Pure Dark

第十四章

46 計画の行方 

 会場は色とりどりに着飾った高校生達が、各々の思いを抱き、いつもは味わえないパーティに酔いしれていた。
 ステージでは催しが始まり、それに合わせて盛り上がる人もいれば、無視 して好き勝手に騒いでいる人もいたりと楽しみ方も人様々だった。
 全てのものが正装しているために、パーティは格式高く、見る者全てが豪華で夢のような一時を過ごしている。
 そう、誰もが楽しく過ごしているはずだった。しかしベアトリスが座るテーブルだけは違った空間のように重たい空気がどんよりと漂っていた。
 パトリックは油断ならないとヴィンセントを警戒し、火花を散らせるように見つめている。
 ヴィンセントは計画を成功させたいためにパトリックに注意を払いながら、平常心を装うが、時折ベアトリスを見つめては実行のときのことを考えると緊張感で目つきが真剣になっていた。
 そこにコールがまた視線を投げかけていやらしく笑みを口元に浮かべている。
 ただならぬ雰囲気が漂い、ベアトリスは落ち着かず下を向いていると、サラが話しかけた。
「ねぇ、ベアトリス、少し痩せたんじゃない?」
 サラはベアトリスの体をまじまじ見つめて言った。
「そうかな。そうだったらいいけど」
「だけど、ベアトリスって結構胸あるんだね」
 サラは少し嫉妬の目で眺めてしまう。自分でも気になって見てるくらいだったので、パトリックは当然ジロジロ見ていたと思うと、無性に悔しくなってきた。
 それでもこの日の計画を無事に終わらせたいと、それだけを考えて無理に笑顔を顔に浮かべる。
 二人が女同士の会話をしている最中も、パトリックとヴィンセントは気が抜けないとテーブルを挟んであからさまに睨み合っていた。
 アンバーは仲良くない連中と同じ席に座っていることに不満を抱き、始まったばかりなのに折角のプロムが台無しだと嫌な顔をして、テーブルに肘を突き、頬に手をあて拗ねていた。
「アンバー、つまんなさそうだな。まだ時間もたっぷりあるし、それじゃ踊ってやろうか」
 コールがそういうと、アンバーの顔は晴れやかになり、勢いよく立ち上がった。
「お前も来いよ、ベアトリス。そこのパートナー誘って。だけど本当はヴィンセントと踊りたいんじゃないのか」
 これにはパトリックが憤慨した。即座に立ち上がり、コールの前に立ちふさがる。
「君、失礼じゃないか」
「パトリック、止めて! この人にかかわっちゃだめ」
 ベアトリスが二人の間に入り、パトリックの体を押さえた。
「ポール、パトリックは私の大切な人なの」
 ベアトリスの言葉に、パトリックはすぐに落ち着きを取り戻し、身を引いた。
「ふん、相変わらず煮え切らないぜ、お前は。正直になればいいものを」
 コールはアンバーを連れてダンスホールへと向かった。
 ベアトリスは何事もなかったようにパトリックしか見ていないという目を向けた。必死にパトリックが大切だと訴えている。
 そしてパトリックの手を取り、自らダンスホールへと向かった。
 サラはそれを危機感とばかりに眉間に皺を寄せて見ていた。
「ヴィンセント、気合を入れないといけないわよ。ベアトリスは本気でパトリックのことを考えているわ」
「えっ、どうしてそんなことがわかるんだ」
「ポールとかいう人の言葉に挑発されて、必死にそうじゃないと打ち消そうとしてる。目立つことが嫌いなベアトリスが自分からダンスホールにパトリックを連れて行ったのよ。これって、それだけムキになってパトリックとの関係を深めようとしてるっていうのがわからないの」
 ヴィンセントは言葉を失った。
「だけど、あのポールって人、なんか怪しい。なんだろう、あの人、妙にベアトリスに絡んでくるというのか、ただの意地悪ってだけじゃない感じがする」
「あいつ、昔はあんな奴じゃなかった。太ってて自分に自信がなくて大人しかったのに、急に別人になっちまいやがった」
「だけど、今はあいつのことを議論してる場合じゃないわ。勝負はこれからよ。それに今が飲み物に睡眠薬を入れるいいチャンス」
 サラはホテルのスタッフに手を上げると、新しい飲み物を持ってこさせた。テーブルに赤いカクテルを思わせるような飲み物の入ったグラスが置かれた。ヴィ ンセントは辺りを見回し、ばれないように気を配りながら、パトリックとベア トリスのグラスにサラが薬を入れるのを手助けした。
 薬は赤い液体の中で怪しく混ざり合う。ヴィンセントとサラにだけ毒薬の様に見えた。
「後はあの二人がこれを飲み干すように仕向けないと」
 サラがそう言うと二人はグラスを静かに見つめていた。
 ベアトリスはパトリックをダンスに誘ってみたものの、どうしていいのかわからなかった。焦りながら気まずい思いを抱き、苦笑いして誤魔化していると、パトリック が大丈夫だと微笑み、ベアトリスの腰に手を回し体を左右にゆっくりと動かした
「僕の腰に手をまわして、僕に合わせるように体を動かしてごらん。それだけで踊ってるように見えるから」
 背筋が伸びたパトリックは優雅に体を動かす。踊ることよりもベアトリスと二人で密着して向かい合ってることの方が嬉しいとばかりに笑っていた。
 パトリックの笑顔にベアトリスも次第とリラックスしていく。
──パトリックに合わせてついていけば本当に楽だ。
 そう思ったとき、またコールがアンバーと踊りながらわざと絡んできた。
「さっきは変なこと口走ってすまなかったな。あまりにもベアトリスがじれったいから、つい意地悪してしまった。だけどあんたはなんでベアトリスが好きなんだ。彼女に隠された魅力でもあるのか。例えば自分の利益になるとか」
 ニヤリと意地悪い笑みを浮かべてパトリックを挑発する。
「君は謝りながらも、とことん失礼な奴だな。君の質問に何一つ答える義務はない」
「まあ、いいさ。ベアトリス、その男には気をつけるんだな」
「気をつけるのは君のことのようだが」
「それも、そうだ。一番気をつけるのはこの俺様だ。そうだった。ははははは」
 コールは愉快とばかりに大笑いする。
