Pure Dark

第十二章

40 詮索 

 ヴィンセントが教室に入るなり、ベアトリスがポールに扮したコールと話をしている姿が目に映る。
 コールはニコニコと上機嫌でベアトリスに語り掛けてい た。
 ベアトリスは半分怯え、半分気を遣い、体は逃げ腰になりながらも当たり障りのないように相手をしている。意地悪されないための必死の攻防策だった。
「まだ俺のこと恐れてるのか。意地悪してすまなかった。謝るから許して欲しい。どうすれば君と仲良くなれるんだい?」
「えっ、私と仲良くなりたい? どうして」
「だって、君、結構かわいいのに、いつも一人だろう。なんだか守ってあげたくなっちまったんだ。それに俺にはとっても魅力的なんだ。君が光輝いて見えるよ」
 口ではロマンティックに囁いても、コールの目は威圧するようなギラギラした目つきをしていた。
 ベアトリスは圧迫感を感じのけぞる。
「いえ、あの結構です。一人でも大丈夫ですから」
「おっと、また怖がらしちまったのか。どうすれば君に好かれるんだろう。もう無理やりうばっちまうしかないか。ハハハハ」
 ベアトリスは強引なコールの台詞に身を引いていた。
 ヴィンセントはベアトリスの側に行って助けてやりたかったが、近寄れないことに苛立ちを感じ、震えていた手から黒いけむりと青白い光がビリビリとスパークしだした。
 ふと斜め横を見るとアンバーが同じような感情を抱いてわなわなと怒りを押さえているのが目に入った。
 ヴィンセントはもしやと思い、すくっと立ってアンバーに近づき腕を取って、ベアトリスの前まで詰め寄った。
「えっ、ヴィンセント? どうして私の腕をもってるの」
 アンバーは引っ張られるまま、コールとベアトリスの前に立たされたが、訳が分かってなかったので困惑していた。
 コールもベアトリスも突然現れたヴィンセントとアンバーにぽかんとしてしまった。 
「なんだお前ら。しつこいアンバーはともかく、なんでヴィンセントが平然として来るんだよ」
 コールは近寄れない理由を知ってるだけに首を傾げていた。
 しかし、まだベアトリスのシールドの詳しい作用まではわかってないようだった。
 ヴィンセントはアンバーの抱く感情を利用したわけだが、サラのネガティブな思いに比べ、アンバーの感情は少し軽い嫉妬程度で弱かった。
 ベアトリスの前まで来たものの、これでは弱すぎて長居はできそうにない。
 アンバーのネガティブな感情を期待していたが、少し計算が狂った。
 ベアトリスはヴィンセントを寂しげに少し見つめて目を伏せた。本当は好きなのに、無理に抑えこもうとしている。膝の上でぎゅっと握りこぶしを作って力を入れていた。
「ポール、彼女が嫌がってるだろ、ちょっかい出すのはやめろよ」
 ヴィンセントは平常心を装うがベアトリスのシールドの影響で体に力が入って、ドスをきかした声になってしまった。
「なんだ、お前、俺を脅してるのか。喧嘩売ってるんなら、喜んで受けて立つぜ」
「やめてよ! ただポールと喋ってただけじゃない。少し怖い感情はあったけど、いつも一人だから話しかけてくれて本当は嬉しかった」
 ベアトリスは揉め事を避けるために無理をして言ったが、その言葉はヴィンセントにとってガラスが割られるような破壊力があった。
 ベアトリスを好きで一人に してるんじゃないと、近寄れない悔しさが歯を食いしばらせた。
「と、言うわけだ、ヴィンセント。俺たち友達になったってことだ。邪魔するなよな」
 コールがいい気味だと笑っていた。
 ヴィンセントは言葉を無くし、気まずかった。
 しかしちょうど先生が現れたことで自分の席に戻るきっかけができ、おめおめと戻っていく。ベアトリスをチラリと振り返ると、彼女は下を向いたままだった。
 ヴィンセントとベアトリスは両思いであってもすれ違う。全てを受け入れようとベアトリスが心を開いても、真実の重みが深くヴィンセントは恐れて一歩踏み込めない。
