Temporary Love2

第二章


「聡子、そういう訳だから、気をつけてね」
 バスルームの中、誰にも邪魔されないと二人で篭って、なゆみは氷室から聞いた話を聡子に話していた。
「そんなこと最初からわかってたよ。男が近寄ってくるっていうのは下心見え見えってことなんだよ」
「なんだ、ちゃんとわかってたのか」
「あんたが鈍感すぎるってこと。でもね、いい男が居たら、私も遊んでもいいかなって思ってる」
「ええっ」
「そこから始まる恋っていうのもあるしね」
「聡子って大人だね」
「いや、あんたが子供すぎるんじゃない? ところで彼とはもう寝た?」
「ううん、まだ」
「あんないい男で大人なのに、それでもなゆみにまだ手を出さないって、よほど大切で愛されてるんだね」
「うん!」
 それだけはなゆみも自慢できるくらいはっきりと言い切れた。
 聡子は明るく自信たっぷりのなゆみの笑顔を見ると、二人がこの先も上手くいくだろうと感じずにはいられなかった。
 幸せのおすそ分けを貰ったように聡子も一緒になって笑顔を返していた。
「ところで、あんた小脇に何抱えてるの?」
「あっ、そうだ、忘れてた。聡子はこの中の絵をどこかで見たことがある?」
 なゆみはどうせ聡子も知らないだろうと、最初から期待なく見せた。
 聡子も、その絵が上手いと言いつつ、何も知らなさそうだった。
 だが最後のマリアのスケッチを見たとき、聡子が反応した。
「あ、これ」
「えっ、聡子、その人知ってるの?」
「ううん、知らない」
 なゆみはなんかのコントかというくらいずっこけた。
「もう、紛らわしいこと言わないでよ」
「この人は知らないけど、このネックレスは知ってる」
 マリアの首に小さなチャームが付いたネックレスが描かれていることに、なゆみもそのとき気がついた。
「これと同じようなものを売ってる店見たことある。これ確か手作りで、そこの店でしか置いてないものだったと思う」
「えっ、それ、どこの店?」
 なゆみの目が光り、新たな手掛かりの発見にドキドキと胸が高鳴った。
 聡子からネックレスの売っている場所を聞き、なゆみは興奮さめやらぬまま聡子を置いてバスルームを飛び出し氷室のところに一目散に戻った。
 しかし、そこには氷室の姿がなかった。
「あれっ? 氷室さん、どこに行ったの」
 なゆみは周りを見渡しながら、慌てて氷室を探した。

