懸賞  Sweetstakes

第二章

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 朝、出勤前にブラッキーが確認する。

「平恵、今日の分の葉書の投函忘れるな。それとポスト出す前に、何時に郵便物を回収しに来るかもチェックしてから出しや。特に今日の消印有効は今日のうち に消印もらわへんかったら意味ない。その日のポストの回収が既に終わってるってこともあるからできるだけ、回収が複数回あるポストに出した方がええ」

 私は頷いて葉書を持って出勤した。そして駅前のポストを見つけると、ブラッキーの言ったとおりに回収時間をチェックしてから投函した。そしてつい手を合 わせて祈ってしまった。
 本当にこんなことして当たるんだろうか。そんなことを考えてたら電車に乗り遅れそうになり、慌てて走って駅に向かった。

 会社につくと同僚の女の子達が三人固まって話をしていた。私は「おはよう」と挨拶をすると、その中の城島美咲が私に近づいてきた。
 美咲は私と同期だが、要領がよくて仕事をテキパキとこなす。少しきつい顔をしているが、ロングヘアーで古風な美人だった。当然男性の間ではマドンナ的存 在で憧れる人も多い。だけど美咲は大概の男は相手にしないでいた。普段美咲から男の話など聞いた事がなかったが、この日は美咲らしからぬ話を振ってきた。
「平恵、バレンタインどうするつもり?」
「バレンタイン? あっ、そういえばもうすぐ2月14日。別にどうもしないけど、それがどうしたの」
「そう、今みんなで色々話してたところ。花川さんにチョコあげる人どれくらいいるかなって」
「花川さん?」
 花川俊介、ハンサムの君のことだった。みんなアタックするつもりなんだと思った。私もそりゃかっこいい人だから会えばドキドキするが、チョコをあげるこ とまで考えていなかった。
「平恵、そう言えば昨日、花川さんから何か貰ったんじゃないの」
「やだ、美咲見てたの? そう、仕事手伝ったからってお礼にチョコ貰っちゃった」
 私は嬉しかった気持ちをストレートに伝えると、美咲を初め、彼女の後ろに居た二人から冷ややかな目線を返されてしまった。この状況はどういうことなんだ と、一瞬戸惑ったが、気にしないでそのまま平常心を保っていた。

──もしかしてみんななんか誤解してる?

 何か言わないといけないと思ったとき、花川さんが、目の前に現れた。一瞬で皆の目の色が変わった。にこやかに朝の挨拶をすると、花川さんも素敵な笑顔で 応えていた。
「昨日、チョコありがとうございました。とっても美味しかったです」
 私はついお礼を言うと、また三人の目が冷ややかに私に集中した。
 花川さんはニコッと私に笑って、また何かあったら手伝って欲しいと言って去っていった。もちろん喜んで返事を返したが、更にみんなの冷たい視線が刺すよ うに浴びせられた。

 これは完全に嫉妬だ──。美咲まで睨むような目で私を見ている。あの美咲が、花川さんを好きだとは知らなかった。

「あのさ、そりゃ私も花川さんに憧れてるところはあるけど、私はチョコレート渡そうとか思ってないから、見てるだけで幸せなだけ。そんな怖い顔で睨まない でよ」
 三人はそれを聞いて安心したのか、目つきが穏やかになった。かっこいい人を目の前にすると何かとトラブルになるもんだ。
 私は女の醜い部分を見せられたような気分になって、その日は重たくなってしまった。恋人はもちろん欲しいけど花川さんは滅相もないし、狙ってもいない。 私には釣り合わないのは充分自覚してる。ちょっと話をしただけで、こんな風に思われるなんてほんと驚いた。

 私は顔はあまり気にしない。一緒にいてて楽な人がいい。そして私のことを好きでいてくれたらそれで充分。
 でも待ってるばかりじゃいけない。そろそろ婚活しないとやばいかもしれない。
 一人でブツブツいいながらその日は仕事に励んだ。

 そして家に戻ればまた懸賞生活が待っていた。
「よお、平恵、お帰り。なんかえらく疲れた顔してるな。なんか会社であったんか?」
「ちょっとした女の嫉妬に遭遇って感じ。あー疲れた。だから今日は葉書書くのパス」
 ブラッキーの目がキラーンと光ったかと思うと、目の前に鋭い爪を見せて脅してきた。
「あかん! 甘いわ。今日も書くで。毎日のコツコツが勝利への第一歩やで。会社でのことは家に持ち込んだらあかんわ」
「もう! だけどそんなに出すような情報もないじゃないの」
「そうか、それやったら今から見つけに行こう。俺を抱っこして外つれていけや」
「えっ、ブラッキーを抱っこするの?」
「そうや、ここは一応ペット禁止ちゃうんか。見つかったらヤバイやろ。それやったら俺ぬいぐるみのふりするから、抱いていけ」
「でもどこにいくのよ。探すってどうやって」
「とにかく抱け!」
 ブラッキーを抱くと重かった。でもブラッキーは動かずぬいぐるみになりきっていた。あまりに徹底してたのでそこで落としてみた。
「フギャー! 何すんねん」
「あっ、失格。落とされても最後までぬいぐるみのフリしないといけないでしょ」
「アホか! そんなことせーへんでも平恵がしっかり持ってたらええんじゃ。ほんまにもう、残酷やな。そんなんやから恋人でけへんねんで」
 また首を絞めることになった。


