懸賞  Sweetstakes

第二章

5 葉書の書き方

 葉書を目の前にして暫くじっと見つめていた。そしていざ書こうとしたとき、ブラッキーが目をきらりと光らせて声を低くして待ったをかけた。
「ちょっと、何よ」
「平恵、応募方法しっかり読んだか」
「えっ? こんなの名前書いて住所書けばいいんじゃないの?」
「舐めたらあかんでー! ええか、懸賞葉書書くときは、履歴書と一緒なんや。自分の分身や思え! 必ず応募方法に書かれてる決まりをしっかりと守れ。住 所、氏名、年齢、電話番号とあっても、読み仮名に”ふりがな”、”フリガナ”とあったら前者はひらがなや、そして後者はカタカナや、それくらいきっちりか かなあかん。それから絶対に読みやすいきれいな字で書け。読まれへんかったら元も子もない。選ぶのは人間やっていうこと忘れたらあかんで」
「うっ、うん。わかった。でもこういうの普通にくじのように選ぶもんじゃないの?」
「もちろん、ただ単に選ぶ場合もある。だけど、ぱっと目に付いた葉書が好印象なものやったら、人間はそれを手にしたいと思うやろ。どうせ商品をあげるな ら、一生懸命熱意をもった葉書にあげとうなるもんが人間の情っていうもんや。あっ、そうや平恵はイラストとか描けるか?」
「うん、結構得意かも。昔漫画とか描いてたことある」
「なんや、お前、オタクか。だから彼氏とかもおらへんねんな」
 ブラッキーの頭をついどついてしまった。ブラッキーは頭を手で撫でて何もなかったようにまた話し出した。
「まあ、ええわ。とにかく葉書に飾り程度の絵描いてみ。この場合チョコレート会社やから、それに関係した感じのかわいい絵がええかもな。でもほんまに絵描 けるんか?」
 ブラッキーに疑いの目で見られて腹が立って、こうなったら上手いところ見せてやろうと私はチョコレートを食べてるかわいい女の子の絵を葉書の右端に描い てみた。
「おっ、うまいやん。これはええわ」
 素直に褒めてくれるブラッキーに思わずにたーっといい気分になって笑っていた。でも猫に上手いって褒められてもあまり喜ぶことじゃないなと思ったら笑顔 が消えた。

 ブラッキーは気がつくとハンサムの君から貰ったチョコを食べていた。全部食べるなとひったくって私も一欠けら口にしてみた。
「あっ、このチョコ、美味しい。口の中でふわってとける感じ。なんか一日の疲れがとれるような幸せな甘さが口一杯に広がる」
「あっ、それや!」
 ブラッキーが急に叫んで私を見るので、私はなんのことだろうとキョトンとしていた。
「今、言うた言葉や、それを葉書の余白に書くんや。どういうシチュエーションでチョコを食べてるかとか、食べた感想とか書くんや。コメントや! コメン ト! 売る側はどんな風に自分の商品が食べられてるか知りたいもんやろ、そこを教えたるねん」
 言われるままにコメントも一緒に書いた。応募券も貼って、その葉書は後は明日投函するだけとなった。
 ブラッキーは次に新聞から見つけた情報を次々と持ってきて、私は葉書をせっせと書いていった。
「平恵、付箋あるか?」
「付箋? あるけど何に使うの」

「忘れんように応募締切日、必着か消印有効かも書いて葉書に貼っておく。ギリギリに届くように計算して出すんや」
「もう書いたんだから、明日まとめて全部出そうよ」
「甘い! あんな、当てるからには出す日を選ばなあかん。闇雲に出しただけでは当たらへんねん。あっ、今面倒臭いって思うたやろ。なあ、そやろ」
 図星だった。それでも誤魔化して、首を横に大きく振っていた。

「ええか、懸賞応募に面倒臭いは禁句や。ええ加減な気持ちで応募してたら絶対当たらへんねん。意気込みっていうものを葉書にこめる。絵を描いたり、コメン ト添えたり、それだけで印象が違ってくる。そこへちゃんと目に付くように届くようにするのが基本や。ギリギリに出したらええっていうのは、それだけたくさ んの応募葉書の上の方にきて目に止まりやすいってこともあるからやねん。結構見てる人は見てるもんや」

「でもそうやって選んでたら公平さってものがないね」

「そんなん当たり前やん。ただで人様に商品をあげるねんで。どうせやるなら好印象の葉書選びたくなるやろ。こういうのは小さな会社になればなるほどそう なってくる。だからたかが葉書やからって気抜いたらあかん。その葉書一枚で商品を貰おうとしてんねんで。要するに頂戴って自分で言うてるようなもんや。目 の前でただ『くれ』って言う奴と『この商品が好きなんです、だから欲しいです』っていう奴がおったら平恵はどっちにやりたいと思う?」
「それは、丁寧に言ってくる人かな」

「そやろ、葉書も同じ事や。貰うからにはそれなりの礼儀っていうもんを見せなあかん。そこから差は生じるんや。わかったか」

「うん」

 説得力があったが、ここまで葉書に気合を入れるなんて、仕事帰りの私には結構きつかった。ばれてしまったのか、ブラッキーの手から爪がシャッと出て牽制 された。
「でもさ、いちいち絵を描いてたら葉書一枚書くのにすごい時間取られるし、一度にたくさん書けない」
「まあ、全部イラスト描けとは言わん。とにかく好印象なデザイン的な要素を出せばいい。そういう時はシールとか貼って、ハイライトペンで線を描くだけでも ええ」
「シール? ハイライトペン?」
「そうや、要するに見栄えをきれいにすることやから、飾りをつけるってことや。適度に色とりどりに葉書を飾ってやったらええ。かわいいシールとか見つけた ら今度買ってみ」
「でも何かと出費するわね」
「だから、努力を惜しまないってことや。一枚数十円程度で商品当たってみ、元手思いっきり取れるで」
 それもそうだった。葉書一枚で商品が貰えたらすごい黒字になる。多少の出費なんてしれたものだった。ブラッキーは色々アドバイスをくれながら、私はとに かくせっせと葉書を書いた。

目次

BACK  NEXT


inserted by FC2 system