 広い家でありながら、人が集まりすぎてごちゃごちゃと身動きが取りにくい。
 居間には裏庭に続くスライド式の大きな窓があり、そこを覗くと薄っすらとオレンジ色の光に照らされてプールとジャクージが見え、そこも人だかりになって いた。
 その奥は芝生が広がり、黒い人影が見え、そのシルエットがなんとなく氷室に見えたので、なゆみは窓を開けてそこへ向かう。
 近づけば、氷室だということがはっきりと分かるが、その隣にいつか見た白人の女性が一緒に居ることに驚いてしまった。
「氷室さん!」
 なゆみが声を掛けると、氷室はほっとしたように笑みを浮かべたが、ベスはいつぞやの小娘の存在が気に入らないと顔を歪ませた。
 そこには憎悪というものが含まれ、この女の本性が一気に表に出て怪物化と変身するようだった。
 そして氷室に近づき、当てつけのようになゆみの前で氷室に吸い付くようなキスをした。
「ああ……」
 なゆみはショックで声を失い、氷室は突然のことにたじろいで、それでもすぐに拒絶して何度も手で唇を拭った。
「(何すんだよ!)」
 氷室は怒りを露にするが、ベスは悪びれもせず、すましている。
 なゆみははっとすると体を震わして、ツカツカツカと足を硬直させてベスの前に近づいた。
 ベスは上から目線で見下してなゆみを挑発する。
「なゆみ、もうそいつに関わるな。手を出したら訴えられるぞ。ここは訴訟王国アメリカだ」
 氷室が何か大事にならないかとはらはらしだす。
 しかし、なゆみは肩の力を抜きベスを見据えてにこっとわざと勝利に満ちたような笑顔を返した。
「Watch me(私を見てて)」
 そしてなゆみは氷室に近づき背伸びをすると、氷室の首に手を回してキスをした。
 氷室は突然の機転に驚きつつも、なゆみのキスにしっかり応え、二人は映画シーンのように甘い恋人達の姿をベスに見せ付ける。
 二人はベスなど見えないと、お互いの顔を見つつ、うっとりとしだした。
 ベスは呆れた顔を見せ、悔しいながらも「ふん」と鼻で一息ついてどこかへ去ってしまった。
 去っていくベスを二人は見送り、これで一安心とばかりに顔を見合わせて息をついた。
「お前、やるな」
 氷室はなゆみの額を愛情込めてこついた。
「氷室さんも、気をつけて下さいね。変な女に襲われないで下さい」
「ああ、あれはちょっと怖かった。どんなに振り払ってもしつこくついてきたんだ。俺、外国人は嫌だ」
「氷室さんの怖い物リストにまた加わりましたね。カモメ、外国人女」
「ああ、そうだな」
 氷室もなゆみもここは笑わずにはいられなかった。その方が嫌なことも吹き飛んですぐに忘れるような気がしていた。
 そして突然なゆみは思い出したように声を上げる。
「あっ、そうだ! 氷室さん、新たな手掛かりです。マリアの情報が得られるかもしれません」
 なゆみは聡子に聞いた情報を伝え、氷室も予期せぬ展開に驚いていた。
「善は急げだ。今からその店に行こう」
 なゆみたちは聡子に教えられた店へと車で向かう。
 そこはボートが停泊しているポートに近く、小さな土産物屋の店がいくつも固まったかわいらしいショッピングモールだった。
 所々に植えられた木々には電球が飾られ、来月のクリスマスを迎えるための準備がされているようだった。
 金曜日の夜ということもあって、まだ店は開いており、観光客や恋人達が、お洒落にライトアップされた光を受けて買い物を楽しんでいた。
「あっ、氷室さんこの店ですよ」
 ショーウィンドウには天然の石やビーズを使った手作りのアクセサリーが並び、その中にマリアが付けていたものと良く似たデザインのネックレスもあった。
「クラフトショップみたいなまさに手作りアクセサリーだな」
「でもかわいいですよ。スケッチブックに描かれたマリアもこんなのつけてたけど、いろんなエンジェルが一杯いますね」
「とにかく中へ入ろう」
 氷室がドアを引くと、カランコロンとベルがなり、奥から男性店員が「ハロー」と声を掛けた。
「(何か特別にお探しなものがありますか)」
 レジがあるカウンターでアクセサリーを作りながら、その男性店員は人懐っこい笑顔を向けて、気軽に声を掛けてくる。
「(あの、ちょっと聞きたいんですが、この人この店に来ませんでしたか?)」
 なゆみがスケッチブックを見せると、目が見開き何か知ってる様子だった。
「(この方を知ってるんですか?)」
「(いや、知らない……)」
 なゆみはまた肩透かしを食らって、がくっと来る。しかし店員はその後を続けた。
「(でもこのネックレスは知ってる。私が作った。それにこのスケッチブックは確かジェイクのものだと思うんだけど、なんで君達が持ってるんだ い?)」
 なゆみと氷室は宝くじのジャックポットを当てたように喜んだ。なゆみは興奮して更に質問する。
「(ジェイクを知ってるんですか? 彼は今どこにいるんですか?)」
「(私のルームメイトだけど? 彼がどうしたんだい?)」
 二人はこれほどの結末はないと思わず抱き合ってしまった。
 なゆみは店員に事の発端を説明する。店員は納得したように何度も頷いた。
「(そうか、それでジェイクの奴、落ち込んでいたのか。どうもおかしいと思ったんだ。あいつに彼女が居たこともびっくりだけど、なんで私に相談しなかった んだ。実はこのエンジェルのネックレスは彼がデザインしたんだ。それを私が参考にして作ったんだけど、その第一号が、この女性が身に着けてる物なんだ。大 切な人にあげたいって言ったから、デザインのお礼にとあいつにあげたんだけど、こんなかわいい子にやってたなんて)」
 店員は自分の住所を紙に書き、すぐにでもスケッチブックを届けてやってくれと二人にそれを渡した。
「(ジェイクに彼女を追いかけろって言ってやってくれ。君達からの方が私が言うよりもきっと効果があるよ)」
「(はい、ありがとうございます)」
 なゆみは氷室の手を握って、待ちきれないとばかりに店を飛び出した。
「氷室さん、やりましたね」
「ああ、とうとう見つけたな。早く行こう」
 二人は胸の高鳴りを同時にシンクロナイズさせながら、ハッピーエンドを期待してジェイクの元に向かった。
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