 外に出るとブラッキーは小声で話しかけた。
「平恵、駅に行くで」
「駅? どうして?」
 駅までは歩いて10分くらいでそんなに遠くはなかったが、ブラッキーを抱いて歩くのは苦しかった。
 あまりの重たさに不平が自然と口から出てしまった。
「平恵、さっきから何をぶつくさ言うてんねん。危ない人って思われるで」
 腹が立って頭を叩いてしまった。人が通りかかったのでブラッキーは我慢してぬいぐるみのフリをしていたが、顔は引き攣っていた。
 駅に着くとブラッキーは小声で言った。
「駅の情報誌とか置いてあるやろ。あれをまず取れ」
 タウン情報誌のような薄っぺらいのが改札口近くに置いてあったのでそれを一つとった。
「次はゴミ箱の中を覗け」
「えっ、ゴミ箱? どうして」
「ええから覗け!」
 大きい籠のようなゴミ箱にビニール袋が設置されてそこには色々なゴミが入っていた。

「そん中に新聞や雑誌ないか」
「ああ、あるけど、これ男性が見るなんかエッチな雑誌だよ」
「ええからそれ拾え、平恵」

 にたにたしながら言うところをみると、言葉を掛け合わせで楽しんでいたに違いない。そういうしょうもないところがまた腹立つが、その勢いで私はヤケクソ になってその雑誌を手にした。こんなところ知ってる人に見られたらどうしようかと走って逃げ出したくなるほど情けなかった。

 家に戻って私はブラッキーに不満をぶつけまくった。
「なんであんな恥ずかしいことまでしないといけないの」
「平恵、やっぱり甘いわ。当てるためにはなんでも努力やって言うたやろ。ええか、その雑誌の後ろの方見てみ、懸賞応募あるやろ」
 ブラッキーの言うとおり、応募葉書が付いていた。しかも一万円の懸賞。
「男の読む雑誌っていうたら読んだらすぐ捨てられる。それって懸賞応募してない奴が多いってことやねん。そんなお宝の雑誌をただで拾って懸賞応募して当 たったらどうや。すごい利益やろ? 利用できるもんはゴミでも利用や」
「あっ、そっか。でも、これは恥ずかしすぎる。嫌だ」
「まあ、しゃーないな、拾えるときだけ拾ったらええってことでええわ。でも当たったらすごいで」
 ここまでしないといけないのかと思うと悲しくなってきた。

「それから、タウン情報誌やけど、地元の懸賞は当たる確立高くなる。身近でそういう情報誌とかあったら必ず手にいれや。それやったら抵抗ないやろ」
 パラパラと無料のタウン情報誌を手にすると、そこにも懸賞応募が載っていた。結構情報ってあるものなんだなと感心した。
 こういうのを少しずつ集めて応募していくのか。なるほど今までそんなこと考えたこともなかったから知ってるのと知らないのとでは全然違うもんだと、つい 腕を組んで首をうんうんと縦に振っていた。
「さあ、平恵、葉書の用意や。頑張るんや」
 私は疲れてながらも、またブラッキーに乗せられて葉書をせっせと書いてしまった。


◇◇◇

ブラッキーのまとめ

●葉書を書くときはきれいなはっきりとした字で書くこと。規定を必ず守ること。
●気を抜かずにデザインを工夫する。絵を描いたりシールを貼ったり、ペンで色つけたりしてみる。
●コメントも添えると高感度アップ。
●応募締切日は必着か当日消印有効かしっかりと見極めてギリギリに出してみる。
●応募締め切りが複数に分かれているときは一回目の締切日の方が有利である。
●情報集めを怠らない。フリーペーパーや落ちてる雑誌もお宝の山。


 とにかく応募規定は絶対守ることや。書き方も工夫次第ってことや。後は締切日に注意して出すこと。それから情報は色んなところに落ちてる。当てるために は出すだけの情報がないとあかん。いつも目を光らせて情報集めを怠るな。

 さて、まだまだ続くで、そのうち裏技も教えたるわな。そのまま読んでみてくれや。


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