第一章


 異常な事態にどうしていいのかわからないまま、ジュジュは何度もモンモンシューの名前を叫んでいた。
 モンモンシューがひたすら苦しみもがく側で、助けて欲しいと周りを見ても、木々が茂るだけで、なんの手立てもない。
「ああ、どうしたらいいの」
 ジュジュが我を忘れてオロオロしていたその時、また異変が起こった。
 今度は空気が抜けるように、モンモンシューの体が見る見るうちに小さくしぼんでいく。
「えっ、うそ」
 恐れ入られる大きなドラゴンの体が、ジュジュと同じ大きさに近づき、今度はジュジュよりも小さくなっていった。
 最後に手のひらに乗るくらいの大きさになったところで、収縮が止まり、モンモンシューの苦しみも治まった。
 モンモンシューは小さな体になってしまい、地面に座り込んでキョトンとしては放心状態になっていた。
 ジュジュは震える手でモンモンシューを優しく抱き上げ、自分の顔に近づけて信じられない思いで見つめていた。
「クー、クー」
 小さく鳩のような声を出しながら、モンモンシューも自分がどうなったのか訳がわからないでいた。
 羽根をバタバタさせると、一応は飛ぶことができたが、それは本当に小さな鳥のようになってしまい、よく見なければドラゴンとは思えない大きさだった。
「モンモンシュー、一体なぜ……」
 どうやら、矢が足先にかすったことで何らかの魔力がモンモンシューにかかってしまったようだった。
 ジュジュはモンモンシューの足を何度も見るが、自分ではどうする事もできずにいた。
 あれだけの大きな体が、こんなに小さくなってしまったことが悲しく、ジュジュは目に一杯涙を溜めて、モンモンシューに謝った。
 モンモンシューはジュジュの肩に止まっては、体をジュジュの頬に摺り寄せて、心配するなと健気に慰めていた。
「モンモンシュー、必ず元の体に戻してあげるからね」
「クー」
 モンモンシューは小さな羽根を力強く羽ばたかせ、自分はこの大きさが気に入っていると言いたげにジュジュの周りを飛んだ。
 大丈夫だと振舞うその姿に、却ってジュジュは責任を感じるとともに、こんな姿にさせられたことを憤っていた。
 原因は、あの時飛んできた矢としか思えない。
 あの矢に何か仕掛けをされていたはずなら、その放った人物を見つけ、元の姿に戻してもらうしか方法はなかった。
 ジュジュは森の奥に進もうと足を動かしたとき、モンモンシューはジュジュの服の裾を口に咥えて引っ張った。
「モンモンシュー、どうしたの? なぜ邪魔するの?」
「クゥ、クゥ、クゥ」
 森の奥へは行っては行けないとしきりに、阻止をしようとしていた。
 しかし、小さくなってしまった体ではジュジュの力には敵わない。
 ジュジュはモンモンシューを抱き上げる。
「大丈夫よ。心配しないで」
 手のひらでじたばたするモンモンシューの反対を押し切り、有無を言わさずジュジュは森の奥へと向かって行った。
 モンモンシューも体が小さくなると、気持ちも小さくなるように、それ以上反発できず、すっかり大人しくなってしまった。
 何かが起こりそうな嫌な予感。
 それは動物の勘とでもいうべきセンサーが働くのか、モンモンシューは不穏なものを森の中に感じ取っては、この先を案じていた。
 そんな風に心配されているとも知らず、ジュジュは矢を放った人物を探そうと、怒りにまかせて森の中を闊歩する。
 モンモンシューもなす術もなく、その後ろをついて飛んでいた。
 こうなるとジュジュのやりたいようにさせるしかなかった。
 いざとなれば、小さい体でも火を噴いて守る覚悟で、密かに火が噴けるか少し練習していた。
 頼りない火がちょろっと口からでてくるだけだったので、モンモンシューは少し悲しくなってしまう。
「クゥ……」
 モンモンシューの落ち込んだ声を聞いたジュジュは振り返った。
