おまけの話 (ディズニーランド編)
<はじめに>
第二章の6話の中で二人がディズニーランドに行ったときのシーンです。
続編の中では必要ないと思ったので、おまけとして書いてみました。
最終話でなぜ氷室のスーツケースにミッキーの耳の帽子が入っていたのかがこれで分かってもらえると思います。
二人の絡みをもう一度お楽しみ下さい。
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「おっ、ここがそうか」
氷室の目が見開いた。
吸い込まれるように夢への入り口に向かってる沢山の人々に少し圧倒されている。
なゆみは何回か来ている様子で慣れていると言わんばかりに氷室を一瞥するとくすっと笑った。
「氷室さん、どっち行きます?」
「ディズニーランドが二つ向かい合ってるなんて知らなかった。どっち行くって、どっちがディズニーランドだ?」
「どっちもそうなんですけど、古くからあるのがこっちで、カリフォルニアがテーマになってるのがあっちです」
なゆみは左右の手を使い両方にそれぞれ指をさす。
「一日で全部回れないな。とりあえずは元からある方にしょう。あっちはまた今度だ」
「氷室さんはディズニーランド初めてですか?」
「ああ、東京のすら行った事ない」
「それじゃ、私の方が詳しいですね。フフフフ、今日は私に従ってもらいますよ」
「なんだよ、その笑いは」
なゆみは氷室の手を引っ張って列を作ってるゲートへと向かった。
園内に足を踏み入れたとき、草花で作ったミッキーに出迎えられる。それを見ながら汽車が停まっている駅の下をくぐれば、絵本の中のような風景が目の中に
飛び込
んだ。さらにその先に
見るお城に氷室は素直に感動していた。
「ほー」
立ち止まって味わってみている氷室がもどかしいと、なゆみは遠慮なく氷室を引っ張る。
「お前、ちょっと落ち着け。あっ、あそこにミッキーがいるぞ」
「いいんです、あそこ混み合ってるでしょ。後でちゃんと会えて写真撮れる場所があるんです。それより早く行きましょ」
なゆみは氷室の手を取り急がす。
体の大きな氷室だが、なゆみが引っ張るとそれに従うように前につんのめった。
園内はカラフルで全ての形も遊び心一杯に作られている。
そこを色違いの同じ服を着たなゆみと氷室が歩く。
なゆみはそれだけで楽しくて仕方がない。
そしてここは自分が仕切って氷室を楽しますんだと益々張り切っている。
氷室もなゆみに手を引かれ、周りを見ながら子供に戻ったように心躍っていた。
「へぇ、すごいな。ここを歩いているだけでうきうきしてくるよ」
「氷室さん、まずはあそこ行きましょう」
なゆみはインディ・ジョーンズ・アドベンチャーに誘う。
氷室は訳が分からず、ただなゆみに引っ張られてついていくしか道はなかった。
「やっぱり今日は混んでますね。ファストパス手に入れて後で戻ってきましょう」
なゆみはチケットを機械に通していた。
「お前、何やってんだ?」
「こうやってパスを手に入れて、ここに書かれている時間内にまた戻ってくると、待ち時間が短縮されて早く乗れるんですよ。その間に他のところ回れるんで
す」
「お前、すごいな」
氷室も見よう見真似でチケットを機械に通す。
「もう常識ですから。とにかく私に任して下さい」
完全に仕切るなゆみに氷室は圧倒される。
目の前のジャングルクルーズが比較的空いていた。
「氷室さんは初心者ですから、まずはこれから行きましょう」
言われるままに氷室は「はい」と言うことを聞く。
いつもと立場が逆転しているというように、氷室の調子が狂っていた。
ボートに乗り込み氷室はなゆみの体に手を回してぴったりと寄り添う。
ボートが揺られながら動き出し、目の前に作り物の動物が現れ、スタッフの演出が楽しさを引き出す。
氷室は子供だましだと思いながらも、その雰囲気にすっかり飲まれなゆみに笑みを向ける。
現実の夢の国は氷室のような男でも充分に楽しいと思えるものだった。
その楽しさに浸っていると、もたもたするなと渇を入れられるようにまたなゆみに手を引っ張られ次の所に連れて行かれる。
