第一章
6
「えっと、ソファの前に暖炉があって、マントルピースには誰かの肖像画が飾られているお屋敷に住んでる、男性です」
ジュジュが覚えてる限りの事を伝えると、皆、表情を無くしたようにじっとしていた。
静けさがしらけているようで、ジュジュは落ち着かずにそわそわする。
何かまずいことでも言ったのだろうか。
ジュジュに向けた皆の視線が冷ややかに思えた。
「うーん…… あのさ、そういうのってどこのお屋敷もそんな感じだけど」
マスカートがたまりかねて、ぼそっと言った。
「で、他に特徴はないのか?」
次にムッカが訊いた。
ジュジュは思いだそうとするも、それくらいしか情報がなくて、どうしていいのか、おろおろしてしまった。
「あの、その、あまり、どういう屋敷か覚えてなくて、それ以上はわからないんです」
語尾が弱くなりながらジュジュが答えると、皆も助けようがなく再び黙りこんでしまった。
その時、カルマンが陽気な声を発した。
「だけどさ、この森に入ってその屋敷を探しているんだろ。だったらもう明確じゃないの?」
カルマンは意味ありげに、にこやかに周りの男達の顔を見まわしている。
ジュジュはその答えが知りたいとカルマンをすがって見つめた。
「そ、そのお屋敷をご存知なんですか?」
「知ってるも何も、それって、僕達の住んでる屋敷だよ。ねぇ」
カルマンが同意を求めると、皆、思い出したようにはっとしていた。
「そういえば、そうなるかな」
マスカートはもっともだと腕を組んで頷いていた。
「そう言えばあんたがいう、ソファも暖炉も肖像画も確かにあるもんな」
ムッカも同意した。
バルジも無言ながら、間違いはないという顔をしてジュジュを見つめていた。
「まさか……」
ジュジュはただ驚いて、目の前の男達を見回した。
「しかしだ、そこに住んでる男性って、それって、私達の中の誰かかい?」
マスカートが眉根を顰めて、訝しげに訊いた。
皆に改めて視線を投げかけられて、ジュジュは困ってしまう。
この中に、あの時助けてくれた人がいるのだろうか。
それなら、自分の顔を覚えててもおかしくないのに、皆、初対面のようにジュジュを知らないでいる。
こうなったら本当の事を言うしかない。
「実は、以前に助けて貰ったことがあって、その助けてくれた人を探してるんです」
「なんだ、そういうことか」
ムッカが背筋を伸ばして粋がって言った。
「そういえば、なんかどこかで見たような気がする」
好奇心に溢れるカルマンの目が見開いた。
「えっ、こ、この人が……」
ジュジュもカルマンを見つめていた。
なんだか思ってた人と違う感じだが、あの時は意識が朦朧として、目も耳も正常に働いてなかっただけに、事実は想像と異なっても仕方がない。
「ああ、私達は幾度と、この森に迷い込んで、オーガに追われる人達を助けてきた。沢山助けすぎて、一々覚えてないが、その時に屋敷に入れた者も確かにいた」
マスカートは、この中で一番リーダーらしく振舞い、ジュジュの事を思い出そうと目を瞑った。
「だから俺達は勇者であり、英雄なんだよな。唯一オーガに立ち向かっては、人々を救う。そういう目的でここに住んでる訳だし」
ムッカが腰の剣を抜いて、自慢するようにそれを空高く掲げた。
ジュジュはわからなくなってきた。
あの時、助けてくれたのは一人じゃなかったのだろうか。
だけど、自分を抱えて、薬を飲ませてくれた人はこの中に居る?
