第四章


「映画中々面白かったじゃないか。久し振りに大画面で見て興奮した。いつもはDVD借りてくるんだけど、大きなスクリーンはやはり違うもんだ」
 瑛太は映画館を出た直後、ロビーに飾ってあったポスターの前で足を止めて拓登に語っていた。
 素直にその映画の内容が気に入った様子だった。
 私もそれなりに面白かったと思うけど、やっぱり自分から進んで観たいと思うような映画ではなかった。
 拓登もまだ余韻が残っているのか、映画の話題を瑛太に振られて「うんうん」と調子よく頷いている。
 その後はお互い印象に残ったシーンを話し出した。
 さすがそういう点では男同士の共通した感覚があるのだろう。
 拓登が私にも話を振ってくる。
 私には二人が言うほど感じられず、少し一歩引いて観ていたので、あまり自分の意見がいえなかった。
「悪くはなかった。でももう少し英語が理解できてたら、字幕スーパー読まないでもっと映画が楽しめたかも」
 拓登も同じように同調してくれるだろうと思ったが、拓登は私があまり映画を気に入らなかったと思ってしまった。
「今度は真由が観たい映画にしよう。無理につき合わせてごめん」
「違うの、これはこれでよかったよ。でもまた観に来れたらいいね」
 今度は瑛太抜きでと最後に付け足したかったくらいだった。
 私がそういうニュアンスをこめて瑛太をチラリと一瞥したとき、瑛太も当然分かっていたと思う。
 乾いたわざとらしい笑いが聞こえ、その後お返しに私を挑むように視線を向けた。
 そしてふっと息が漏れたと同時に、拓登に向き合った。
「拓登、正直に話しちまえよ。You should tell her the truth.(真実を話すべき)」
 瑛太が英語を話した。
 それくらいなら私もわかるが、咄嗟に英語が口から出てくる瑛太に私はびっくりしてしまった。
 拓登の表情も変わった。
 不意打ちをくらったように驚いて、落ち着きをなくしていた。
「ちょっと、一体どういうこと?」
「俺、もうバラしちゃおう」
「瑛太! ちょっと待てよ」
 焦る拓登にお構い無しに、瑛太は無視をした。
「いいじゃん、こうなったら真由に言うべきことは言っといた方がいい。あのさ、拓登は実は英語がペラペラなんだよ」
「えっ?」
 これは私だったが、拓登も「えっ」と軽く声を出していた。
「拓登は帰国子女なのさ。小、中とアメリカの学校で過ごして、正真正銘のバイリンガルっていうやつ」
「嘘! ほんとなの?」
 私はびっくりして拓登を見ると、拓登はバツが悪い表情で首を縦に振って肯定した。
「すごい! あっ、それで英語の話になると反応したんだ。いつか聞いたOKの発音も奇麗だったし、映画も普通に理解してたから、誰よりも早く反応してたんだ」
 私は尊敬の眼差しで拓登を観れば、拓登は手をひらひらと強く振って謙遜していた。
「だけど、なんで瑛太がそんなこと知ってるのよ」
「気づかない真由が悪い。それらしきところとか目に付くし、時々拓登がおかしいと思わなかったのか?」
「そういえば、そうだけど」
 私は振り返ってみて、拓登との会話を思い出す。
 そういえば、部活の事を聞いたときもフットボールと所々アメリカを匂わすような単語が出ていた。
 それから色々と思い当たる事がでてくる。
 名前の呼び捨ての時も日本の習慣を強調してたこと、英語が好きで一緒に勉強しようと誘ってくれたこと、読書が苦手なこと、流行に疎 いといっていたこと、さっきの映画で感じたことも、今となっては海外生活があったから、なぜそうなるのか辻褄が合うように思えた。
 でも言われなければ全く分からなかった。
 それを瑛太はすぐに感じ取って疑問に思って、直接本人に問い質したということなのだろうか。
 それにしても瑛太の慧眼には参る。
「別に内緒にしておくつもりはなかったんだけど、わざわざ言うのも嫌だったんだ。僕は多分帰国子女枠で高校に入学できた口だと思うんだ。だからあまりそれを人に知られたくなかったし、普通に過ごすには別に関係ないかなって思ってたんだ」
 そこで私ははっとした。
「それで、内緒にしておくために瑛太に口止めみたいにしてたから、弱みを握られてたって訳なのね」
「いや、それは」
 拓登が否定しようとするが、瑛太は堂々とニタついて「ご明察」と憎たらしくいった。
 強く瑛太を拒否できなかった理由がこれだった。
 しかし、瑛太が英語を話したことがもっと気になる。
「まさか、瑛太も帰国子女?」
「バカか! 俺は小中学校と真由と同じだっただろうが。いつ海外に出れたんだよ」
「あっ、そうだった。だって、いきなり英語話すからさ」
「それくらい言えるってんだよ。あのな、俺も親のエゴで小さい時に英語習わされてたの。公文とか通ってさ、中学上がる前にはもうすでに英検4級とってたの。そんで中学で準二級まで取ったの」
「嘘! なんで瑛太が準二級もってるのよ。悔しい」
 それが本音だった。
「やっぱり俺のこと見下してるってことだな。別にいいけど、ちなみに拓登はすでに準一級もってるぜ」
「えっ? 準一?」
 拓登は嘘ついても仕方がないとここでも軽く首を縦に振って肯定した。
「なんだか私だけ取り残されてる」
 英語は得意だと思っていたが、拓登は帰国子女で仕方がないとしても、瑛太の英語力が私よりも上。
 あの時二級の対策本はやっぱり瑛太が目指していたものだった。
 私は急にしゅんとしてしまった。
「真由、どうしたんだい。これから頑張ればいいじゃないか。僕が手伝うから」
 拓登は気を遣ってくれるが、惨めさは拭えない
「うん、ありがとう」
 とりあえずお礼は言っておいたが、笑おうとして顔が引き攣っていたかもしれない。
 瑛太は私とは対照的で、立場が逆転したように堂々としている。
 私の惨めな気持ちがそう思わせたのかもしれないが、これはダメージが大きかった。
 でも瑛太はなんで急にこんな事を話したのだろう。
 瑛太に刃向かっていた私はすっかり意気消沈してしまい、完全にやりこまれた。
 その隣で、拓登は突然のことに、同じように腑に落ちない表情で瑛太をみている。
 だけどこれも、瑛太の思う壷の展開だとしたら、やっぱり瑛太は邪魔をしようとあれこれ攻撃していることになる。
 瑛太はザマーミロとでもいいたいのだろうか。
 ニタニタとした笑いがどこか不気味に思える。
 私の中で瑛太に対する見方が変わってしまった。
「あの、ちょっとトイレに行って来る」
 映画が終わったら行きたかったけど、違う意味で少し息をつきたかった。
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