Temporary Love2

第二章


 氷室が目覚めたとき、今度は隣でなゆみが寝息を立てていた。
 氷室は横向きに手で頭を支えながらじっとなゆみの顔を見つめている。
 近くにいても遠い存在だったすれ違っていたときと違い、なゆみも自分を好きでいてくれて、そしてこんなに側で眠っている。
 愛しいものを目の前にするとただ見ているだけでは物足りなくなってくる。
 次第に触れたい、キスしたいという感情が芽生えてきた。
 安心しきって自分の隣に眠っているなゆみは無防備すぎる 
「こんなに密着してそんな顔を見せられたら襲っちまいそうになるじゃないか」
 氷室はそれでも何もせず、なゆみが起きるのを黙って待っていた。 
 暫くしてなゆみが目覚めたとき、氷室は待ってましたとばかりに微笑んだ。
「やっと目が覚めたな」
「あっ、やだ、私も寝ちゃったんですね。もしかしてじっと見てたんですか。もう、氷室さん、起こして下さいよ」
 なゆみは間抜けな顔して寝てたんじゃないかと思うとすごく恥ずかしくてたまらない。
 あたふたと慌てているなゆみの顔は小さな動物が小刻みに動いているようだった。
 そのしぐさに癒されるように氷室からくすっと笑いがもれ、優しく見つめた。
「どんな風に起こして欲しかったんだ。やっぱりアレか。眠りの森の美女風に……」
「こんな風にです」
 恥ずかしさを発散させるようになゆみは突然氷室の脇の下をくすぐりだした。
「何をするんだ。アハハハハ」
「じっと見ていた罰です」
 氷室は悶えるように体がのたうち回った。
「アハハハハ、やめろ、おい、いい加減にしろ」
 氷室はなゆみの腕を取り、覆いかぶさって押さえつけ、暫く、お互い真剣な目をして見つめてしまった。
 なゆみの瞳からは怖がっている気配などどこにもなかった。寧ろ氷室を思い、そのまま抱かれたくてまどろんで潤っているようにさえ見える。
 それなのに氷室は笑みを返すだけで、なゆみから離れベッドから体を起こす。
「そろそろ、パーティの時間だな」
「氷室さん」
「ん?」
 氷室は振り返る。
 なゆみは思いつめた顔をして真剣に氷室に挑んで訴える。もう我慢できなかった。
「私、女としての魅力ないですか? 氷室さんにはふさわしくないんでしょうか」
「おいっ、どうした急に」
「だって、こんなに近くに氷室さんがいるのに、とっても遠い気がして」
「おいおい、なんでそうなるんだよ。俺がここまで会いに来ただろうが。どれだけお前のこと思っていたと思ってるんだ」
「じゃあ、どうして弟さんから貰ったもの使わないんですか」
「お前、なんと露骨に…… それにお前がそんなこと気にしてどうすんだ」
 氷室はなゆみの側に行き、ベッドの端に腰掛けた。
 なゆみは氷室に抱きつく。
「私、不安なんです。また氷室さんと離れてしまうし、もし氷室さん私のことやっぱりつまんないとか思ったりしたら怖くて」
「そんなことないだろ。お前は最高だよ」
「でもまだ試してないし……」
「おいっ、お前は何考えてるんだ。時々怖いことさらりと言ってくれるよな」
「だって、男の人ってバージンはつまんないって」
「アホか! そんなこと誰が言ったか知らないが、お前は物事を知らなさ過ぎだ」
「やっぱり知らないってよくないですよね。でもどうやって学べばいいんだろ」
「あのな、そんなこと心配しなくていいんだ。お前はそんなところまで真面目で一生懸命なのか」
「えっ?」
「俺がどれだけお前に惚れてるか、そしてどれだけ大切に思っているか、俺の気持ちも考えろ。心があってこそ、その先があるんだろうが」
「私だって氷室さんが大好きだからそれに応えたくって、でもどうしていいのかわからなくって」
「お前はそのままでいいんだ。知らなければ俺が色々教えてやる。だから心配するな」
 氷室もなんだかヤケクソになってきて何を言ってるかわからなくなってしまった。
 だがその言葉で、なゆみの顔に光がさしたように明るくなった。
「はいっ!」
 なゆみは清清しく吹っ切れて、氷室の前では何も恥じることがないように、心が解放される。
 何も焦ることはない。なゆみは氷室に自らキスをする。
 氷室はそれにしっかり応え、笑顔でなゆみと暫し甘いキスを楽しんだ。
 