マスカート、ムッカ、カルマンは先ほどから色々話してるが、バルジだけは無口に一言も喋ろうとしなかった。
何も言わないだけに、真実を知ってそうな気もする。
ジュジュはバルジに視線を向けた。
バルジは目を逸らすことなくジュジュを見返すと、ジュジュの方が落ち着かなくなって慌てて目を逸らしてしまった。
「とにかく、いつまでもここにいるのもなんだ。君もすぐには動けなさそうだし」
カルマンはジュジュに近づき、意外にも軽々とジュジュを抱き上げた。
「あっ」
ジュジュはあの時と同じだと、びっくりする。
ひ弱そうに見えたカルマンは、意外にも適度に筋肉質で、男としてはしっかりした体つきだった。
「屋敷に連れていくのか?」
マスカートがリーダーとして、問題を持ち込みたくないと表情を険しくした。
「落ち着けマスカート、か弱い女の子をここに放って置く訳にもいかないだろうし、まあいいじゃないか。何かあった時の責任はカルマンに取ってもらえば」
ムッカは楽天的にマスカートの肩を叩いた。
バルジは最後まで一言も口を聞くことなく、皆に従う。
ジュジュはカルマンに抱えられながら、森の奥深くへと連れて行かれた。
モンモンシューはジュジュの胸元で抱きしめられ、心配そうにしている。
ジュジュもまた、思惑通りに進まず、自分を助けてくれた人が複数いたかもしれない事に困惑していた。
カルマンに抱きかかえられているこの現状に、落ち着かないでいた。
マスカートとムッカは先を歩き、少し離れた後ろにはバルジがついてきている。
万が一、オーガや獣が襲ってきても戦えるように用心しているようだった。
「ねぇ」
前をまっすぐ見据えながら、カルマンが小声で話しかけてきた。
「えっと、名前はジュジュだったね。一体どこから来たんだい?」
「あっ、その、あっちの山のずっと向こうから……」
「そんな遠くから、どうやってここまで来たの?」
「そ、それは」
ドラゴンに乗ってやってきたとは言えない。
そのドラゴンも今は小さくなってしまったから、言ったところでどう思われるかもわからないが。
「正直に話せないところを見ると、なんか、訳ありだね。僕、そういうの大好き」
「えっ?」
「実はさ、ここに居る連中が、皆、訳ありな奴らなんだ。マスカートは知的ぶってるけど、女に振られて自信喪失した敗者さ。ムッカも英雄気取りで粋がってる
けど、元はただの気弱なチンピラさ。バルジは無口だけど、人間嫌いで人と距離を置いてるだけさ。そしてこの僕も誰からも相手にされなくて、プライドだけ
は高い若造なのさ。結局は皆、ここに逃げてきたようなものさ」
ジュジュは静かに聞くだけで、何も言えなかった。
「で、君は助けて貰った人にお礼を言いに来たってことなの? それとも何かから逃げてきたの?」
ジュジュはその言葉ではっとした。
好きな人を追いかけてはきたけど、結局は城のしきたりから逃げてきたことにもなる。
「わ、私は」
痛いところを突かれたようでジュジュは動揺していた。
「いいよ、いいよ、言わなくても。だけどさ、こういう連中が集まってきてるから、誰も信用しない方がいいよ。虚勢はってるだけで平気で嘘つくからね」
「そういう、あなたも?」
「はははは、自分で言ってるから、そうなるよな。どうも僕は一言余計なことが多いようだ。それでいつも失敗する」
冗談でも言うように、カルマンは笑っていた。
「だけど、君は不思議な人だね。なんだか、僕の中の何かが目覚める感じがする」
「えっ?」
カルマンはジュジュの顔を覗きこんだ。
ジュジュの緑の瞳をじっと見つめているその表情は真剣そのものだった。
「あ、あの……」
ジュジュは落ち着かなくなって、そわそわすると、カルマンは、はっとした。
「あっ、ごめん、なんだかムキになっちゃった」
「カルマン、あなたは昔、私を助けたこと覚えてませんか?」
ジュジュはもしかしてと思い、素直に訊いてみた。
「君は僕に助けられたとしても、僕の顔を覚えてないみたいだね」
「それは……」
「僕も君と一緒で、助けたかもしれないけど、はっきりとは覚えてないだけかも。ここに居る連中は、皆、そんな感じだよ。とにかく名声さえ上がればいいって
ことで、積極的に助けるけど、その後の事はおかまいなしさ。皆自分の事で精一杯で、少しでも自分を大きく見せたくて顕示欲に捉われてるのさ。もちろん、こ
の僕もね」
カルマンは口数が多く、結構おしゃべりだった。