 中途半端に近寄れば二人の間の溝がどんどん深まるばかりだった。そしてその溝も埋められないほどまで大きくなっていた。
 アンバーは一体何が起こったかわからないまま、困惑しながら自分の席に着いては、ヴィンセントとベアトリスを交互に見ていた。
 コールだけはヴィンセントの惨めな気持ちが面白くてたまらない。そして側にもうすぐ手に入るホワイトライトがいると思うと、愉快になり大きな声で笑いそうになるのを腹を抱えて前のめりになり必死で堪えていた。
 その後、休み時間になる度に、コールはベアトリスに近づいた。
 昼休みまでも一緒に過ごし、ライフクリスタルが待ちきれないとついベアトリスの心臓を鷲づかみになりそうになっては、我慢だと自分に言い聞かせていた。
 そして放課後もまとわりつく。
「ベアトリス、プロムデートはいるのか」
 コールが唐突に聞いた。
「あっ、うん」
「そっか、じゃあ人生最後のパーティでしっかり楽しめよ」
「えっ? 人生最後?」
「あっ、人生最大っていう意味だよ。一番楽しいときってことさ」
 コールの発言はプロムの日に計画を実行するという宣言だった。
 ベアトリスにはその意味を知る由はなかったが、後味の悪いすっきりしない表情でコールを見ていた。
 その日が楽しみだとコールは大声で笑いクラスを出て行った。
 決行が近いその日のために、自分の体の様子を見に、例の屋敷へと向かった。
 久々に見るベッドに横たわっている自分の姿。ゴードンが世話をしていたお陰で、体の傷もすっかり治り、後は意識が戻ればすべて元通りだった。
 コールは暫く黙って自分の姿を見つめていた。
 ゴードンはまだ影に支配され、意識を乗っ取られたままだった。コールにとってはその方が扱いやすく、普段のゴードンよりも的確に事を運ぶことに満足だった。
 そしてゴードンがマーサを連れて瞬間移動で部屋に現れた。マーサはすぐにベッドに寝ているコールの側に近寄り、愛しく顔を撫ぜると、そっと唇にキスをした。
「おい、本人の意識は今こっちだ。寝ている俺に勝手に触れるな」
「だって、久しぶりなんだもん。早く意識が戻ったあんたに会いたい」
「それはわかったから、今朝の報告をしてくれ。何が見えた?」
「ああ、子供の頃の事が見えた。あのディムライトの男の子、小さいときに親同士で勝手に婚約させられたみたい。親同士が書類にサ インしているところが見えて、その隣には大金が積まれていた」
「その婚約の相手っていうのがベアトリスのことか。親が子供を売ったのか」
「そのあと見えたのは、眼鏡をかけた冷たい感じの女が出てきて、女の子を殺そうとしてた。多分ライフクリスタルを奪おうとしてたと思う。 そんな感じの映像が見えた。次にリチャードが出てきて、それを止めたけど、代わりにその女の子の両親の方を殺していた」
「なんだって。リチャードがベアトリスの両親を殺した」
「母親と父親が意識を失った状態で車に乗せられ、リチャードがそれを操って走らせてわざと木にぶつけ炎上させた。その後もう一人、髪の長い男のホワイトラ イトが姿を現し、何かを喋っていたけど、声まではわからない。三人はぶつけ合うように話し合ってた。女の子は気を失ったまま、側で金髪の男の子に抱きかか えられて見守られていた」
「金髪の男の子、ヴィンセントのことか。それからどうなった」
「この時の映像はここまでだった。その後は女の子が誰に引き取られるかでもめて、そして眼鏡をかけた冷たい女が無理やり連れて行って、ディムライトの男の子が必死に止めようとしてる感じの映像だった」
「断片的な記憶では詳しいことはわからないが、ベアトリスには何か秘密があるようだ。それにリチャードとヴィンセントがかなり昔から噛んでいたのか。通り でヴィンセントはベアトリスに執着している訳だ。小さいときから好きだったってことか。恐らくベアトリスはリチャードによって記憶を塗りつぶされているん だろう。しかしなんのためにベアトリスの両親は殺されて、ベアトリスも命を奪われかけ、そしてノンライトとして正体を偽って生活しているんだ? 謎だらけ だな」
