第三章


 リーフにジュジュとの密会を見られていた。
 馬鹿丸出しに、魔術を使ってるところを全部見られていたらかなり恥かしい。リーフが何を思って目の前に立っているのか、暗闇でははっきりと姿は見えないが、自分と似ているのはよくわかる。
 セイボルはリーフに見つめられてジリジリと追い詰められる圧迫を感じた。
「まあいい、今宵は美しい月夜の晩だ。その月に見せられる気持ちもわからないでもない。この私もそうだ。だが、派手な行動はこの屋敷の近くで取るな」
「今は魔術の事で何も言われたくない」
「あれが魔術だと。子供だましに過ぎない。セイボルは発想力が乏しすぎて、折角の力も生かしきれてないようだ」
 リーフは冷たく鼻で笑う。
「私の魔術はどうでもいい。ところで、一つ訊きたいことがある。最近変な魔術を使ってないか?」
「この私がか? さあどうだろうな。一応この屋敷に住むものは『リーフは魔術が使えない』という事を信じてるんじゃなかったのか。色々とフリをするのは大変だ。なあ、セイボル」
 リーフは冷たい眼差しをセイボルに向けた。その目つきはセイボルとそっくりだった。
「全てはあんたが企んだことだ。私はただ巻き込まれた。いつまでこんなことを続けるつもりだ」
「何を言うかと思えば…… 自分に都合が悪くなると私を責めるのか。まあいいだろう。ジュジュが屋敷に来てから空気が変わり、面倒臭い事も増えてしまっ た。私とてこんな事になるとは思わなかった。皮肉なことにジュジュはリーフとセイボルどちらにも興味を持っている様子だ。さて、一体どっちを好きになるの だろうか。それともどっちも振られるかもだが」
「もちろん『セイボル』の方だ」
「そうか、ならその反対の『リーフ』に私は掛けてやろう」
「ズルはするなよ。ジュジュには魔術は一切掛からない」
「魔術など一時の対策に過ぎないものだ。掛かろうが、掛からまいが、そんなのどうでもいい。それよりもセイボルのやり方を見せてもらおう。まあ、せいぜい頑張るんだな、セイボル」
 一度去りかけたが、リーフは思い出したように再び振り返る。
「そうそう、明日、といってももう今日になるか。マーカスが屋敷にやってくる。久しぶりのチェス対決になる。邪魔をするなよ」
 リーフは今度こそ暗闇に消えていった。
 マーカスはセイボルも知る人物だが、リーフと仲がよい友達で、チェス仲間だった。マーカスに会えばややこしくなるので、セイボルは絶対に寄り付かない。マーカスとは出会うことがないように回避するだけのことだった。
 それにしても、リーフの言い方は一々刺があった。それは今に始まったことではない。
 昔から厳しく、意地悪な所があるリーフがセイボルは苦手だった。しかし、親族であり、リーフを無視する事はできず、それよりもいつも丸め込まれてリーフに踊らされてしまう。
 魔王と呼ばれても嬉しくないのは、自分が弱く頼りない事をよく知ってるからだった。
 自分の屋敷の周辺では、侯爵という地位があるからまだ面と向かって馬鹿にされないが、黒魔術が怖いものと誤解する輩は、呪われている家系だと陰で噂する。
 魔術が使えない一般のものには、魔術師は驚異的なものではあるが、人々の助けになって力を貸す事もあるから、感じ方は人それぞれだ。
 ジュジュはセイボルを恐れなかった。そして何より、ジュジュは魔術を弾く。魔術がいかに無意味かをわからせてくれる稀な人間。
 セイボルはそういう人間と添い遂げたい。
 ジュジュに会えば会うほど、話せば話すほど、セイボルは益々夢中になっていく。
 もしジュジュがリーフを好きになってしまったら──
 セイボルは強く首を横にふる。そんな事はあってはならない。
 ジュジュが眠る屋敷を見つめ、セイボルはジュジュへの思いを募らせていた。

 夜が明け、時々あくびをしながら、ジュジュは朝食の準備をしていた。
 前夜遅くにセイボルが現れ、美しい幻想を見せてくれたことを思い出し、セイボルの子供みたいな行動がこの時になっておかしく、クスッと笑ってしまう。
 自分の気を惹くために、破れかぶれで、銀の粉を振りまくセイボルは、魔王と呼ばれるには全く似つかわしくなかった。だけどそのギャップが楽しくて、そして可愛くて、ジュジュの心にセイボルが入り込む。
 目許はキリリと涼しいが、クスクスと笑うと細まって優しくなる。ストレートに愛を囁き、かっこつけて迫られるよりもとても心安らいで好感が持てる。
 寝不足で眠いが、ジュジュは朝から気分がよく、鼻歌交じりに卵を軽やかに割って、ボールにぽとりと落としていた。
「なんだか楽しそうだ」
 後ろから声を掛けられ、てっきりいつもの四人の男達の誰かかと思い、ジュジュは陽気に振り向き元気に「おはよう」と返事した。
 その振り向いた先には、あまり顔を合わすことがないリーフが立っていた。
 ジュジュはドキッとして、持っていた卵を落としそうになり慌ててしまった。
「別に驚かすつもりはなかった。昨晩、負傷した客人が沢山やってきたから、少し気になって覗きに来ただけだ。そしたら台所から鼻歌が聞こえたから声をかけたまでだ」
「は、はい」
 ジュジュは緊張してしまう。
 髪は短いが、やはりセイボルと同じ顔だとまた思ってしまった。
「ここの暮らしにはなれたのか?」
「はい。お蔭様で、ありがとうございます」
「そっか。それならいい」
 ジュジュは緊張して、体を強張らせていた。
「どうした、私が怖いのか?」
「いえ、そ、そんな事は」
「しかし、会えばいつも顔をまじまじと見つめてくれるもんだな。もしかしてセイボルと比べているのか?」
 同じような台詞をまた聞いた。
 セイボルになら、素直に自分が感じたことを言える。だがリーフの前では思うように話せなかった。ひたすら威圧感を感じ、体がピンと張ったように神経が高ぶっている。
 しかし、ドルーに包丁で脅され、気が抜けて泣いてしまったあの日、リーフはジュジュを慰めようと抱きしめた。
 そのことは頭から離れないでいた。まだ知らないリーフの奥底な内面。そこには優しさが隠れている。ジュジュはリーフに会えばドキドキとしてしまう。それは危険な信号としてなのか、それとも──。
「いえ、そんなことは……」
 咄嗟に嘘を吐いた。本当はそっくりだと観察せずにはいられない。そして興味を持ってる事も悟られたくなかった。
「まあいい、誰が見てもそっくりなことには変わりない」
 リーフはジュジュに自分の顔を近づける。
「穴が開くほど見つめるがいい。それでジュジュはどっちが好みだ?」
 ジュジュは後ずさりして怯むが、リーフも追いかけるようにまた顔を近づける。
 近づきすぎてピントが合わないくらいだった。
 ジュジュは確実に避けようと、後ろに反れていた。アルファベットの『C』の形のように。
 リーフは露骨に反れているジュジュがおかしくて、口許の端を斜めに上げて笑った。
「私は、人の嫌がることをするのがどうも好きみたいだ」
 リーフは独りよがりに楽しんでいた。
 何が面白いのかジュジュにはさっぱり判らないが、セイボルとは違って、素直になれない捻くれた部分をリーフから感じてしまう。
「ジュジュは苛めがいがある」
 とても上機嫌に、リーフは台所から去っていった。
 何がしたかったのだろうと、ジュジュは首を傾げる。しかし胸はドキドキとして、卵を持つ手が震えていた。
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