第三章


 拓登と別れて自分の教室に入れば、すでに登校していた周りの女の子達がわらわらと寄ってきた。
「倉持さん、山之内君とあんなに親しく話してすごい。やっぱり付き合ってるの?」
 いかにも羨望の眼差しを向けて、好奇心をむき出しにしている。
「ううん、友達だけど」
 私ははっきりとそういい切った。
 色々とまた質問されたけど、適当にはぐらかして自分の席に着いた。
 しつこくついてくる人には参ったけど、すぐにかの子と千佳が登校して来て、私の側に寄ると同時に蹴散らしてくれた。
「なんかまた根掘り葉堀訊かれているみたいね」
 かの子が堂々とした態度で周りの女の子達をギロリと見ると、皆たじたじとして離れていった。
 かの子はきつい部分が表面にでるのか、気の弱い女の子達は太刀打ちできそうもなかった。
 そこに、ぶっきら棒に千佳が立ってると、まるで用心棒のような強さがにじみ出ていた。
「人の恋路はそっとしておけっていうの」
 はき捨てるように千佳がいうと、過去のぐれてた部分が垣間見られるようだった。
 私はなんという頼もしい友達をもったことか。
 二人に好かれたことを有難く感じていたが、同時にこれは敵に回したら怖いタイプだとまじまじと二人の顔を見ていた。
「そうだ、昨日、アキがまたヒロヤさんの所に誘ったんだって。なんか迷惑かけてごめん」
 凄みをかけていた態度から一変して、すまなさそうに私に謝ってくる千佳のギャップがかわいく感じる。
 普段は男っぽいのに、こういうところで女の子さがでていた。
「そんな謝ることじゃないよ。ちょっとした成り行きだったし」
「それにしても、なんか色々とややこしくなってそうだね」
 かの子はすでに千佳を通して昨日の明彦の話を聞いていたみたいだった。
「ややこしいのか、そうなってよかったのか、私もなんかわからなくなってきたんだけど、あれから明彦君何か言ってた?」
「アキはちょっと抜け目のないところがあって、肝心なことは何も言わないんだ。ただ偶然出会ったから皆でヒロヤさんのところでお茶をしたことだけは言って た。真由と山之内君の邪魔しちゃだめと叱っといたけど、あいつ無邪気なもんで、私が怒っても懲りないんだよ。ほんとごめんね、真由。もし今度同じ事があっ たら、無視していいから」
「でも、明彦君は瑛太と仲がいいんだね。そっちの方が大丈夫って心配になるけど」
「それは大丈夫みたい。アキはいい友達ができたってすごく喜んでたくらい。なんでも池谷瑛太ってクラスではかなり人気のある男の子らしい。派手な風貌だけど、根は真面目だとか言ってた。それ聞いた時、なんか真由から聞いた話と全然違うなって思ったんだけど」
「そうだよね、私もそれは思った。あの時喫茶店で会ったとき、なんか大人しそうな雰囲気だったし」
 かの子も口を挟んだ。
「二人ともまだ喋ってないじゃない。瑛太は結構、きつい奴だよ。ほんともうしつこいし」
 私はうんざり気味に話すと、二人は笑っていたが、実際瑛太という人物がどういう人物なのか私もよく分かってなかった。
 そしてまた眠たそうにみのりがベルが鳴るギリギリにやってきた。
「おはよう。何話してたの? 私なんか聞き逃したことある?」
 のんびりと欠伸をしながら言うと、こっちまで気が抜けそうだった。
 みのりにもとりあえず説明してやった。
「ふーん、そうなんだ。なんか偶然にしてはすごい確率だね」
 みのりの何気ないその一言で、私も何かが引っ掛かった。
 そして先生がやってきて、皆慌てて席につく。
 いつもの朝の光景をぼんやりと見つめつつ、頭に引っ掛かった事を手繰り寄せていた。
 偶然にしてはすごい確率。
 人が集まる大きな駅の有名な本屋は、人が立ち寄る場所としてもってこいだが、あの中ですら広くごちゃごちゃと迷路のようになって、常に人で混み合っている場所である。
 同じ時間にそこへ行き、沢山の人が居る中で偶然に出会う確率ってどれくらいなのだろうか。
 そういう事もあることはあるけども、あの時本屋へ行こうと誘ったのは拓登だった。
 拓登が言った言葉が思い出される。
『今日は少し寄り道しないか? ただ家に帰るだけならつまらないしさ。それに刺激があれば、きっともっと僕のこと考えてくれると思うんだ』
 私はあの時、刺激と言う言葉に反応したはず。
 今になってこの刺激という言葉が妙にひっかかる。
 もしかして、瑛太と明彦と会う事がそれだったとしたら。
 拓登は下駄箱で私を待っているとき、スマホをいじっていた。
 その時に瑛太に本屋に行く事を伝えていた?
 それとも瑛太が拓登に知らせていた?
 どっちにしても、わざと瑛太と会うことが、刺激と考えたら、それはそれで、そうともとれる。
 でもなんのために、そんな事をする必要があるのか。
 刺激を求めてはいたけど、瑛太と会うことで拓登が得られるものとは何だろう。
 それでは瑛太が協力していることになってしまうし、拓登が得られるものなんて煽りくらいしかない。
 全然メリットがない。
 その前に二人がアドレス交換していたらの話だが、二人が出会ったとしてもそこまでお互いの情報を交換し合うだろうか。
 それもありえなさそう。
 やはり深読みしすぎか。
 偶然というものはいつも突発的に起こるから偶然であり、予期せぬことが起こってもおかしくない。
 考えたら考えるほど、なんだかわからなくなってくる。
 瑛太が絡んでくるからややこしくなっているだけで、もし、状況を俯瞰して客観的に見たら本当はとてもシンプルな出来事なのだろう。
 この先、一体瑛太はどのように係わってくるのだろうか。
 邪魔をしてやると捨て台詞のように言われたが、こうなったら別に邪魔をされてもいいと思えてきた。
 私は何も恐れるものはないし、挑んでくるなら受けて立つ。
 大人しく我慢しているだけの私ではないことをわからせてやろう。
 そう思うと、急に力が漲って、今日も一日がんばってやろうと意欲が湧いてきた。
 なんだか瑛太のお陰で、負けてなるものかと勉強が捗りそうだった。
 これも瑛太が英検二級の対策本を買っていたことも少なからず影響して、私の闘志に火をつけたかもしれない。
 こんな風に思ってたら、瑛太のやつ、今頃くしゃみでもしているんじゃないだろうか。
 そうあればいいと思うと、自分の中で悪意的な何かが弾けるようだった。
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