懸賞  Sweetstakes

第一章

3 

「懸賞や! 懸賞応募に挑戦や。どうや平恵、ええアイデアや思わへんか?」
「それって私が応募したものをブラッキーが当たるようにしてくれるってこと?」
「ちょっとちゃうねん。今まで俺がうまくいかへんかったのは、全ての願いを俺一人で叶えたからやって気がついてん。努力もなしに、突然大金手に入れたら やっぱり悪銭身につかずっていうやろ。それ相応の代償をはらわなあかんから、命に関わってしまうんやと思ったんや」
 私はその時、弁当のエビフライを箸でつまみ口に入れようとした。突然黒い影がすーっと目の前を通り過ぎると、箸からエビフライが忽然と消えていた。ブ ラッキーの口がもごもごと動いている。
「あっ、私のエビフライ。最後の楽しみに取ってたのに」
「平恵が俺の話まじめに聞いてないから、注目させようと思っただけや」
 ブラッキーは自分の爪を尖がらせて、つまようじを使うように歯に挟まったものを取っていた。非常にふてぶてしい。──確か、名前をつけたら私が主人にな るはずじゃなかったっけ。この横柄な態度はなんだ。私はエビフライの恨みと、話が違うぞと、ほっぺたがぷくーっと膨れてしまった。
「何膨れてんねん。エビフライくらいええやん。これからラッキーになんねんで」
 これからラッキーになる──。この一言も怪しい。自分は本当にこのまま生きていられるだろうかと急に心配になってきた。この猫は一体何をしようとしてる んだと思うと、目が細くなっていった。
「なんやその目つき。まだ信用してないな。とにかくや、俺はこれからあんたに懸賞に当たるコツを教えたる。だからそれを元に平恵が自分で運を切りひらくん や。俺は一 切、 手出さずに口だけ出したる。後は平恵次第や。これやったらどうや?」
「コツ? そんなのあるの? それさえ知ったら懸賞当たるって事?」
「まあそういうもんやな。懸賞でただで物貰ったらやっぱり嬉しいやろ。どうややってみいへんか?」
 台詞とは裏腹に、ブラッキーの目は脅しが入ったように『やれ!』と命令していた。
「あのさ、どうしてそこまでムキになるの? それってブラッキーが自分のために私を利用してるってことじゃない。私をラッキーにして使命を果たして自分も 人間に戻りたいんでしょ」
「ま あ、そう思われてもしゃーないな。でもな、俺、平恵が気にいってん。なりふり構わずに怪我しても必死で書類もってきたやろ。断られても諦めようとせーへん かった姿勢、あれも感動やったで。何よりも、目の前に落ちてきた俺を救ってくれた。あれ素材は陶器やから、もし割れてたら俺あかんかったわ。俺にとっ たら命の恩人や。だから俺のやり方で恩返ししてみたいねん。人間に戻りたいのもあるで、でもそれは難題や。平恵がラッキーで幸せになったとしても、保障し てくれへんねん。俺はそれでもかまわへん」
 ブラッキーは背中を丸めて下から覗き込むように私を見上げていた。
 猫にここまで言われるとは思わなかった。私のことが気に入った──。かつてこれほど自分のこと評価してくれた人がいただろうか。いや、こいつは猫だけ ど。まあ元、人か。そんなことどっちでもいいけど…… 律儀に恩返しとか 言ってる。

 小さいとき雨の中ずぶ濡れになった迷子の子猫を抱いて家に帰ったことがあった。飼えないから捨ててこいと親に言われて嫌だと泣き叫んだ。きちんと世話す るから、自分のご飯半分あげるから、だから飼わせてと懇願した。
 でももうすでに子猫は病気で、あのあとすぐ死んでしまった。それが悲しくて悲しくて世の中不公平だって思った。もっと早く私が見つけて助けてあげてたら 生きてたかもしれなかったと思うと、子供心ながら悔しさが溢れるようにこみ上げてきた。あのときからついてないって言葉を使うようになった。
 その時の子猫の姿とブラッキーがオーバーラップしてみえる。ブラッキーはあのときの私が受けた心の傷を治しにきたのかもしれない。
 ブラッキーを受け入れよう。なんせブラッキーはこの日の仕事を救ってくれた。きっといいことあるに違いない。そう思うと急にわくわくと心の中でタップダ ンスが始まる気分になった。
「ブラッキー、わかった。そこまで言ってくれるのなら、ブラッキー流の幸運とやら見せてもらう。私も今までついてないってそればかり口癖だったから、ちょ うど変わ れるときかもしれない。これからよろしくね」
 私が優しく言うとブラッキーは急にえらっそうになった。
「そっか、やっと乗ってくれたか。そしたら今日はもう疲れたから寝かせてもらうわ。明日の朝ごはんは焼き魚用意しといてや。それとチョコレート一杯買っと いてな。できたらスイスチョコとかベルギーチョコが希望や。頼むで」
 ブラッキーは私のベッドの上に飛び乗ると丸まってそこにとぐろをまくように落ち着いた。
「ちょっと、そこは私の寝るところ。ブラッキーはこっち」
 首根っこを掴んでさっきの宅急便の箱の中に捨てるように入れた。
「フギャー! 何すんねんな。幸運の猫様にむかって」
「確か主人は私だったよね。とりあえず今日はここで寝なさい。命令です」
 私はクローゼットからタオルを出して黒猫にかけてやった。不満な顔をしながら、それでも文句をいうことなく眠りについたようだった。
 関西弁を喋る黒猫。これは珍しい。明日になったら消えてそうな気もする。全てが自分の妄想、そして夢で終わりではと思うところもあった。箱の中をもう一 度覗く。すやすやと丸まって寝ているブラッキーの姿がかわいく見えた。そっと頭を撫ぜ てみた。かすかに喉がゴロゴロなっている。どこかブラッキーが憎めなかった。
「これじゃ主人というより、私は猫の飼い主だな」
 暫くブラッキーを眺めていた。


