Temporary Love3

第四章


 マイクを調整するごそごそとした音と共にピーという嫌な音が部屋に響き渡ると、誰もが始まりの合図と感じて静かになり、一斉に司会者に注目が集まっ た。
 同窓会は当時一緒に卒業した全クラスを対象とし、その部屋には卒業生の半数近くと、教師が集まっていた。
 まずは代表者の挨拶が行われ、そしてグラスを持って久し振りの再会に皆乾杯をする。
 その後は立食パーティとなり、飲んで食べてそして思い出を語り合い、皆自由に動き回っていた。
 氷室も次々に声を掛けられ、適当に挨拶を交わして相手をする。
 しかし、あまり会いたくない人物も寄って来た。それは昔、形ばかりに付き合った女性だった。
 何度か一緒に帰り、家に遊びに来た程度のものだったが、すぐに別れたために氷室はあまり彼女と付き合っていた当時のことを覚えてなかった。
 それでも相手は良く覚えているから始末が悪い。
 氷室に振られた後、失恋をかなり引きずって辛かったと今更恨み節のように語ってくる。
 そんな彼女も結婚し子供が居ると言って、最後は結局今は幸せと締めくくった。
 氷室は聞きたくもない話を我慢しながらも、過去の過ちの尻拭いのつもりで愛想良く付き合う。
 そこに未紅が助け舟を出すように話しかけてくれた。
「氷室君、かなりお困りのようね」
 未紅が側に来ると、氷室と一番仲が良かった女性と誰もが知ってるために氷室の周りから女性が引いていく。
 氷室は助かったとばかりにふーと息を吐いた。
「なんか救われたよ。今頃になって過去のこと色々と言われると、背中がむずむずしてくる」
「でもね、私も言いたいわ。当時付き合っていたあなたの彼女達に結構嫌がらせ受けてたのよ」
「ほんとか?」
「私が氷室君と仲が良かったからじゃない? 女性には私嫌われていたわ。男は一杯寄ってきたけどね」
「小山は確かに男友達の方が多かったよな。それに結構もててたじゃないか。今ももてるんじゃないのか」
「そうね、それなりにアプローチはあるわ。でもこれぞといった人がいないわ」
「理想高いんだろうな。そのうちほんとに行き遅れるぞ」
「なによ、ちょっと彼女居るからって調子に乗って。だけどその彼女とちゃんと上手く行ってるの?」
「まあなんとかな。あとは早く結婚したいんだけど、なぜかその話になるとはぐらかされてしまう」
「へぇー、氷室君、その女性に振り回されてるみたいね。信じられない」
 氷室は恥ずかしいと思いながらも、惚れ込んでるので仕方ないんだと照れたように笑っている。
 未紅はまたそんな顔を見せられうんざりすると、手に持っていたビールが入ったグラスを荒々しく口に近づけて一気飲みしてしまった。
「まだ飲み足らないわ」
 未紅はまたお代わりを求めて行ってしまった。
 未紅が行ってしまうと、またどこからともなく女性がやってきて氷室に話しかけてきた。
「氷室君は相変わらずかっこいいわね。もう結婚してるの?」
 ぶくぶくと太り誰よりも老けてすっかりおばさん色が濃くなってしまったその女性は、遠慮もなく堂々と話してくる。
(こいつ誰だっけ?)
 氷室は不思議に思って適当に返事していたが、全く誰だか思い出せない。
 その女性は年月を重ねて厚かましさも増したのか氷室に色目を使ってアプローチしてくる。
「私もまだ独身なのよ。ねぇ、氷室君、私と付き合ってよ」
「えっ!?」
「昔は誰とでも付き合ってじゃない。一度でいいから氷室君と付き合いたかったの。でもあの時はどんなに好きでも近づけなかった」
「はっ? お、俺、遠慮する。彼女いるし」
「えー! 彼女いるの? じゃあ、今日一夜限りでいいわ。大人同士のアバンチュール、後腐れなく一緒に夜を過ごしましょ」
「ちょっと待ってくれ、あんた誰?」
「えっ、私のこと覚えてないの? 仕方ないわね、あの時と比べたら私太って老けちゃって別人になっちゃったもんね。古典を教えていた玉置よ」
「ええ、玉置先生!?」
「氷室君もすっかり大人になったし、もう先生だからとか関係ないでしょ」
 うっふんと、色気を出した声を発し、ウインクされて氷室は寒気を感じてたじろいだ。
 徐々に後ずさりながら、最後には適当に理由をつけて逃げてしまった。
 そして純貴を見つけてその影に必死に隠れる。
「どうしたんだ、コトヤン?」
「お、俺、今、玉置先生から誘われた」
「はっ?」
 氷室が説明すると純貴は思いっきり笑った。
「ほら、良く見てみろよ、お前からかわれたんだよ」
 純貴が指差すと、玉置先生の周りに女性達が集まり思いっきり笑っていた。
 その中に昔付き合っていた女性も混ざっている。
 氷室は唖然と口を開けて立っていた。
「玉置先生は結婚してるし、子供も大きいぜ。コトヤン、かつての付き合った女性達から復讐されたんだよ」
「何だよ、それ。俺、そんなに悪いことしたのか? あいつらが付き合って欲しいって言って来たから、ただ付き合っただけじゃないか」
「さあね。本人達にはそれぞれの思いがあるんだろ」
「くそっ、あいつら」
「でもいいじゃないか。包丁で刺される復讐よりは」
「お、おいっ、怖いこというなよ。俺そこまで恨み買うような付き合い方してないぞ」
「わかんないぞ。コトヤンはもててたからな。今でも拘って根強く思いを募らせている女はいるんじゃないのか」
 氷室は自分のしてきたことをこの時酷く後悔していた。
 そこへ玉置先生がやってきた。
「氷室君、さっきはごめんね。皆に頼まれて一芝居打っちゃった。でも氷室君さえよかったら、私いつでも相手するわよ」
「もうやめて下さい、先生。懲りました」
「それじゃ、みんなで一緒に写真撮りましょ。ほら、あそこで女の子達待ってるわよ」
 氷室は仕方がないと、女子達が固まってるところに行き、そして罪滅ぼしに写真を一緒に撮った。
 このときばかりは、皆調子に乗って、氷室と腕を組んだり、べたべた触ったりしている。
 過去にモテた男は、同窓会でも同じような扱いを受けていた。
 しかし、皆口々に出てくる言葉があった。
「氷室君、なんか変わった」
 角が取れて丸くなり、優しくなった部分を指摘される。
 氷室も言ってやりたかった。
(お前ら、厚かましくなりやがって)
 されるがままに大人しく氷室は耐えていたが、アマゾン川にはまり込んでピラニアに襲われているような気分だった。
 未紅はその様子を遠くで一人見ていた。
 同窓会はそれなりに、懐かしい思いが蘇って楽しさが漂い、皆思い思いの時を過ごしていた。
 氷室は来てよかったのか、悪かったのかわからないまま、声を掛けられれば適当に相手してやり過ごす。
 懐かしい仲間を見て呼び覚まされる当時の思い出。そこに以前の自分の姿も必然と蘇る。面と向かって過去の自分と向き合うのは、荒れていただけにやはりど こか苦しい部分があった。
 過去に付き合った女性達が自分に復讐を試みたのも、忘れることのできなかった思い出に決着をつけたかったことなのだろう。
 それぞれには懐かしいだけでは済まされない過去もあるということだった。
 そしてもう一人、同じ思いで苦しんでいた者がいた。

