第三章 不思議な三角関係なので


 瑛太は私の頬にキスをした張本人であるのなら、あの時なぜそうしたか覚えているはずである。
 遠い過去のあやふやな私の記憶を呼び覚ますように、瑛太は自ら自分だったと名乗りを上げて、あの時の事を持ち出した。
 ここで理由などある訳がないと言ったら、それはおかしい。
 それが例えば私の事が好きだったからとかそういうことでも歴とした理由のうちであり、この場合そういう答えが返ってきて自然じゃないだろうか。
 別に自惚れているとかは抜きにして。
 あの時、友達同士で賑わっていたし、エスカレートした子供同士の過激な言い合いで私にキスをするとか話し合ってそれで盛り上がっていたと考えたら、その背景がしっくりとくる。
 何かがあったから、子供達は言い合い、それで瑛太がそれに触発されて私の所へ突っ走ってきて勢いで私の頬にキスをした。
 あの時は、確かにそんな状況だった。
 必ず理由があるはず。
 引っ込みがつかないくらいの、あそこまで行動をさせた理由が──。
 私はそう確信した。
「瑛太、あの時のこと私に詳しく話して。私なんだか思い出しそう」
 避けていた話題だったのに、自ら首を突っ込んでしまった。
 私も、長年雨が降る度に思い出していた曖昧な記憶の元を、もっとクリアーにしてみたいという気持ちが急に湧いてきた。
 これがはっきりすれば、瑛太が絡んできた原因がわかるのではないだろうか。
 しかも私の知らない何かがそこに隠れているような気がしてきた。
 それを説明できるようになれば、拓登も私と瑛太の関係に納得するものがあるかもしれない。
 そしてこれ以上、瑛太に邪魔をされないで済む解決策が見つかる可能性だってある。
 急に私は活気づいてきた。
 だけどそれとは正反対に瑛太はしらける。
 瑛太はあれだけ私に記憶力がないと、思い出せない事を馬鹿にしてきたのに、この時になって真相を話す事を拒むようにしらばっくれだした。
「別にもういいよ。今更そんなこと詳しく話しても事実はかわらないんだから。あの時はガキだったから、ノリでそうなったってことだ」
「でも瑛太ははっきりとあの時のこと覚えているんでしょ。だったら、なぜ私の頬にキスをしてしまう行動に出たか、理由を教えてよ」
「それこそ、真由が覚えているべきなことじゃないのか。それを覚えてない真由が悪い」
 責任転換して誤魔化してきた。
 どうしても自分の口からは言いたくないらしい。
 でも、なぜ?
「だから、私が覚えてないから、聞いているんじゃない。どうして教えてくれないのよ。私は被害者なのよ!」
 瑛太が素直に教えてくれないから、少しきつく言ってしまった。
 私の強気な態度が原因なのか、隣で拓登が面食らっておろおろしている。
 明彦も私と瑛太の発言に吸い寄せられ、発言者が変わる度に忙しく交互に首を動かしていた。
「被害者? おいおい、俺は犯罪者扱いかよ。参ったぜ」
 瑛太はカップを手に取り、悠長にぬるくなったコーヒーをすすった。
 何かを考えるための時間稼ぎのようにも見える。
 また静かにカップを置き、そして小さく息を吐いた。
「あのな、真由。俺が気に入らないからって責めるなよ。たかが、ガキの戯れだろ。ガキの時はガキなりに思いつめる事があったってだけだ。それだけ真由を思っての行動がああ出ちまったってことなんだ。犯罪者扱いだけはやめた方がいいぜ」
「まるで他人事のような言い方ね。自分がやったくせに。しかもこの間も!」
 それを言った時、自分から蒸し返してしまった事を後悔した。
 拓登がはっとして私の顔を見合わせている。
「はいはい、もうなんとでも言ってくれ。俺は全てを受け入れるよ。真由のためならなんでも」
 最後はウインクで締めくくり、とうとう瑛太は開き直ってしまった。
 結局、自分は振り回されただけで拓登の前で醜態を見せただけに終わってしまった。
 拓登は不安な面持ちで、如何にもこの状況がおかしいとでも言いたそうに眉根を寄せていた。
 もしかして、瑛太は私のいやな部分を拓登に見せようとしているのではないだろうか。
 明彦を使ってくるくらだいだから、それも考えられるかもしれない。
 私はいた堪れなくなって、アイスティーのグラスを手に取り、残りをすすった。
 氷が解けて薄まった味は、はっきりと思い出せない忘れていく記憶と同じに思えた。
 あやふやな水っぽい味とぼやけてしまった頼りない記憶。
 最後にストローでグラスの底に沈んだレモンをつつく。
 その時それを見てふとある事を思い出し、そして深く考え込んだ。
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