ジュジュは暫く黙り込む。どう反応してよいのか、わからないよりも、あの時助けてくれた人物を探し出せるのか不安になってきた。
何のために城を抜け出してきたのか、その意味がとても無駄のように思えてならなかった。
ここにいる男達の誰もが、自分を助けてくれた候補者になるだけに、どうやってそれを見つけて良いのかわからない。
見つけても、果たして自分を好きになってくれるかも定かじゃなくなった。
誰もが、自分の想像していた男のイメージと違うし、自分でも誰だがわかった時、ほんとに好きなのかもわからなくなってきた。
憧れをひたすら美化して、想像を膨らましていた自分の能天気な甘さ。
一体ここに何をしに来たのだろうか。
急に気持ちが萎えて、遠い過去を見つめるように視線が宙に浮く。
「クゥ」
モンモンシューが心配そうにジュジュを見つめている。
それを見てジュジュははっとした。
モンモンシューを元に戻さなければならない。
自分は後悔するだけで済んでも、モンモンシューを犠牲にしてしまった事は後始末つけなければならなかった。
その矢を撃った人物は、まだ森の中にいるのだろうか。
「あの、他にも、皆さんみたいな方がいるんですか?」
「ああ、いるよ」
カルマンからあっさりと答えが返ってきてジュジュは驚いた。
「えっ、その人はどこに?」
「今、旅行中で暫くしないと返ってこない」
「旅行中? 今、この森にはいないんですか?」
「うん、そう。リーフっていうんだけど、その人が僕達のボスで、屋敷の主さ」
「ボス?」
「この森の平和を守るために、リーフは僕達を集めたって訳。僕達は一応雇われてるって事かな」
「それじゃ、5人で住んでるんですか?」
「うん。そういうこと。でもリーフは常に忙しいから、よくお屋敷を留守にしがちだけどね」
カルマンはおしゃべりだが、ジュジュにとっては情報を沢山教えてくれる事がありがたかった。
まだ質問しようとしたその時、前方に居たマスカートとムッカが、突然、弓矢を構えて矢を放った。
矢の風を切る音がしたその直後、あたりはざわつき、葉っぱの擦れる音と、「カーカー」と鳴くカラスの声が同時に騒がしく聞こえた。
「くそっ、逃がした。すばしっこい奴だ」
ムッカが悔しがっていた。
「まあいい、あんなのが捕れても食えたもんじゃないからな」
マスカートは慰めていたが、それは負け惜しみのように聞こえていた。
後ろで、こっそりとカルマンが笑っていた。
「あのカラスは無理さ。そんじょそこらのカラスじゃないね。非常に賢く、僕達を欺く知恵を持ってるよ。多分あれはオーガの手下だ」
「オーガの手下?」
ジュジュが鸚鵡返しに繰り返す。
「この森にはオーガも住んでるから、カラスを使って色々と情報を集めているのさ。もしかしたら近くにいるかもしれない」
「あの、そのオーガって弓矢を使って狩りをする事もあるんですか?」
「ああ、そういう事もあるだろう。見かけは醜い怪物でも、知能は人間と変わらないし、手先も器用だ。人間が恐れるくらい凶暴だから、普通の人間は歯が立たない」
ジュジュは考え込んだ。
マスカートもムッカも弓矢を持っていたけど、使ってないといっていただけに、モンモンシューを撃っていない。
カルマンとバルジは最初から弓矢を持っていない。
そうすると、オーガが撃った可能性が浮上する。
しかも、何か特別な力を持っていて、モンモンシューを小さくしてしまったのかもしれない。
ジュジュはモンモンシューを抱え込み、どうやって元の姿に戻したら良いのか考え込んでしまった。
「どうしたんだい? 急に塞ぎ込んで」
「あの、オーガって魔力とか使えるんですか?」
「魔力?」
カルマンの眉根が狭まった。
そして小声でジュジュに耳打ちした。
「ここで、『魔力』という言葉は言わない方がいい。皆それには敏感なんだ。特にリーフが」
「何かあるんですか」
「うーん、まあ、それは徐々にあとでわかるよ。僕もちょっと喋りすぎたし、これ以上話したら、またボロが出て、却って君に嫌われそうだ」
「そんなことないです」
もっと話してくれた方が、ジュジュには有難かった。
しかし、歩けない自分を運んでくれ、これ以上無理を言うのも憚られる。
カルマンはジュジュよりは年上だが、この中で一番自分と年が近そうな事もあり、ここまで色々と話をされると親しみが湧いた。
多少、口は悪そうだが、そこに悪気がなく無邪気な部分も伺える。
ジュジュはそっと目を瞑った。
過去に助けて貰った時の感触を、カルマンの腕に抱かれながら、感じ取ろうとしていた。