第三章


 椅子やソファーの上、暖かな火が灯る暖炉の側、この日の広間は病院となって、怪我を負った男達はそこで休んでいた。ムッカも何かあった時のために、彼らと一緒に寝床を共にして、毛布を被って椅子で転寝していた。
 いつもジュジュと過ごしていたモンモンシューも、男達と紛れて広間で寝ている。モンモンシューはすっかりこの屋敷に馴染み、皆から可愛がられることに慣れて、好きなように過ごしている。
 片づけが終わったジュジュは、一人自分の部屋に戻っていった。
 屋敷はすでに静まり返り、マスカート、カルマン、バルジは二階の部屋、リーフは書斎でそれぞれ休んでいる。
 ジュジュだけが少し遅くまで起きていた。
 忙しく働き疲れて自分の部屋のドアを開ければ、吐き出し窓から、月の光が差し込んで、青く仄かに明るかった
 月の光に魅せられて、吐き出し窓を開ければ、冷たい風が頬を撫ぜる。忙しく動き回っていたジュジュには寒さを感じるよりも、ひんやりとした風に当たって気持ちよかった。
 一歩、そしてまた一歩と月の光に誘われるようにジュジュは外に足を踏み出した。
 森の奥からフクロウの鳴く声が聞こえる。
 それに耳を澄ましていると、近くからも「ホーホー」と聞こえた。姿は見えないが、かなり側にいる様子。ジュジュはその姿が見てみたいと思った。
「フクロウさん、どこにいるの?」
 面白半分につい口走れば「ここだ」と答えが返って来た。
 「えっ?」と声の方向を見れば、クスクスと笑いながらセイボルが木の裏から現れた。
「セイボル!」
「しー、声が大きい」
 周りを気にして、一旦木の後ろに隠れ、再び顔だけ覗かした。
 ジュジュは思わず走りよった。
「嬉しいね、私に走って会いに来てくれるとは」
「ここで何をしてるの?」
「月の光に導かれたんだ。月は魔力を持つからね。心の本心を引き出されてしまった」
 ジュジュが首をかしげていると、セイボルはコホンと咳をして、「だからジュジュに会いたくなったんだ」と早口で言った。
 ジュジュはクスッと笑った。
 月の光に照らされたセイボルの長い髪は、白っぽく光っていた。その髪型が違うだけで、リーフとそっくりなその姿は、何度見てもジュジュは惑わされる。
 自分がセイボルと喋ってるのか、リーフと喋ってるのか、その時は識別できても、時間が経つと混ぜこぜになってしまう。
「どうしたんだい。そんなに私を見つめて」
「何が違うんだろうって思って」
「えっ、違うって何が?」
「あっ、その、別に深い意味は……」
「もしかして、ジュジュは私を見てリーフと比べているのか?」
 少しトーンが落ちたその声は、明らかにいいように感じていないのが伝わる。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
 セイボルは息を吐いた。
「仕方がない。顔が同じなんだから。それで、ジュジュはどっちがいいと思うんだ?」
「えっ、それは……」
 ジュジュはどうしても答えられず、困り果てた。
「ごめん、少し大人げなかった。今はリーフの事は考えないで、私を見て欲しい。月夜の散歩でもしないか」
 セイボルから手を出され、ジュジュは素直に受け入れた。軽く手の甲にキスをされ、少しドキッとしてしまう。お城では当たり前の挨拶で慣れきっているはずが、セイボルがすると頬がぽっと温かくなる。
 恥らってモジモジしていると、セイボルが森の中へ誘うように歩き出した。
 魔法にでも掛かったように、月の光に照らされたその森は、仄かに青白く光を出して幻想的だった。セイボルが手を振り上げれば、銀の粉がキラキラと舞い散った。
 その粉に触れた木々や草はダイヤモンドのように光りだした。辺り一面がイルミネーションに包まれる。
「なんて美しいの」