「そんなことはどうでもいいじゃない」
 マーサはコールに近寄った。そしてキスを求める。
 コールはゴードンに席を外せと指でさしずすると、ゴードンは姿をすぐに消した。
「中身はコールだけど、体は高校生で顔も違う。本当のコールはあそこで寝てるし、なんか変な感じ」
 マーサが人差し指でコールの胸元をそそる様に撫ぜた。
「目を瞑ればいいんじゃないか」
 コールの言葉でマーサは目を閉じる。唇が重なりあい、舌を絡ませたキスが始まり、そして耳元へ移動してその下の首筋を柔らかい舌先でくすぐるように舐められるとマーサは声が洩れるように喘いだ。
「やっぱりコールだ。私の感じるとこちゃんと覚えてる」
「この体も鍛えてやったからそんなに悪くないぜ。試してみるか」
 マーサはそれに答えるようにその体を強く抱きしめていた。

 夕方、食卓を囲んでベアトリス、パトリック、アメリアが食事をしていた。
「パトリック、いつも夕食まで作って貰ってありがとう。とても助かるわ」
 アメリアが言った。
「お世話になってますし、当然です。でもお味の方はアメリアの腕には敵いません」
「そんなことない。とても美味しい。ねぇ、ベアトリス」
「えっ、あ、うん」
 ベアトリスは突然振られて生半可に答えてしまった。
「最近元気がないけど学校で何かあったの」
 アメリアにはヴィンセントが絡んでいると容易に推測できた。
「ううん、なんでもない。学校を暫く休んでたから勉強が遅れてちょっと心配なだけ」
「なんだ、そんなことだったら、僕が教えてあげるよ」
 パトリックは得意分野だと胸を張っていた。
「もうすぐプロムがあるけど、それが終わったらファイナルイグザムも迫ってくるからね。でもベアトリスは大丈夫よ。あなたは充分にトップクラスよ。心配しなくてもあなたならちゃんとできる」
「えっ、なんだかアメリアらしくない言葉。今まであんなに厳しかったのに、急にどうしたの」
「今までが厳しすぎたのね。ほんとにごめんね。親代わりになろうと私も必死だった。でも私の手から離れる時期が来たように思うわ。それだけよ。ところで、 プロムはパトリックと行くんでしょ。その日、門限はないからゆっくり楽しんできなさい。パトリックならベアトリスのこと任せられるから、私も安心だわ」 
 言い難そうに、それでもこの先のことを示唆しながら遠まわしにアメリアは伝えていた。だがまだパトリックとの結婚に賛成したとははっきり言葉にできなかった。
「アメリアにそこまで信頼されて僕嬉しいです。一生懸命ベアトリスをエスコートします。それからあの賭けのこと、ベアトリス忘れてないよね」
「賭け?」
 アメリアが質問した。
「なんでもベアトリスは一大決心をするそうで、それの賭けなんです」
 ベアトリスは無表情でお皿の食べ物を見つめていた。その隣でパトリックは自信たっぷりと勝利をすでに感じにこやかに食事を取っている。
 アメリアは何か釈然とせずベアトリスが壊れてしまいそうで不安になっていた。
 食事の後、ダイニングエリアのテーブルに着いてパトリックが早速ベアトリスの勉強をみていた。ベアトリスが心配するほど勉強は全く遅れてなかった。スラスラと問題を解いていくベアトリスに、パトリックの方が感心するほどだった。
「さすがベアトリス。これなら何も心配することないと思うよ。次こっちの問題もやってみる?」
「ねぇ、パトリック。もし私の両親が生きてたら、私ずっとあの町に住んでたのかな」
「どうしたんだい、急に」
「こっちに来なければ、今背負ってることで色々悩まなくてすんだのかなって」