 次の日の朝、金縛りにあった。胸の辺りが重い。意識は確かにある。怖いながらも薄っすらと目を明けると、黒い塊が見えた。やっぱりなんか乗ってる。── えっ、でもこれって。
「おい、平恵、早く起きんか。いつまで寝とんねん。朝ごはんまだか?」
「あっ、ブラッキー。どこに乗ってるの、重い」
 また掴んで投げ飛ばした。
「フギャー。何すんねん。もう幸運な俺様を粗末にしやがって」
 ブラッキーは毛づくろいして、感情の高ぶりを落ち着かせようとしていた。
「もう、勝手に体の上に乗ってこないで」
「だって、呼んでも起きへんねんもん。それに平恵の胸にちょっと興味あったしな」
 思わずベッドから飛び起き、ブラッキーを掴んで首を絞めてしまった。
「くっ、苦しい。嘘やって。すまん。気つける。でもなんか板みたいやったで」
 さらにブラッキーの首がしまった。私の顔は本気で殺意にみちていた。
「ごめんごめんごめん。許してにゃ。フギャー」
 私はぽとっとブラッキーを落とした。奴は床にへばりつくようにゼイゼイと息をしていた。話す気にもなれないほど私は朝から怒ってしまった。ブラッキーは 這い つくばり滑るように動いている。まるで床をそうじするモップのように見えた。テレビのリモコンをみつけると電源を入れる。朝のワイドショーがやってい た。
「平恵、紙とペン」
 ブラッキーは涸れた喉から声を必死に搾り出す。ダメージを思いっきり喰らってすぐにでも死にそうに見えた。私は少しやりすぎたかと思うと、突然怒りが良 心の呵 責に変わる。
「平恵、はよ、紙とペン出さんか!」
 また急に態度が一変した。偉そうに命令口調になっていた。さっきまでのは演技だったらしい。また腹が立ったので、ペンをダーツのように投げてやった。ブ ラッキーの頭に命中。
「イタっ! 何すんねん。もう今日から人生変わる瞬間やで、それを怒りで始めるな。今日は記念すべき日になんねんで」
「だから紙とペンどうするつもりなのよ」
「ええか、よう聞きや。懸賞生活の心得や。必ず側に紙とペン用意や。これが基本や。ほらテレビ観てみ、懸賞情報や。ここでメモや」
 ブラッキーはプレゼント情報をしっかりメモっていた。あの猫の手でどうやってペンを持ってるのか気になって覗き込む。なんと不思議と吸盤みたいに ペンが肉球にくっついている。ちょっとその肉球に見とれてしまった。今度プニーと触りたい衝動にかられた。
「何、見とんねん。まあええわ。いつでもメモが取れるように必ず紙とペンは持ち歩くんやで。どこで情報に出会うかわからへんからな。返事は?」
「あっ、はい」
 急に教官のようになった。思わず釣られてピンと背筋が伸びて返事してしまった。
「平恵、締め切りが今日の消印有効や。今すぐ出さなあかん。葉書はどこや?」
「葉書き? そんなのないけど」
「あかんやんか、懸賞生活するときは、絶対家に葉書き常備や、これも基本やで。しゃーないわ。今日絶対葉書き買うてきや」
「うん…… 」
「なんやその返事は。あんたやる気あんのか」
「やる気も何も、まだ心の準備が。それにこれほんとに夢じゃないの」
「あかんわ。まだそんなこと言うてる。ええか、今日から平恵は徐々にラッキーになっていくねん」
「でも私懸賞なんて当てたことないよ」
 ブラッキーは我慢できないと苦虫を噛んだような顔をして呆れている。
「あんな、ほんなら聞くけど、今まで懸賞出したことあるか?」
「えっ、そういえばない」
「そやろ、出してもないのに当たるわけないやん。ええか、懸賞に当たるコツは出すことや。しかもやる気も添えてや。これも基本やで。覚えときや」
 当たり前のことといえばそれまでだが、確かに筋は通ってる。ふんふんと頷いてしまった。
「あっ、こんなことしてられない。会社遅れる」
「平恵、朝ごはんは? 俺、腹減った」
「もう適当に勝手に冷蔵庫開けて食べておいて。時間がない」
 私は慌てて身支度をする。自分が朝ごはん食べてる暇もない。急いで靴を履きながら玄関を出ようとした。
「平恵、葉書買ってくるの忘れたらあかんで。とりあえず30枚くらいからスタートや。それからチョコレートもやで」
 曖昧な返事をして私は家を出た。あいつを一人、いや一匹、部屋においておいて大丈夫だろうか。しかし時間がなくてそこまで気がまわらなかった。


◇◇◇

ブラッキーのまとめ

● 紙とペンを持ち歩く(情報収集のため)
● 葉書きはいつも常備する
● とにかく出す姿勢を忘れない

 まずはやる気や!やろうという姿勢を整えるんや。モチベーションをあげて運を引き込む勢いやで。当たり前のことでもやる気がなければ当たらへん。

 焦らんときや、これからちゃんとコツが出てきよる。当てたければこのまま先を読んでや。


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