揺れていた。
「おや、僕は歓迎されてないみたいだね。まあ、その理由はわかるけど。さあ、ベアトリス、次のクラスに行くよ」
 ヴィンセントは放心状態のベアトリスを後ろから押して歩かせた。ベアトリスの足取りはぎこちない。周りの注目も浴びていたが、歩き方がおかしかったからではなく、ヴィンセントと一緒にいることが原因だった。

「ちょっとケイトどういうつもりであんなことを。思った人を呼び寄せる力が備わってるって知っててやったんでしょ」
 サラが怒りだす。
「やっぱりね。半信半疑だったけど、これではっきりした。ベアトリスはヴィンセントに心を奪われすぎてる」
「ちょっと待って、ケイト。じゃあ、初めっからこうなることを予想してあんなことを? いつの間にそこまで観察してたのよ。私はてっきりパトリックを呼び寄せるのかと」
 レベッカが目を白黒させていた。
「私もパトリックに伝わるかと思った。ケイトもレベッカもパトリックにベアトリスの居場所を教えた方がいいって言ってたし、本人が呼んでくれたら問題はな かった。それに反対したのがサラだけ。だから私達は対立してしまった。サラはパトリックが来たらベアトリスと仲良くなり難くなるのを恐れたんでしょ、自分 の利益のために」
「グレイス、あなたにそんなこと言われる筋合いはないわ。あなたは自分の意見も言わず逃げたじゃない。あなただって心の底ではベアトリスと仲良くなりたかったんじゃないの。そうじゃなかったら人見知りの激しいあなたがベアトリスに声をかけるなんて考えられない」
「もうやめようよ。こんなことで争うの。今はそれどころじゃないわ。非常事態よ。ここは一致団結してヴィンセントからベアトリスを遠ざけることが優先だと思う。パトリックに連絡しましょう」
 レベッカの言葉にケイトとグレイスが耳を傾けたとき、サラが猛烈に反対し、発狂したように叫ぶ。
「だめ、パトリックにはまだ連絡しないで。お願い」
 サラの涙まで見せるその姿は他の隠れた理由が露呈した。三人は何も言わず顔を見合わせていた。

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