Temporary Love3

第六章


 年の瀬の12月に入ってから一つの大きな山を越えたように、どこかばたばたといろんなことが終結していくような感覚に囚われた。
 スコットもまた祖国へと帰っていくことで、ここまで色々なことがあったとなゆみも氷室も自分達の恋の過程を振り返ってしまう。
 なゆみと氷室が結ばれた後のすぐの週末、二人は空港にスコットを見送りに来ていた。
 スコットが来て欲しいと言ったわけでもないが、お別れの日はきっちりと挨拶をしなければ二人は気がすまなかった。
「ヒムロ、見せつけるために来たんだろ」
 スコットがにたっと白い歯を見せて笑っていた。
「ああそうだ」
 氷室も素直に返事していた。
 その側でなゆみは二人のやりとりを楽しげに見ていた。過去に張り合っていたときのことが嘘のように思えてしまう。
 スコットは腕時計を確認し、そろそろ時間だと出国審査に向かおうとすると、なゆみと氷室を涼しげなブルーの瞳で優しく見つめた。
 なゆみが自らスコットに近づき、ぎゅっとハグをすると、色んな思いを込めてスコットもなゆみを愛しく抱きしめた。
 そのときばかりは氷室も隣で微笑んで見ていた。
「ナユミ、カリフォルニア来たら、ゼッタイ、会いにきて。いつでもウエルカム」
「うん」
 次にスコットは氷室に握手を求める。
「ヒムロ、ナユミを大切に」
「そんなこと言われなくてもわかってるよ」
 氷室はあるだけの力を込めてスコットの手を握った。
 スコットはやられたと痛そうな顔をしたが、対抗することもなくそれを受け入れ笑っていた。
 床に置いていたバッグを掴み、パスポートとチケットを握り締めて出国審査へと進む。
 最後に振り向いて「トモダチ!」と叫んで手を振ると、スコットは二人の前から見えなくなった。
 スコットが行ってしまった事で彼と係わった全てのことが清算された気分だった。
 酷いことを散々されたというのに、最後でスコットと心通い合ったことで、いい奴だったと思わずにはいられなくなるのがなんだか氷室は悔しかった。
「あいつ、犯罪になるようなことをしでかして、悪どく俺の邪魔ばっかりしてたくせに、あの爽やかな態度はなんなんだよ」
「ほんとにいろんな意味を込めてすごい人でした。あの人、やっぱり大物の素質を持った人なんでしょうね。この先何をやらかしてくれるんでしょう。なんか楽 しみですよね」
「知り合ってよかったのか、悪かったのか、今となってはわからないよ」
 氷室はなゆみの手を取りぎゅっと握った。
「知り合ってよかったんですよ。お陰で私たちの絆も深まりました」
「結果を見ればそうかもしれないが、もし俺達が今こうしてなかったらそんなこと言えないぞ」
「だけど実際いい結果になったからいいじゃないですか。もう過去のことは深く考えないようにしましょう。私たちの大切なことはこれからです」
「そうだな」
 二人は一層固く手を握り合って寄り添い、ほっとしたような寂しいような気持ちを抱きながら空港を後にした。
 その後は氷室のマンションに戻り、なゆみは早い夕食の用意をしようと思っていた。
 小さなキッチンでも美味しいものが作れるようにと色々考えていたのに、 キッチンに立とうとするなゆみに氷室は突然甘えてきた。まとわりついて、ところ構わずキスをしてくる。
「やだ、氷室さん、くすぐったいです。ちょっとどこ触ってるんですか」
「ほら、大人しく観念しろ」
「えっ?」
 あっという間に氷室に抱きかかえられてベッドに連れて行かれ、氷室が本気になってることに気づくとなゆみは抵抗できなくなっていた。
 氷室とようやく結ばれて、なゆみは義務を果たしたようなひとまず安心感を得たのも束の間、一度寝てしまうと氷室は歯止めがつかないように求めてきた。
 長いこと待たせたのは、タイミングが合わなかったことと遠距離で会えなかったことが原因だったが、一線を越えてしまった後は、氷室の思いに応えるしかな い。
 氷室のことは愛しているし、愛されているのも嬉しい。
 だが、何よりも痛い。それが苦痛で恐怖だったりする。
 最初は勢いと、この上ないお互いの愛情を確かめ合うことでなゆみも我慢できたが、一度あの痛さを知ってしまうと、怖じ気が生じる。
 しかし、氷室の気遣いもよくわかり、痛みが伴うのも充分承知している上で、それを軽減するために努力をしてくれているのもなんとなくわかる。
 だからこそ正直に言えないのはなゆみの我慢するといういつものパターン。
 なゆみは氷室のキスを受けてしまったが、そこからずるずると先へと進んでいく流れを変えようと一応試みる。
「氷室さん、あの、夕食は……」
 しかしあっさりと「お前だ」などと言われるとなゆみは「あちゃー」と雰囲気作りに貢献してしまったと心で嘆いてしまっ た。
 そして結局最後まで行くことになったのだが、やはり二度目も痛い。
 必死に耐えて、氷室を受け入れた後はその次がすでに怖くなっていた。