 なゆみは氷室と一緒に少し遅れてモリーのパーティへと向かった。
 噂に聞いてはいたが、モリーの家は大きな家が建ち並ぶ住宅街にあり、そこはプールつきも珍しくない程の家が沢山連なっていた。
 モリーの家は、一目で分かるほど周りに外国人が群がり、ひっきりなしに出入りがあった。なゆみも小脇にスケッチブックを抱えて氷室と手を繋いで家の中に 入っていった。
 中はすでに沢山の人が集まり、挨拶しようにも家の主が誰なのかわからず、圧倒されながら人ごみを掻き分け真っ直ぐ突き進む。
 形ばかりの手土産として飲み物とスナック菓子を持参して、それをキッチンに置きに行くと、数名そこを仕切ってる人たちがいた。
 なゆみは挨拶をして持ってきたものを渡し、軽く自己紹介を済ませると「エンジョイ!」という言葉と共ににこやかな笑顔を向けられた。
「すごいな、これがアメリカのパーティか」
 氷室は圧倒されて周りを見ている。
 そこは人が溢れ、色んな国の人種が集まり思い思いに語り合っている。そこには国境はなく、誰もが楽しんでいた。
「ナユミ!」
「ハーイ、アン」
 一緒に住んでいるアンが現れ、なゆみにフランスの挨拶のほっぺのキスをする。
「(バーバラから聞いたけど、この人がなゆみの彼だね)」
 なゆみは氷室をアンに紹介し、氷室は丁寧に挨拶をした。
「(いい男じゃない)」
 アンはすでに出来上がっていて遠慮なくフランス式の挨拶を氷室にしていた。
 なゆみは自分はそれをされているというのに、氷室が同じようなことをされるのを見ていい気持ちにならなかった。
 なんだかやきもちが芽生えた。
 アンがそれに気づくと笑い飛ばすようになゆみに抱きついてきた。
「(アン、もしかして酔ってるの)」
「(ちょっと飲んだだけだって)」
 陽気に笑うその姿は、すでにアルコールが体を支配しているような雰囲気だった。
 そして、また違う知り合いを見つけるとそっちに行っては大声で声を掛けていた。
「なゆみは飲むなよ。アメリカじゃ二十歳はまだ未成年だ」
「分かってますよ。氷室さんも車運転するから飲まないでね」
「分かってるよ。でも皆、豪快だな。あっ、やっぱりあいつらも居たか」
「あいつらって誰?」
 氷室の目線の先にはトオルが居た。その隣に聡子もいる。
「あの女の子やばいかも」
 氷室が呟く。
「えっ、聡子のこと?」
「なんだお前の友達か? だったら教えといた方がいいぞ。あの隣にいる男、今夜一緒に寝られる女を探してるってな。あの男だけじゃなく、その周りの奴の友 達も全く同じ目的だ。俺、あいつらがそういうこと話してるの聞いてしまったんだ」
「えっ、嘘。それ聡子に教えなきゃ。氷室さんちょっと待ってて」
 なゆみは聡子の所に近づき、話があるとトオルから離して引っ張って他の場所へと移っていった。
 氷室はその間、一人ぽつんと残されたように部屋の隅で待っていた。
「ハーイ、コトーヤ」
 英語風に呼ばれた自分の名前でもうそれが誰だか氷室はすぐに気がついた。
 嫌々ながらも振り向く。
「ハーイ、ベス」
 以前日本語の質問をされて電話番号を渡された女だった。この女もこのパーティに来ていた。
「(どうして電話くれなかったの)」
「(興味ない)」
 氷室はうっとうしいと冷たく言い放った。
「(コトーヤは冷たいですね)」
「Sure! (その通りだ!)」
 日本人らしからぬはっきりと言い切った氷室の言葉に、ベスは男らしい魅力を感じ益々気に入ったとばかりに色目を使ってきた。
 長い金髪の睫毛が風を送るくらいに目をパチパチさせる。
 氷室は不快極まりないと「失礼」と言って他に移動した。しかしベスも後をつけていく。
(おい、勘弁してくれよ。はっきりと意思表示してるのに、なんでこんなしつこい女なんだ。なゆみ、お前はどこにいるんだ)
 氷室は人ごみを掻き分けなゆみを探すが、ベスも負けずとついてきていた。
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