 ジュジュは心配しなくていいと、笑みを浮かべ、モンモンシューを慰める。
 その後は自分が何とかしなければと、気持ちを奮い起こしていた。
 ジュジュは過去に、森の中で怖い思いをした事があるのも忘れ、無我夢中で立ち向かう。
 モンモンシューを救いたい気持ちに胸いっぱいで、責任を感じては次第に足は速くなり、しまいには駆け出していた。
 少しでも犯人を早く見つけたい思いと、逃げられて見つからなかったら困る思いが交差する。
 自分が勝手な行動をしたために、モンモンシューに被害が被ってしまい、どうしてもその責任をとりたかった。
 思いつきだけで、感情のまま城を出てきた事が、今になって悔やまれる。
 そのやるせない思いに苛まれると、我慢できずに自然と走ってしまうのだった。
 負けたくない。
 そのためにも走ることしか今はできなかった。
 勢いよく走って、地面を蹴り上げていたその時、柔らかい土を踏んだと同時に、目の前の視界が激しくぶれて、激震が襲った。
 それと同時に「キャー」と悲鳴があがる。
 何が起こったか一瞬の事でわからなかったが、どうやら何かに体を拘束され、激しく宙に引っ張りあげられたようだった。
 それは誰かが仕掛けた罠であり、ジュジュは網の中で、宙ぶらりんになって揺れていた。
 その側でモンモンシューが慌てふためき、その網を破ろうと小さな牙で噛んでいた。 しかし、頑丈な網で、中々切れる様子がなかった。
 そして森の奥からがさがさと何かがうごめく音がして、それが次第に近づいてくる。
「誰か来るわ。モンモンシュー、逃げて」
「プギャ!」
「いいから、とにかく姿を隠して」
 モンモンシューは、心配しながらも一旦木々に紛れ込んで、ジュジュの様子を見るしかなかった。

「どうやら、獲物が引っかかったみたいだ」
「久々のご馳走かな」 
 森の奥から、武装した二人の男達が現れた。
 背中に矢筒を背負い、弓矢を手にし、腰には剣がささっていた。
 ジュジュはその姿を見て、はっとする。
 それと同時に、男達は木の枝の網にかかったジュジュを見て「えっ?」と驚いたように動きが止まった。
「これは一体」
 一人は目を細め、しげしげとジュジュを見つめ、不快な顔をしている。
 落ち着いてはいるが、どこか冷ややかな目つきだった。
「おいおい」
 もう一人は、がっかりと露骨に呆れた顔をし、そして厄介ごとだといいたげに舌打ちをして憤慨していた。
 眉根を寄せてイライラしているのが、見るからに伝わる。
「あ、あのぉ」
 二人に見つめられるだけで、網から出そうとも、助けようともしないので、ジュジュは声を出した。
「この森に何しに来た?」
 落ち着いた方が訊いた。
「そ、それは」
 好きな人を探しに来たなどと、そんな理由を言うのがここでは躊躇われ、かといって、正直にそんな事を言えば、この二人の心証を悪くしそうな気がした。
「お前、もしかして、一攫千金狙いか?」
 イライラしている方が、見下したように訊いた。
「ち、違います。その、ただ私は……」
 それよりも、この二人が弓矢を持っているだけに訊かなければならないことがあった。
「あの、さっき、その弓で何かを撃ちましたか?」
 男二人は顔を見合わせ、益々不可解な顔をしてから、ジュジュを再び見上げた。
「ここは私達のテリトリーだ。ここで狩りをする事は君にはとやかく言われたくないが」
 落ち着いた方が言った。
「だから、その、そういう意味じゃなくて、先ほど何かに向かって矢を放したかどうかが知りたいんです」
「私は、まだ矢を使ってないが……」
 不思議になりながらも、ジュジュの質問に答え、そしてイライラしている男の方を見た。
「俺も、まだ矢は放ってないぜ」
 二人は、訳がわからないと網にかかったジュジュを見ていた。