「次、行きますよ、次。氷室さん、動き遅いですよ」
「おい、なゆみ」
氷室は完全にお手上げだった。
次はカリブの海賊に来ていた。
列に並べば、程よく進む。そして建物の中に入ったとき、ひんやりとした空気と一緒に水の匂いを感じた。薄暗い中、洞窟のような怪しげな雰囲気を感じなが
ら、氷室はそっとなゆみの腰に手を回す。
何も知らない中で暗闇にいると不穏な雰囲気に包まれる錯覚に陥り、そういう演出ならばとそれにのせられたように氷室は何が起こっても大丈夫だからと、少
し気取ってな
ゆみに笑顔を向けた。
ここでなゆみは自分に持たれかけてこの夢の国で甘い一時を楽しむはずだと氷室は期待する。
だがそんな氷室の気持ちも知らずに、なゆみは地図を広げて真剣な表情でどこを回るか計画を立てていた。
夢の国なのに自分の演出が通じないと、氷室は無言になっていた。
そしてそれが終わるとホーンテッドマンションへ行く。
「お化け屋敷ですけど、あまり怖くありませんから」
「あっ、そうか……」
このときも物足りなく感じてしまった。
怖くなくてもここではそれなりにこの雰囲気にのせられて甘える状況ではないのだろうかと、氷室は寂しくなゆみを見つめる。
なゆみもこういう世界は好きなのは理解していたが、妙に落ち着いてない。
次から次へと焦るように行動して、氷室が置き去りにされてるようだった。
氷室はそれでもなんとかなゆみに合わせていた。
そしてまたインディ・ジョーンズ・アドベンチャーにパスを持って戻り、なゆみは障害がない空いた通路をスタスタスタと氷室の手を取って先頭を歩いて行
く。
「おい、なゆみ」
「氷室さん、ここ面白いですからね」
お薦めとばかりに力を入れて伝える。
氷室はなゆみの迫力に負けてもう何も言えなかった。
確かにライドは面白かった。これは氷室も興奮して何度も「おお」と声を上げながら最後まで楽しんだ。
「さあ、次行きますよ。またあっち向いて戻りますけど、スプラッシュマウンテン行きましょう」
なゆみはこの調子で氷室を引っ張りまくってしまった。
ある程度のアトラクションに乗っても、なゆみはまだ突っ走っている。
「ちょっと待てよ。いい加減にしろ。お前それで楽しいか? 周りの景色も見ろよ」
「えっ?」
「他にも面白いものが一杯あるのに、それらを無視して必死に乗り物を乗ろうとして動き回ってるだけじゃないか」
「だって、少しでも多く氷室さんに乗って欲しい」
「俺のためにやってくれてるのは有難いが、俺はお前とここで楽しい思い出作りたい。お前が引っ張るからなんかもう疲れてしまった」
「えっ、もう疲れたんですか。やっぱり年ですか」
「おいっ! 何を言ってくれるんだ。そりゃ年はお前より食ってるけど、まだ大丈夫だ。わかったよ。そこまでいうのなら、来い!」
今度は氷室がムキになってしまった。
なゆみの手を繋いで引っ張る。
「ほーら、もたもたするな」
「ひ、氷室さん」
「ここで大いに遊んでも、疲れたなんて絶対言うなよ。今夜はもっとすごいアトラクションが最後に待ってること覚えておけよ」
「えっ?」
氷室は年だと言われて少し立腹していた。
ただでさえなゆみと一回り違うということを気にしているのに、二十歳の彼女の相手ができないようでは男が廃るとばかりに必死になる。
そして自分がタフであることを証明したいと変なプライドを持ってしまった。
さらに今夜のことを考えると絶対に失敗するかと急に意気込んでしまう。
二人は可能な限りアトラクションを回る。
ミッキーやミニー、その他のキャラクター達とも会え、ショッピングも楽しんだ。
ディズニーグッズが沢山あるお店の中でなゆみは氷室に甘えた声で一つお願いしてみる。
「氷室さん、お願い。これ……」
氷室はなゆみの持ってきたものを見て顔を引き攣らせた。
「ダメだ! 絶対いらない」
「えー、ダメ? そこをなんとか」
「お前、こんなことで俺に甘えるな。俺はそういうの嫌いだ」
「でも折角ここに来たんだから、思い出に……」