「過去のことはもうどうしようもないだろ。今の方が大事だよ。これからベアトリスは幸せになればいい。そのために僕がいる」
 パトリックは胸を張っていつもの前向きな姿勢を取っていた。
「でも、過去のこと私、あまりにも覚えてないんだ。両親の事故のことも何一つ知らされてないし、パパとママの写真もいつの間にか消えてるの。あの町で最後に過ごした夏の思い出が特に全く思い出せない。パトリックは覚えてる? あの最後の夏、私と何をしたの?」
「何をしたって、一緒に遊んだよ。木に登ったり、草原を走ったりしてたかな」
「他の友達は居なかったの?」
「近所の子供達と多分遊んだと思うよ。だけど僕はいつも君の後ばかり追いかけてたから、他の子と遊んだ記憶があまりないってとこかな」
「またあそこに戻れば、何か思い出すだすかな」
「今度一緒に帰ろうか。僕の両親もベアトリスの顔見たら喜ぶと思う」
「そう言えば、私がパトリックと初めて仲良くなったとき、パトリックのご両親にあまり好かれてなかったような気がしたんだ。でもあの夏が過ぎてから、何か が変わった。うちの親とも急に仲良くなったし、そして私の知らないところで親同士が勝手に決めた婚約。なぜ私はパトリックと婚約させられたの? あんな小さいうちから婚約だなんてよほどの理由がない限りおかしい」
「どうしたんだい、今さらそんなこと」
 パトリックは詮索が深くなっていくことにあまり良い顔をしなかった。
「パトリックは不思議に思わないの? 親が勝手に結婚相手決めるんだよ」
「僕は君のこと好きだったし、今も大好きで結婚するつもりでいるもん」
「でも婚約証明書を破ってそれはもう無効になったはずでしょ」
「だからあの紙切れはいらない。大切なのは二人の気持ちだろ」
「でも、私はまだ結婚だなんて考えられない」
「いいんだって、まずは結婚してからゆっくり考えれば」
「えっ、ちょっと待って、そんな考え方あり?」
「うん」
 ベアトリスはパトリックの強引なまでの前向き発言にやり込められそうになってしまった。拉致があかないと、これ以上この話をするのをやめた。
 しかしベアトリスは過去のことに拘っていた。全く思い出せないことに益々疑問を抱いてしまった。
──私には一体どんな過去があったんだろう。思い出したら何かが変わるんだろか。
 ベアトリスは思いつめた顔をして鉛筆の端を軽く噛んでいた。
 そしてふと台所のシンクの隣のカウンターに目を移すと、そこに青緑色のガラスの壷が隅にあることに気がついた。
──あれっ? アメリアの部屋にいつもある壷だ。
 ベアトリスは何気なくそれを見ていた。しかし次の瞬間、目が丸くなった。空の壷の中でごぼっと大きな水泡が現れ突然水が湧き出てきたからだった。
 ぼっーっとしてた一瞬の出来事だったために、それが元から水が入っていて見間違えたのかよくわからない。暫く眺めていたが、それ以上の動きはなかった。
「ベアトリス、どうかしたのかい?」
「えっ、なんでもない。ちょっとぼーっとしてただけ。 なんかもう疲れちゃったから、今日は寝るね。パトリック付き合ってくれてありがとう」
 ベアトリスはテーブルの上の片づけをしながらもう一度壷を見ると、真珠のような飾りがぼわっと神秘的に光ったように見えた。
 その光に魅了されるようにベアトリスは我を忘れて壷の側まで行き、無意識に人差し指で触れた。その時静電気に触れたようにビリリとショックを感じると同時に映像が一瞬フラッシュした。
 パトリックが異変に気がつき、壷を詮索されてはまずいと慌ててベアトリスに近づいた。
「ベアトリス、何してるんだい」
「えっ、なんでもない。それじゃおやすみ」
 ベアトリスは逃げるようにその場を後にする。
 部屋に入りパタンとドアを閉め落ち着こうとするが、脳裏に浮かんだ映像が頭から離れなかった。

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