Temporary Love3

第一章


 「失礼します」という言葉と共にすーっと襖が開くと、配膳係が数名、料理を運んできた。
 まだ落ち着いて座っても居ない状態を見て、何かありそうだと気がついたのかひざまついていたものは少し戸惑っていた。
 スコットは察して自ら席に着くと、なゆみも氷室を引っ張り席に着くよう施す。凌雅はただついていった。
 テーブルの片側には虎二、竜子、そしてなゆみが並んで座り、その向かいにはスコット、氷室、凌雅の順に座った。
 テーブルの真ん中に魚が乗った舟盛りが置かれ、その周りに小さな小鉢がいくつも並べられる。そこに酒も添えられ、綺麗に料理が配膳されるとまた静かに配 膳係は去っていった。
 虎二は氷室をじろっと見ていた。そして喉をコホンとならして話しかける。
「中断されたとはいえ、まだ君の名前を聞いていない。自己紹介はせんのかね」
 意外と手厳しい忠告のように言われ、氷室はこれではいけないと背筋を正した。
「大変失礼いたしました。氷室コトヤと申します。なゆみさんとは真剣にお付き合いさせていただいております。挨拶が遅れまして申し訳ござい ません」
 氷室は頭を深々と下げた。
「お父さん、何もそんなきつい言い方しなくても。ただでさえ氷室さんお父さんを目の前に緊張してるんだから」
 なゆみのそんな言葉も無視して虎二は氷室をじっと見据えた。
「見たところ、なゆみと年が離れてそうだが、いくつだね」
 この質問は氷室には辛かった。心臓の動きが急に激しくなって、息が荒くなる。
「はい、33歳です」
 どうしてもはっきりと言えずに少しトーンダウンしてしまった。
 それが虎二には気に入らなかった。男らしくないと思ってしまう。
「33歳だって。娘と一回りも違うじゃないか」
 やはりそう言われたと、氷室は恐れてたとばかりについ顔を歪ませた。虎二はそれもしっかりと見ていた。
「お父さん、年なんて関係ないの。氷室さんはとても素晴らしい人なの。いつだって困ってるときは助けてくれてとても頼りになる人なの」
 なゆみは手厳しくなる父親に反発する。
「お父さん、まあいいじゃないですか、年は置いといて、この方も中々ハンサムで、お母さん迷っちゃうわ」
「なんで、お母さんが迷うのよ」
 能天気な母親の場違いな台詞になゆみは恥ずかしくなる。
「なゆみは私に似てもてるのね。お母さんもね、若いときは沢山の人から求愛されたのよ。でも間違えてお父さんを選んじゃった。だから慎重になってね」
「何が間違っただと。わしが一番かっこよかったとか言ってた癖に」
 虎二が竜子に食いかかった。
「もう、お父さんもお母さんもやめてよ」
 なゆみは恥ずかしくて卒倒しそうになっていた。
 それでもお構いなしに竜子は自分の思うままを言葉にする。
「私なら3番が好みね」
「3番って何よ」
 なゆみが突っ込む。
「スーさんから1番としたら氷室さんが2番でしょ。この方が3番。だってまだ名前がわからないんですもの」
 竜子は凌雅が気に入っていた。
「失礼しました。氷室コトヤの弟の氷室凌雅と申します」
 凌雅は丁寧に頭を下げ、そして顔を上げると竜子に愛想の笑顔を見せた。
 竜子はアイドルの追っかけをしているかのように単純に喜んでいた。
「虎二さん、ヒムロなんかホットイテまずはなゆみが帰ってきたお祝いしましょう」
 スコットは酒の徳利を掴み、虎二に向けた。
「スーさん、気を遣わないでくれ」
 そういいながらも虎二は内心嬉しそうにそれを受け入れていた。
 氷室はまたスコットにやられたとばかりにそれを不安な目で見つめることしかできなかった。
 見よう見まねで凌雅までもが徳利を掴むと竜子に向けていた。
 竜子は「いやーん」と照れた喜びを向け、素直に凌雅からのお酌を受けていた。
「こういうのいいわね。ホストクラブに来たみたい」
「お母さん。もう黙ってて」
 なゆみは泣きたくなってくる。
 凌雅は部外者なので何も恐れずひたすら笑顔で竜子に合わせていた。
 氷室だけが針の筵の上に座って試練に耐えてる気分だった。 
 その後も温かい料理が運ばれ、氷室は何も手につけず、ただ座っているだけだった。
 スコットは虎二と話が弾み、料亭の料理について真剣に語り合っている。
 竜子はいつの間にかなゆみと席を入れ替わり、凌雅の前に座って話をしていた。
 凌雅も相手が年を取っていようが女性を前にすると扱い方には慣れていて、楽しく会話している。そして料理も遠慮なく食べていた。
 なゆみは落ち込んでいる氷室を見るのが辛く、声すら掛けられない。
 やっと再び会えたというのに、長旅と時差ボケで疲れきってしまい座っているのすら苦痛で、完全な体調で喜べない苦しさが伴った。
 もっと氷室のことを両親に紹介したいのに、こんな状態では何を言ったところで逆効果になるのが目に見えてしまう。
 なゆみもまた我慢していた。
 しかし飛行機の中で一睡もしておらず、それが限界に達してしまう。とうとう眠気には勝てず、首をうな垂れて意識が薄れていってしまった。
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