 そろそろ同窓会もお開きと言うとき、未紅がまた絡んできた。
「氷室君、久し振りに会ったんだから私と他のところで飲んでいかない?」
「あっ、それ賛成! 行こう行こう」
 どこからともなく純貴もそれを聞いて割り込んでくる。
「谷口君もか。仕方ないわね。私は氷室君と二人がよかったんだけど」
「いいじゃん。俺のおごりだって言ったらどうする?」
「あっ、それグッドアイデア」
 未紅もあっさりとのりだした。
「俺は遠慮するよ」
 氷室は断る。
「それはダメよ。谷口君と二人っきりなんて危ないじゃない」
「そうだよ。俺、手だしちゃうかも」
「純貴、お前が言ってどうすんだ」
「久し振りなんだから、コトヤン行こう。どうせ明日休みだろ」
 氷室は明日のために体調を整えて起きたかった。
 ただでさえそれを意識するとタイミングが悪く、ことごとく何かに邪魔されてきただけにこの日は早く寝たかった。
「どうしたの氷室君、なんか用事でもあるの? それとも私に付き合うのが嫌なの?」
 どこか威圧感を感じさせる未紅の言い方。
 そこには過ちを犯した過去の責任を問われている気分にさせられた。
 氷室は断りきれずに、承諾してしまう。
 誘いを受けてしまったが、これが何かを引き起こす種になりそうなくらいなことは承知だった。
 しかし氷室も逃げてはいられないと、向き合う姿勢を投げかけた。
 未紅は薄っすらと笑みを浮かべ、氷室の目をしっかりと見つめた。
 氷室も同じように見つめ返したので、そこにお互い同じ過去の記憶を思い出しているのを感じ取っていた。
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