「嫌だと言ったらいやだ。なんで俺がミッキーの耳つけて歩かねばならん」
なゆみはミッキーマウスの耳がついた帽子を手に持っていた。
「私がミニーになって氷室さんにミッキーになって欲しかったのにな。試すだけでもダメ? どんな風になるか見てみたい」
「ダメだ、俺はそういうキャラじゃない」
なゆみががっかりして、ミッキーの帽子を元のところに戻しに行く。
ハッピーな場所であるべきところで、寂しげにするなゆみの姿に氷室は罪悪感を感じた。
「おい、一回だけなら試してもいいぞ」
コホンと喉を鳴らしながら、言いにくそうに氷室の口の先が尖がる。
「えっ、ほんと?」
なゆみはぱっと明るくなって、氷室に駆け寄ると、ミッキーの帽子を氷室の頭に乗せた。
氷室は仕方がないなとむっつりしているが、頭に帽子をのせられると恥ずかしさで斜め上に目線が向く。
「キャー、氷室さん、かわいい」
「アホか」
「氷室さん、こっちに鏡あるから、見て見て」
嫌々ながらもなゆみに連れて来られると鏡を見ない訳にはいかない。
覗き込めば、目の前の自分の姿に暫し無言。
しかし隣で嬉しそうにしているなゆみを見ていると氷室も口元がむずむずと笑い出す。こういうささやかなことが幸せだとつい感
じていた。
「お前と付き合うってこういうことなんだな」
「あっ、それって私ってやっぱりガキってことですね」
なゆみは勘違いして急にしょぼんとすると、氷室の頭から帽子を剥ぎ取った。
「おい、そういう意味じゃないって。分かったよ。それ買えばいいんだろ。お前のミニーの帽子も一緒に買ってやるよ」
「えっ」
氷室は二つの帽子を持ってレジに行く。
「あっ、氷室さん」
その後は二人でその帽子を被りながらディズニーランドを回る。
言いだしっぺは自分なのに、ミッキーの耳をつけて普通にしている氷室の顔がおかしく、なゆみは氷室を見る度、笑いがこみ上げてそれを堪えるのに苦労して
いた。
そんな氷室の自分を楽しまそうと努力してくれる姿に益々夢中になっていくのだった。
そして主な人気のアトラクションは大体乗れた頃だった。
そろそろ帰る時間も迫ってくる。
「氷室さん、スターツアーズ面白かったでしょ」
「ああ、宇宙疑似体験って感じだった」
「それじゃ次、スペースマウンテン行きましょう」
氷室は時計を見つめる。
「それが本日の最後の乗り物になるな」
「あれ? 今日はそれで終わりのつもりですか。さっきもっとすごいアトラクションが最後に待ってるとかいってませんでした?」
「おいっ、お前の口からいうな」
なゆみもすっかり免疫がついて、氷室とそういう話題をオープンに話せるようになっていた。
二人は固く手を繋ぎ、スペースマウンテンの列に加わった。
暗闇の中を猛スピードで下っていくのはスリリングだった。
だが予想もつかないことが起こった。
加速がついて重力が強く体にのしかかり、無意識に体制を整えようと力を入れたとき、曲がりくねったところで運悪く氷室は腰に負担が掛かって鈍い痛みを感
じてしまっ
た。
降りたとき、腰の調子がおかしく感じながらもすぐに元に戻ると氷室は軽く考えていた。
腰に手を当てひねって調子を整えようとする。
「氷室さん、どうしたんですか?」
「いや、ちょっとストレッチ」
「それじゃそろそろ帰りましょうか。氷室さん疲れたでしょう」
「いや、疲れてなどおらん! とにかく帰るぞ。最後のアトラクションが待っている」
『疲れる』はこの日の氷室のNGワードだった。
なゆみは氷室の手を握ってぴたっとくっついた。
まるで自分も今夜のことについて心の準備ができていると知らせているようだった。
なゆみの気持ちは充分伝わっていたが、氷室はそのとき腰を気にしてしまう。
なゆみに知られないように、自分の腰をそっと撫ぜていた。
二人はもう一度お城を振り返る。
辺りはすっかり暗くなり、幻想に照らされたお城の美しさが際立っていた。
二人はお城をバックにミッキーとミニーの耳がついたまま、夢の国の王子様とお姫様のようにキスをして、そしてディズニーランドを後にした。