 この二人は弓矢を手にしてるが、モンモンシューを撃っていない。
 てっきりこの二人のうちどちらかだと思っていただけに、ジュジュも訝しげになっていた。
 しかし、自分が罠にかかって、木の枝にぶら下がってるのに、それを助けようともしないこの男達二人がなんだか怖い。
 常にみんなからチヤホヤされ、失礼な態度など取られた事がなかっただけに、ジュジュは困惑していた。
 男達二人も、獲物だと思っていたのに、女の子がひっかかっているのが納得できず、気持ちの整理がつかないまま、暫く何も手につかずに突っ立っているだけだった。
 そこに森の奥から声がした。
「おーい、皆どこに居るんだ?」
「こっちだ!」
 イライラしていた男が声を張り上げると、もう一人森の奥から現れた。
「なんか捕まえたのか?」
 弾んだ声でやってくるが、ジュジュを見て、この男も動きが止まった。
「何、これ?」
 網に包まれぶら下がってるジュジュの周りをぐるぐるとしながら、目を見張ってじろじろと見ていた。
 この男は腰に剣を掲げているだけで、弓矢は持っていなかった。
 幾分、他の二人よりもあどけなく、敵意は感じられない。
 ただ、びっくりしてジュジュを観察していた。
 そして、もう一人、ぬぼっと静かに男が現れた。
 その男はジュジュを見ても何も感情を表さずに、控えめに皆に加わっている。
 体は他の三人の男と比べれば、横に大きいが、太っているというより、筋肉質っぽくがっちりしていた。
 格闘技をさせれば素手で戦えるような強さを備え持った体に見えるが、それとは対照的にどうも消極的で何も言わない。
 この男も背中に斧を提げているだけで、弓矢は持っていなかった。
 ジュジュはその四人の男に囲まれて、じろじろと見られ、居心地が悪くて仕方がなかった。
 一体この男達はどういう人物なのか。
 自分はどうなってしまうのか、不安になっては、先ほどの怖いもの知らずだった気持ちがすーっと抜けていった。
「ねぇ、ねぇ、この子どうするの? 売り飛ばすの?」
 一番あどけなさそうに無邪気に見えた男だったが、言うことがきつい。
「バカ、そんな事してみろ、すぐに私達の名声に傷がつくぞ。一応、ここでは勇者として扱われているんだから」
 落ち着いた男がどうやらこの中でリーダーのように振舞っている。
 四人の中でも一番年上に見え、冷静な分、知的さが伺えた。
「マスカートの言う通りだ。俺達は英雄なんだぜ」
 この男が、落ち着いた男をマスカートと呼び、さっきまでイライラを募らせていたが、自分の事を持ち上げるように胸を張って、粋がっている。
「大した働きもしてないのに、ムッカはいつも威張ってるよな」
 悪気は無いあどけなさがあるが、その言い方は少しバカにしているように聞こえる。
「カルマン、お前はいつも一言多いんだよ。一番年下なくせに、生意気な」
 やはり一番短気な男なのか、ムッカと呼ばれた男は手を出しそうに、拳を振り上げた。
 それを見てカルマンと呼ばれた男は、どっしりと静かに立っている男の影に素早く隠れた。
「バルジ、助けて」
 どっしりと構えた、バルジと呼ばれた男は、特に何もすることなく、黙ってその場に居るだけだった。
 落ち着いたリーダー格の男が、マスカート、イライラと短気な男がムッカ、無邪気で口の悪いのがカルマン、そして無口でどっしりとした体の大きな男がバルジという名前なのがわかった。
 ジュジュはこの四人の登場に圧倒されてしまった。
「あの、私は一体どうなるのでしょう」
 オドオドとしてジュジュが訪ねると、バルジが背中の斧を手にして、それを振り上げ、ぶら下がっていた部分の綱を豪快にスパッと切った。
 結構な高さから吊られていただけに、地面に落ちた時の衝撃は激しく、ジュジュはどしんと叩きつけられた。
「キャー」
「おいおい、バルジ、ちょっとそれは乱暴じゃないのか?」
