懸賞  Sweetstakes

第三章

9 一つにつき一枚

 家まで送ってくれると部長は言ってくれたが、それは迷惑だからと私は最寄の駅で降ろしてもらった。花川俊介も一緒に降り、駅まで肩を並べて歩いていた。
 まさかここで花川俊介と二人っきりになるとは思わなかったが、役に立って、美味しいものも食べられてそして最後にきれいなものを見られて終われるのは至 福の気分だった。
「平恵さんって以前からちょっと面白いなって思ってたけど、今回でそれは証明されたって感じだよ」
「えっ、以前から面白い?」
 私そんな風に思われていたの。なんか衝撃的だった。
「食べっぷりもよかったしね。部長がなんで君を今日呼んだのかわかった気がする」
「そ、そうですか」
 見られてた。あたりまえか、あんなに近くにいたんだから仕方がない。思わず恥ずかしさで赤面してしまった。
 花川俊介は楽しそうに笑っていた。
「おっと、僕の電車が来ている。それじゃまた明日会社で。それからチョコレートの電卓ありがとうね。今日貰ったチョコレートの中で一番嬉しかったよ」
 私の目を見つめてはにかんだ顔を一瞬見せると、慌てて階段を走り登り反対側のホームへと行ってしまった。あちら側につくと、電車は扉が閉まる寸前でそれ に飛び乗るとドアは閉まり、窓越しに私の姿を探し、見つけると手に持っていた荷物を持ちながら上に掲げて挨拶をして電車は動いて行った。
 私はそれにつられて、手を振ったが、その後呆然とその場に立ちつくした。自分でもよくわからず、でも余韻だけがぽわーんと残っていた。
「これもブラッキーの御利益かな」
 やっぱり、私ついてきた? 一人でニタッと緩やかに笑っていたら、行きかう人々にジロジロみられてしまった。別にどうってことなかったので、目が合った 人にも笑っておいた。
 それだけとても気分が良くてハッピーだった。



「ただいま」と家に戻ると、ブラッキーが手を出して出迎えた。
「何? その手は」
「えっ、あれやん、あれ。まだ14日やで」
 よほどのチョコホーリックとみた。しかし猫の分際で……
「チョコレートなら昨日あげたでしょ。まだ欲しいの?」
 ブラッキーは素直に「ニャー」と返事した。
 そんなものないと一蹴する。
「ところで、今日はなんか当たってた?」
 ついまた当たってるんじゃないかと郵便物を期待する。
「なんも入らへんかったで。まだ出したばかりやし、そう簡単に毎日当たらへんもんや。昨日はビギナーズラックやと思ってええわ。始めてから大体懸賞の結果 出るまで2,3ヶ月かかりよるで。とにかくハガキを書いて書きまくって出すしかないで。ほら、もたもたせんとはよ書かんか」
 疲れていたけど、いい気分だったのでとりあえず何枚か書いていた。そしてブラッキーにどつかれた。
「ちょっと痛いじゃない。何すんの!」
 ブラッキーの関西弁がうつった。
「平恵、大きなミスおかしとるやんか」
 ブラッキーは私の書いたハガキを見て猫なりに頭に手を置いて渋った顔をしていた。私はしっかりと言われたように書いてるだけにどこが悪いのかさっぱりわ か らなかった。
「ええか、一つの懸賞に対してハガキは一枚や。何枚も同じ懸賞に費やしたらあかん。全く当たらへんようになるんや」
「えっ、どうして? 確立から言ったら、複数出した方がいいんじゃないの?」
「懸賞の規約に、お一人様一回の応募可となってたら、もう複数出したらそれでアウトになる。そういう規約がなくても、複数出してると、選ぶ側に敬遠される 傾向があるねん。懸賞企画してる奴らは結構葉書の内容見てるもんや。小さな所ほど、しっかりと見とるわ。そんなときに同じ差出人のものが一杯送られてきた ら結構興ざめするってもんや。そうなると人間の心理からして、こいつは外そうってなるかもしれん」
「まさか、そこまで見てるもの?」
「そうやで、知り合いがどうしても欲しい商品があって、一つの懸賞にハガキ100枚出したとかいいよった。ところが全く当たらへんかった。でも懸賞のプロ は一枚のハガキで 勝負して一杯当てとるもんや。一つに複数出すより、一つ一つの懸賞に一枚ずつ出す方が確立高くなるってことや」
 私はよくわからなかったけど、とにかく素直に言うことを聞いておいた。

 するとブラッキーが目を光らせて鋭く声を変えて呟いた。
「でもな、裏技があるねん」
「裏技?」
「そうや、一つの懸賞に複数出す裏技や。その場合差出人を家族の名前に変えるんや。そしたら同じ住所でも出したら違う人間になるから、これは複数にならへ んってこっちゃ。だけど注意することは、筆跡を全く違うように書かなあかんてことや。名前だけ変えて同じ人間が書いてたら一人で複数出してるのがバレバレ になるやろ。だからあくまでも別人が出してるという雰囲気を作ったらなあかんねん」
「ふーん。それが裏技か」
「でもな規約によったら、一家族につき一回ってなってたらこの裏技は使われへんで」
「わかった。そしたらお姉ちゃんの名前使ってみる」
「だけど、旅行や車とか大きなものになるときは、当たった本人しか貰われへんから、その辺は気つけや」
「そっか、本人確認がいる懸賞は自分の名前じゃないとだめか」
「それと出し方やけど、この裏技つこうて投函するときは、期間をずらせ。例えば月初めから月末までの応募締め切りの場合やったら、一枚は月初めに出して、 もう一枚はギリギリに出す。そうしたら、届いたとき、上と下に葉書がくるやろ、それをなんらかの形でひっくり返されても、上と下のままになりよる。届いた ときの位置も考えて応募や」
「そこまで考えるの?」
「そうや、とにかく攻略を考えて少しでも当選確立を高めるねん。何も考えやんと出すよりかははるかに確立違ってくるもんや」
 私は気が遠くなりそうになった。やっぱりいつものように頭によぎる文字は……
「ああ、また今面倒臭いって思うたやろ! それがあかんねんって。当たった時のあの気持ち思い出してみ。嬉しかったやろ。努力してこそ味わう勝利やで」
「うん、わかった」
 チョコレートの電卓。あれは花川さんにあげてしまったけど、当たらなかったら渡すこともできなかった。花川さんも喜んでくれたことを考えると、またやる 気が出てきた。
 次は何が当たるのやら。私はいつかは大きいものを当てるぞという意気込みでせっせとハガキを書いていた。
 

 

◇◇◇

ブラッキーのまとめ

●懸賞一つにつき葉書一枚が基本。
●複数出す場合は家族の名前を使う。筆跡は変える。但し応募規約に注意。
●複数投函する場合は出す時期をずらす。


 ちょっとした工夫で当選確率をあげるってことや。どうすれば当たるのか常に自分なりの工夫を考えたらええ。出してるうちにそのコツが体で感じ取れるとき があるわ。とりあえずまずは出すことに慣れてや。まだまだ続くで。


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