懸賞  Sweetstakes

第三章

7 初めての当選

 ブラッキーとの懸賞生活が始まって、1週間と数日が経つ。仕事から帰ると相変わらずハガキ書きの毎日が続く。この日もせっせとハガキを書いていた。ブ ラッ キーは呑気にテレビを観ている。
 そして2月14日が近づくこの時期は世間ではバレンタインデーにかこつけて、何かとチョコレートを強調し、お目当ての彼に告白のチャンスだと勝手に盛り 上 げている。
 私には関係ない行事だと思っていたが、ブラッキーが遠回りに催促してきた。リモコンを持ちながらテレビを観てはバレンタインデーの話がブラウン管から流 れるとわざとボリュームを上げたり、チョコレートのCMが流れると『うまそうやな』と私の顔をチラリと見る。
「そんなにチョコレート欲しいの?」
「えっ、俺、何も言うてないで。でもそんなに俺にあげたいんやったら貰ったるで」
 猫の癖に生意気な奴。でもどうしてそんなにチョコレートが好きなのやら猫なのに変わった嗜好。
「平恵は誰にもチョコレートやらへんのか。バレンタインデーやで。当たって砕けてみたらどうや」
 余計なお世話だと、脱ぎっぱなしになっていたセーターをベッドの上で丸くなっていたブラッキーに投げつけた。
「おっ、暖かいわ、ありがとうな」
 逆効果だった。返せとひったくってブラッキーをベッドから叩き落とした。
 ブラッキーはぶつくさ言っていたが、毛づくろいをして落ち着こうとしていた。
 それを横目にまたハガキを書く。いつまでこの猫と関わってハガキを書くのやら。そして本当に当たるのだろうか。半信半疑になって背中を丸めていると、ブ ラッ キーがいきなりジャンプして丸めた背中に乗ってきた。
「平恵、その態度はなんや。気合入ってないやんか。そんな態度で取り組んでたらあかんやろ」
 背中に重いものが乗ってきただけでもイラっとしてきて、その上猫のお説教。もう腹が立って爆発してしまった。
 ペンを叩きつけるように置いて怒りを露にする。その勢いで背中に乗っていたブラッキーを跳ね除けた。
「うるさい! もうやめたやめた。どうしてこんなことしないといけないのよ。どうせ当たるわけもないのに」
 私はベッドに潜ってふてくされて寝てしまった。
「おい、平恵…… 」
 ブラッキーはどこかうろたえていたが、気にすることもなくそのまま私は朝まで寝た。


 次の日の朝、ブラッキーと話すこともなく、私はさっさと会社へ行く。
 会社では朝からため息をついてしまい、部長にどうかしたのかと心配されてしまった。この部長は結構話のわかる人。人望も厚く頼りになる。仕事に対して は厳しいが、きっちりと人材を育てようとしている面をみているので叱られてもそれは愛のムチに感じるほど。
 奥さんも子供もいるので恋愛対象ではないが、ちょっと三枚目の入った40歳代、中年期なのか少し太り気味でお腹も出てきている。もう少し若ければ恋愛対 象としてころっ といったかもしれない。
「いえ、ちょっとストレス感じることがありまして」
 私がニヘラニヘラと笑いながら誤魔化していた。
「そっか、ストレスか。そうだ、明日なんだが、仕事が終わったらちょいと付き合わないか。これも仕事に関することなんだけど、平恵君も来てくれたら助かる し、それに美 味しいもの出るんだけど、どうだろう」
「えっ、美味しいものですか。はい、行きます。お供します。あっ、もちろん仕事もします」
「そっか、それは助かる。君はさっぱりとした男らしさがあるところがほんといい。女にしておくのもったいない」
「えっ?」
 部長はそのままどこかへ行ってしまった。私って女と思われないの? またため息が出た。
 結局はどんよりとして、またその日が終わった。
 家に帰るとブラッキーが待っている。前日直接な喧嘩とはいえないけど、一方的に腹を立ててしまったことをこの時になって後悔しだした。
 ちょっとご機嫌取るためにもブラッキーにチョコレートを買ってしまった。たかが猫にどうして気を遣わなくてはならないのかと考えていたが、あれで も猫としては割とかわいいところがあると思うと、謝りたくなってきた。

「ただいま、ブラッキー居る?」
 家の玄関を開けて、恐る恐る中を覗くとブラッキーはきっちりと座り込んでにんまりとしていた。
「お帰り、平恵」
 あまりにもニタニタしてたので、気でもふれたかとこっちが怪訝な顔つきになっていた。
「平恵、喜べ、当たったぞ! ほ〜ら」
 ブラッキーがコタツの上にぴょんと飛び乗ると、そこには茶色の封筒が置いてあった。よく見るとこの間出したチョコレート会社からだった。
 思わず「うそ」と声を上げながら封を切ると、中からご当選おめでとうございますと書かれた紙と商品が入っていた。
「あら、当たった。しかもこんなに早く」
「どうや、俺の言ったこともまんざら嘘ではなかったやろ」
「ブラッキー! ほんとに当たるんだ。なんかすごく嬉しい。やっぱりあんたはすごい猫だ」
 私は思わずブラッキーを抱きしめていた。ブラッキーも嬉しかったのか、喉をゴロゴロしている。

「どうや、当たったら、嬉しいもんやろ。出したら当たるチャンスはある。でも出さへんかったら絶対に当たらへん。そしたら出すしかないやん。これからも頑 張り。最初は小さなものやけど、この気持ちは忘れたらあかん」
「ブラッキー、昨日はごめんね」
 お詫びにチョコレートを渡してやった。ブラッキーは得意げになって笑ってそのチョコレートをくわえるとぴょんとベッドに飛び乗って、早速食べていた。
 いつ見てもあのブラッキーの猫手は器用だと思いつつ、そんなことは詳しく考えずに、私は当たった賞品をじっとながめる。それは板チョコの形をした電卓 だった。
 例え小さなものでも当たったときはやっぱり面白いほど気持ちがいい。これからもしっかりハガキを書こうと力がつい入ってしまった。

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