 パトリックは頭のいかれた奴だと軽蔑の眼差しを向けた。
 アンバーはコールに合わせながらも、この状況にどう反応していいのかわからず、困惑したまま黙って踊り続けていた。
 ベアトリスは、コールが以前言っていた言葉を思い出し、妙に気になり始めた。
──あの人、私のことについて何かを知っていて、そして悩みを解放してやるとか言っていた。こんなにも絡んでくるのは何か意図があってのことなの? だけど利益になるってどういうこと?
 ベアトリスが沈んだ顔になっているのをパトリックが気づくと踊るのをやめた。
「大丈夫かい。僕が無理に頼んだばっかりに嫌な思いさせてしまったね」
「そんなことない。こんなにきれいに着飾って、パトリックと一緒に来れたんだもん。よかったと思ってる。パトリックは頼れるし、一緒にいてて安心す る。本当にありがとう」
 ベアトリスの笑顔を見ると、パトリックは事をはっきりさせたくなり話を切り出した。
「一つ聞いていいかい、ベアトリスが思いを寄せていたのは、あのヴィンセント…… って男なんじゃないかい」
 パトリックは、初めて事実を知ったフリをする。
「もう隠す必要もないから正直にいうと、その通り。でももういいの。私はパトリックの側に居たいから、彼のことはどうでもいいの」
「えっ? それは本当かい」
「うん」
「それじゃ、結婚のことも」
「前向きに考えてる。あっ、だけど、今すぐにはちょっと、まだ高校生だし」
「ああ、式は先でもいい。君が側にずっといてくれるなら」
 あまりの嬉しさに、パトリックは飛び上がって発狂しそうになった。それを必死に押さえるが、顔のにやけが止まらない。
 暫く二人の世界に浸り見つめて突っ立っていると、混み合ったダンスホールでは邪魔だとどんどん端においやられ、仕舞いにはフロアーから追い出されていた。二人は居場所がないと笑ってしまい、そして席に戻ることにした。
 席に戻ると、パトリックはヴィンセントに勝利の笑みをきつく投げかけ、ベアトリスの手を握ってわざと見せ付けた。
 ヴィンセントはパトリックの策に冷静さを失い焦りを感じ、テーブルの下で片足をゆする。サラが足で軽く蹴っては落ち着けと牽制していた。
 サラにもこの状況は耐えられない。望みの綱はヴィンセントの行動にかかっていると思うと、年下でありながらも司令塔のように指図をせずにはいられなかった。
 ヴィンセントもサラも睡眠薬が入ったグラスに視線を注ぐ。
 早く飲めとどちらも心の中で願っているが、パトリックもベアトリスもそのグラスに見向きもしなかった。
 時間だけが刻々と過ぎ、グラスの氷も溶け出した。
 痺れを切らしたサラは次の作戦を考える。
「ねぇ、乾杯しようか」
 サラは自分のグラスをもちベアトリスに向けた。
「何に乾杯するの?」
 ベアトリスは、ただ合わせてグラスを持つが、あまり乗り気ではなかった。
「とにかくなんでもいいわよ。折角のパーティなんだから」
 サラは無理にベアトリスのグラスに自分のグラスをぶつけ、そしてパトリックにも催促する。
 パトリックも圧倒されて一応グラスを手にして、サラのグラスと合わせた。
 サラはヤケクソになって飲み干すが、ベアトリスもパトリックも唖然とそれを見ているだけで一向に飲まない。
 イラッとしながら、サラはまたヴィンセントの足をテーブルの下で蹴った。
 ヴィンセントも何とかしなければと自分のグラスを手にして宙にあげる。
「今夜という日が素晴らしい日となるように、僕も乾杯」
 ヴィンセントがそういうと、パトリックはそれにのせられてニヤリと笑った。
「ああ、そうだな。今夜は本当に素晴らしい日だよ。特にベアトリスと僕にとっては。乾杯しなくっちゃな」
 パトリックはベアトリスとグラスを合わせた。
 ヴィンセントはパトリックの鼻の付く態度に腹を立てながらも、とにかくそれを飲めと歯を食いしばって耐えていた。
 そしてパトリックが飲み始めると、ベアトリスもつられて飲みだした。
 ヴィンセントもサラも固唾を呑んでその様子を見ていた。
 その時パトリックはふとこの状況がおかしいことに気がついた。
──ちょっと待て、今ここにベアトリスに負の感情を持っているあの女性がいない。しかし、なぜヴィンセントはこんなにベアトリスの近くで平然としていられるんだ。まさか、負の感情を持っているのはサラなのか?
 パトリックは半分も飲まないうちにグラスを置いた。
 ヴィンセントはチェッと小さく舌打ちする。
 ベアトリスも全てを飲み干してないことにサラも焦りを感じ出した。もう勢いで実行するしかないとサラが立ち上がった。
「ベアトリス、ちょっと付き合ってくれない」
「ちょっと待って、どこへ行くんだ」
 パトリックがサラに警戒の眼差しを向けた。
「やだ、女性にそんなこと聞くなんて。もちろん化粧室に決まってるでしょ」
 パトリックが何も言えないまま、サラはベアトリスの手を取って無理やり引っ張っていった。そしてヴィンセントに何かを伝えるような視線を投げかけた。計画の実行の合図だった。
 残されたヴィンセントとパトリックは対峙し合う。
「正直に話せ。何か企んでいるんじゃないのか」
 パトリックが噛み付かんばかりに攻撃の目を向けた。
「なんのことだ」
「なぜベアトリスの側に平然とお前がいられるんだ。サラが負の感情を持ってるからじゃないのか」
「だったらどうなんだよ」
「それを利用してお前が何か企んでいるってことじゃないのか」
「俺は別に何もしてないじゃないか」
「ああ、今はな。でももう何をしたところで無駄さ。ベアトリスは僕の側にいたいと言ってくれた。それに僕との結婚を前向きに考えてくれている。だからもう僕たちの邪魔をしないでくれ」
「俺はまだ彼女の口からは何も聞いていない。お前が諦め悪いように、俺も諦めが悪いものでね」
 二人が険悪な雰囲気の中、コールとアンバーが席に戻ってきた。
「おっ、なんか一触即発って感じだな。ところでベアトリスはどうした?」
「トイレ!」
 ヴィンセントとパトリックは声を揃えて言った。二人はお互いを殴り飛ばしたいほどに苛立っていた。