 意外にも一番イライラしていたムッカがジュジュに近寄り、心配しだした。
 網を取り除き、ジュジュを覗き込む。
「おっ、結構可愛い顔」
 素直に反応していた。
 ジュジュは体を打ちつけた痛みが激しく、暫く立ち上がれないで居ると、今度はマスカートが近寄り、鋭い視線を向けながらも怪我はないか、ジュジュの手足を手にとって曲げたり伸ばしたりしだした。
「骨は折れてないようだ」
 さらに、興味津々にカルマンが近づいてくる。
「何にも知らなさそうなお嬢様って顔だね。世間知らずなお転婆ってとこかな。こんなところに一人でやってくるなんて、何か目的でもあったの?」
 カルマンの言うことは図星だった。
「私はその……」
 四人の男から見下ろされ、威圧を感じ、完全に何をどうしていいのかジュジュは混迷していた。
 木に身を隠しながら、それを見ていたモンモンシューは気が気でなくなり、ジュジュを助けたいと、突然猛スピードで四人に向かっていった。
「あっ、モンモンシュー」
 小さな体で威嚇するように飛び回るが、四人は怯むこともなく、身をかわすだけでなんの効力もなかった。
「これは、なんだ?」
 マスカートがひょいひょいと身軽に交わす。
「しつこい奴だな」
 ムッカは追い払うように手を振り上げた。
 無駄な動きはせずにバルジは無言でかわしている。
 カルマンは目で動きを追って、そして自分の側に来たとき、一瞬でモンモンシューの尻尾を掴んだ。
 モンモンシューは尻尾を引っ張られて、羽根をバタバタしながら身動きが取れなかった。
「こいつ、もしかしてドラゴン? まさか……」
 カルマンは尻尾をつまみながら信じられないと、目を丸くしてじろじろ見ていた。
「モンモンシューを離して」
「ん? これあんたのペットなのか?」
 カルマンはジュジュに視線を向けた。
「ペットじゃないわ。友達よ」
「はぁ? 友達? これが?」
 カルマンは何かを考え込むように、モンモンシューとジュジュを交互に見ていた。
「おい、俺にも見せてくれ」
 ムッカがモンモンシューを無造作に掴む。
「そんな乱暴しないで」
 ジュジュは立ち上がろうとするが、打ち身が酷く痛くて身動きできなかった。
「モンモンシュー!」
 助けてあげられないもどかしさと、悔しさでジュジュは嘆くと、モンモンシューは自力でなんとかしようと、握られたムッカの指を力強く噛んだ。
「痛!」
 ムッカは咄嗟に手を離したが、噛まれた事が腹立たしく、モンモンシューを手のひらでバシッと叩きつけた。
 モンモンシューもまた腹が立ちムッカに攻撃しようと突っ込むと、またカルマンに尻尾を捕まれた。
 再びじたばたしてしまう。
「こいつ、小さいのにすごい奴だな」
「くそ、小さいくせに生意気な奴だ」
 ムッカが噛まれた腹いせに、指でモンモンシューの鼻を弾いた。
「お願い。モンモンシューを虐めるのはやめて」
 ジュジュが必死に頼むと、無口なバルジがカルマンからモンモンシューを取り上げ、それをジュジュの前に突き出した。
 何を考えているのかわからないが、その風貌とは対照的に一番優しそうな気がした。
「あ、ありがとう」
 ジュジュはモンモンシューを受け取り、それを優しく抱いた。
 暫く皆、何もいえなかったが、マスカートが溜息を一つ吐いてから、口を開いた。
「で、君は一体誰なんだ?」
「私は、ジュジュといいます。ちょっと人を探しているんです」
「それで、この森に迷いこんだということか。それで、誰を探しているんだ?」
「そ、それは……」
 顔も名前も知らないだけに、何をどう説明していいかわからなかった。
 しかし、一つだけ手掛かりになることを思い出した。
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