 それからというもの、師走を良いことに仕事が忙しくて会えないと言ってしまう。
 クリスマスというイベントを控えこれから恋人達が酔いしれるような時期に、会わないとなると氷室はさすがに不思議がる。
 ある日仕事から帰宅した氷室は、中々なゆみに会えず不満を感じ、勢いで電話を掛けて疑問をぶつけた。
「なゆみ、最近俺を避けてないか?」
「えっ、そんなことある訳ないでしょ」
「でも、クリスマスも近いのに、なんのプランも立てようとしないし」
「えっ、氷室さん、クリスチャンなんですか?」
「別に宗教は信仰してないけど、やっぱり女性はこういうイベント気になるもんじゃないのか?」
「私は宗教に懲りてますので、クリスマスとかあまり気にしません」
「そういう問題じゃないだろう。やっぱりおかしいぞ。俺のこと嫌いになったのか?」
「違います。大好きです」
「じゃあ、なぜ俺を避ける」
「避けてません!」
「いや、避けてる。嘘つくな!」
 こうなると言い争いになりそうで、なゆみは正直に話した。
「だって、その、怖いんです」
「怖い? 何が?」
「だから、アレです。痛いんです」
「なゆみ…… それが原因なのか。なんでちゃんと言わないんだ。お前を苦しめてまですることじゃないだろうが」
「だって、氷室さんも充分気遣ってくれてるし、そのあの……」
「もうわかったから。俺も悪かった。お前がいつも我慢してしまうことつい忘れていた。すまなかった」
「私もごめんなさい」
 二人は理解し合い、これからは無理をしないことで解決したようにみえたが、問題はまたそこから新たに始まった。

 クリスマスはデートして食事をしただけだったが、そのデートの最中、なゆみの顔に時々陰りが見えた。
 寒さで息が白くなる中、街のイルミネーションを背景に二人は手を取り合って歩いているとき、氷室が気遣って声を掛ける。
「なゆみ、今日は別にホテル行こうとか言わないから安心しろ」
「違うんです。氷室さん、二回ともちゃんとアレ使いましたよね」
「アレってアレか?」
「はい、そうです。以前凌ちゃんがくれたもの」
「うん、もちろん」
「それが、遅れてるんです」
「えっ?」
「もしかしたら、妊娠しちゃったかも」
「ええーー」
 氷室はびっくりしたが、落ち着きを払って対処する。
「避妊具使っても100%安全ではないからな。でも、俺達婚約してるし、ちょっと順番が違うけど、別にいいんじゃないか? 俺も子供は早く欲し い」
「氷室さん、でも私、まだ心の準備が」
 氷室はなゆみをしっかりと抱きしめた。
「だけど、まだそうと決まった訳じゃないだろ。ちゃんと避妊したんだからただ遅れてるってこともありうる。でももし妊娠してても、俺は嬉しいということだ けは忘 れるな」
 なゆみはその言葉でうるっときていた。
 息が白くなる冷え込んだ夜、なゆみは氷室の腕に抱かれて氷室の愛を感じていた。
「そろそろ、なゆみの両親に正式に挨拶しにいかないといけないな」
「そしたら今、チャンスですよ。父の機嫌ものすごくいいですから」
「何かいいことでもあったのか?」
「はい、検査の結果、異常が全くないと出て、健康そのものといわれたんです」
「それはよかった」
「直接父は私には何もいいませんでしたけど、かなり最悪の状況を想像していて、覚悟してたみたいです。自分で想像して勝手に体の調子悪くしてたそうです」
「まさに、病は気からってところだな」
 なゆみは自分のお腹を擦っていた。一体自分はどっちなんだろうか。
 氷室を見つめると優しく笑う笑顔がそこにある。
 それは安らぎを注いでくれ、妊娠していてもなんとかなるとその時なゆみも思いっきり笑顔になっていた。
「これからのこと、真剣に考えるときだな」
 それは氷室がどんなときにも頼もしいと思える言葉だった。
 冷え込む中、二人は熱い思いを抱いて見つめ合う。
「氷室さん、メリークリスマス!」
 なゆみは思わず呟いた。
「ん? クリスマスはどうでもよかったんじゃないのか」
「祝えるときは宗教関係なく祝った方がいいような気がして。特にこんな夜は……」
 なゆみは夜空を見上げる。
 聖なるクリスマスの夜、心に幸せという贈り物を届けられたみたいに、またこの日も特別な日に思えた。
「ああ、そうだな。メリークリスマス」
 氷室も呟いて一緒に空を仰いでいた。
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