 その頃、リチャードはマーサの店のドアを叩いていた。
 怪しげな色合いに光るネオンのサインの電源が入っていない。ドアノブをガチャガチャするが中から何の応答もなかった。
 気を研ぎ澄まし、辺りにダークライトの気配が残ってないか確かめ、うろうろしていたときだった。
 近辺に住んでいる年寄りのおばあさんがお節介に声をかけ てきた。
「あんたマーサのいい人かい?」
「いえ、私はただの知り合いでして」
「どうでもいいけど、マーサは今若い男に夢中だよ。しかも高校生くらいのね。今日もデートなんじゃないかな。昼間も来ていたようだ」
「高校生?」
「ああ、最近頻繁に現れていたよ。私もね、あまりにも若い男の子だったからちょっと気になって観察してたんだけど、その子もマーサに恋をしてからなのか最初は太っていたのに、急に痩せ出して、かなり体が締まっていったよ。恋はマジックだね」
「痩せた? ばあさん、その高校生だけどどんな感じの子だ」
「そうだね、ちょっと人を小馬鹿に見るようなきつい目つきで、体が締まってからはフットボール選手みたいになってたね」
「まさか…… 」
 リチャードは顔を青ざめた。
──あの遺体がザックだとしたら、コールはザックを使ってノンライトに成りすまし、ヴィンセントに近づいた。そしてザックは口封じに殺された。そう考 えればヴィンセントが言っていた絡んでくる奴がいると言う話の辻褄が合う。アイツはヴィンセントから情報を得ようとしてたんだ。あのときアメリアが言って いたコールの姿を見たときの話もバックミラーを通じてだった。なぜ気がつかなかったんだ。ザックが力のないダークライトだと思い込みすぎて見落としてい た。油断していた。なんてことだ。
 自分の思っていることが正しければベアトリスが危ない。慌ててプロムが開かれているホテルへとリチャードは足を向けた。

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