「今宵は月夜。月の光は本来の持つ力を解放し、表に映し出してくれる。それは儚い夢のように、ひと時のイリュージョン」
 ジュジュはその光に酔いしれた。
 ジュジュの頭上にも粉雪のように銀の粉が舞っている。
「私も輝くのかしら?」
「いや、やっぱりジュジュには全く効いてないみたいだ。この魔術は心を奪われて酔いしれる効果があるんだが」
「あら、それなら効いてるわ。とても美しい光景に、夢中になってるわ」
「いや、そうではなくて、目の前の人物に対してなんだが」
「えっ?」
「ほら、私には夢中になってない」
「あっ……」
 セイボルはここでもクスクスと笑い出し、何を思ったか、突然ヤケクソ気分で動きが大雑把に荒れた。大胆なその大降りで、めちゃくちゃに銀の粉を撒き散らした。
「ジュジュが楽しんでくれるなら、それでいい。出血大サービスだ」
 当たり一面がきらめき、まばゆい。
 ジュジュは嬉しくなって、きらめく光と戯れるようにセイボルの周りをくるくると回る。
 全てを撒き散らしたあと、大げさに動いたせいで疲れて腕がだるそうにセイボルは前屈みになっていた。
 ジュジュはセイボルの前に立ち、ニコっと微笑んだ。
「セイボルっていつもこんな事してるの?」
「いや、そうではないのだが。今日はたまたまだ」
「でも、人の心を操る事はいつもするの?」
「えっ、いや、私はそんな魔術は滅多に使わない。でも悲しみを和らげたり、楽しさを引き出して笑わせたりする時に少しだけ魔術でずるをするかもしれない」
「他にはどんな時に魔術を使うの?」
「それは、どうしても必要に駆られたときだけだ。魔術は自分の欲望を叶える為に使ってはいけないのが、一応魔術界の決まりとなってる。多少の大目はあるのだが、あまりに酷い使い方をすれば、魔術協会から危険人物と見なされて抹殺される恐れもある」
「なんだかとてつもなく大きな組織みたいね」
「秩序を守るためにはそれは必要だと思う。悪い魔術師が居れば、世の中は狂ってしまう」
「それじゃ、モンモンシューに魔術をかけた人が、表に出てきたらどうするの。なんだか怖い魔術を使いそう」
「今のところ、隠れている様子だが、死をもたらす魔術が使えるのなら、それは脅威的で魔術協会は動くかもしれない。だが、動いた時にはすでに手遅れだろう。そんな恐ろしい魔術に誰も立ち向かえるはずがない。願わくはそんな事にならないで欲しいが」
「あら、立ち向かえる者がいるじゃない」
「えっ?」
「それは私でしょ? 違った?」
「あっ、そうか。魔術を弾く君なら、そうなるか」
「私、モンモンシューを元に戻すためにも戦うわ」
「それは逞しい」
 話をしているうちに、キラキラしていたイルミネーションは段々とその力が弱まり、消え行きかけていた。
「あっ、折角の光が消えちゃう」
「仕方がないさ。ほんの一瞬の幻想だからね。しかし、私はこの美しい光景を生かしきれなかったようだ」
「いいえ、充分楽しんだわ」
 その時、ジュジュがあくびをしてしまった。
「あっ、ごめんなさい」
「いや、夜も遅いし、疲れているから仕方がない。夜中に呼び出してすまなかった。さあ、部屋に戻ってゆっくりお休み」
「ええ、そうするわ。でも、とても素敵な夜だったわ。ありがとう、セイボル」
 セイボルはこの時、お礼の頬のキスを期待したが、それすらなく、ジュジュはお屋敷に向かって走っていく。また思うように雰囲気を作れなかったことに少しがっかりした。
 ジュジュが部屋に入るのを見届けた後、セイボルも戻るべき場所へ帰ろうとする。
 月はこの時、雲に覆われて、その光を遮った。辺りが急に闇に閉ざされたのを待ってたかのように、何者かに突然呼び止められた。
「セイボル、屋敷の付近で何をしている」
 振り返ればそこにリーフが居た。
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