Temporary Love3

第六章

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 結婚式の当日、披露宴に招待された人たちが沢山集まり、次々と受付でご祝儀を渡し記帳していた。
 名の知れたホテルの会場、部屋も広く見るからにゴージャスな雰囲気が漂うような場所であった。
「急なことだったでしょうに、ゴールデンウィークによく式場が空いてましたね。しかもこんな立派なところで」
「ほんと、とんとん拍子に決まったらしいですよ」
 招待された客達が各々に話している。
「かなりの年の差のカップルらしいですよ」
「一緒に働いているときに知り合ったとか」
「上司と部下だったらしいですね」
 そういう細かいところも言わずにはいられなかった。
 宴会場の準備が整い、案内人の指示で招待客達がぞろぞろと入って席についていく。
 これから始まる披露宴に皆緊張しながらも、期待とお祝いムードで高まっていた。
 司会者が前に出て、マイクの確認をしている。
 招待客が全て席につきタイミングを見計らうと司会者は宴の始まりの挨拶を告げる。
 そして「新郎新婦のご登場です」とクリアーな声で紹介するとライトが一斉に消え、入り口にスポットライトが当たり全ての視線がそこに集中した。
 招待客がその演出にドキドキしながら見守る中、ドアが開く。
 すると「うわぁ」と歓声が漏れ、拍手が響き渡った。
 そこに浮かび上がるように現れた結婚式を挙げたばかりのカップルが、にこやかな笑顔を見せていた。
 恥ずかしさと嬉しさが混ざり合った幸せな姿。
 スポットライトが当たってる光に負けないような輝いた笑顔。
 人生の一番幸せな時期を皆に見守られながら、ウエディングマーチの曲と共に二人はテーブルの間をゆっくりと歩いていく。
 誰もが割れんばかりの拍手で温かく迎える。
「綺麗ね」
「素敵ね」
 そういった声がため息と一緒に漏れていた。
 二人が一番前の祭壇に来ると深々とお辞儀をしていた。
 祝福の拍手が会場一杯に響き、落ち着いたところでまた会場全体のライトがついた。
 これから二人の結婚を祝福する披露宴が始まる。
 色んな演出が盛り込まれ、料理も次々に振舞われて、祝辞も述べられ、新婦のお色直しなどもあり披露宴は進行していく。
 そして招待客の挨拶を兼ね、二人がテーブルにキャンドルライトを灯しに来たとき、なゆみは声を掛けた。
「美衣子さん、おめでとうございます。とてもお綺麗です。鈴木部長も素敵です」
 このときばかりは会社で意地悪をされたことを忘れてなゆみは二人を祝っていた。
 未紅と五島がくっついて、鈴木部長と美衣子が失恋し、そしてその後、美衣子が氷室に執着したが、またここでも蹴りを入れられたようにがっくりと来て、そ し て深く傷を負ったままの二人がお互いを慰めあったことで新たなカップルの誕生となっていた。
 なゆみもまさかこうなるとは思わず、結婚式に同僚のよしみで招待されたときは驚いたものだった。
 鈴木部長にも雇ってもらった恩がある。
 こういうことはめでたいことで断ることも憚って、なゆみは招待客としてこの二人の結婚式に出席していたのだった。
 色々と勉強になると、なゆみは自分の時を想像しながら披露宴を観察していた。
 部長クラスの結婚式となると、呼ばれている人もそれなりの地位の人がおり、披露宴の会場も大きく、そこに一杯の人がぎっしり詰まって費用もかなりかかっ ているのが目に見える。
 食事も豪勢で美味しく、金と地位と権力をもった人の結婚式はすごいものだと圧倒されていた。
 例え、美衣子と鈴木部長の素性を知っていても、こういうおめでたい席で二人が幸せそうにしている姿は見ていて気持ちがよかった。
 氷室との結婚を控えてるだけに、なゆみは自分の時を想像しながらうっとりとして披露宴に参加していた。
 披露宴が終わると、次は二次会もしっかりと誘われてしまい、会社の社員も多数参加すると聞いて断れない空気を感じてしまう。
 二次会はレストランを借り切ったパーティとなり、なゆみは形だけの参加者として目立たずに端に身を置くこととなった。一番端っこのテーブルに飲み物を 持って一人静かに座っていた。
 適当に参加して、途中で帰ろうと思っていたが、そこを出会いの場と思って声を掛けてくる男性がいた。
 同じ会社の人らしく、部署が違うのでなゆみには知らない人のつもりだったが、いきなり馴れ馴れしく語られてしまい身構える。
 なゆみがキョトンとしてると、相手は以前話した事があると言ってくる。
 三十過ぎの年の人だが、氷室よりは老けていて堅物そうで拘りをもったオタクっぽい風貌に見え、あまり女性にもてそうもない印象を抱いてしまう。
 同じ会社ということで、とりあえずは無難に愛想を少しだけ入れて話をする。
 男性は「柴田康孝です」と名を名乗った後、自信たっぷりとなゆみに気に入られるとばかりに自分のことを押 し出した話ばかりしてきたのには閉口だった。
 話が面白ければそれなりに相手もできたのだろうが、これでは一方通行でなゆみは相槌を返すくらいしかできなかった。
(この人、なぜ私のところに来たんだろう?)
 なゆみはその時ふと思い出した。
 過去に柴田という人に仕事で助けてもらったことがある。
 そのときは髭を生やしていた人だったと、思わずはっとして顎に手を置いて髭の意味を知らせていた。
 柴田はそれに反応して頷いた。
「あれから髭を剃ったんだ。髭剃ると別人に見えたかな。それともかっこよくなってたからびっくりしたのかな。アハハハハ」
 受け狙いで言ったのか、本気でそう思っていたのか、一緒に添えたわざとらしい笑い声はさらに寒くなる。髭があってもなくても鬱陶しいにはかわりない。
 なゆみは苦痛で、それを隠すために目の前にあったカクテルをつい飲んでしまった。
 お酒は飲まないようにしていたのに、柴田が側にいるとすることもなくその場つなぎとしてついグラスに手が行く。
 全てを飲み終わった後も、まだこの男は話しかけてくる。しかも気を利かしたつもりか、なゆみにお代わりを勝手にオーダーして、またそれをどうぞと勧めら れた。
 飲まないと思っていても、落ち着かないときはついグラスに手を持っていき、そして嫌々ながらそれを口にあてがって最後は飲んでしまう。
 以前助けて貰ったとはいえ、菓子折りでお礼をしているのでなゆみはそれで割り切りたかった。
 しかし相手はそれで済んでいなかった。
 柴田は永遠と専門的な用語を交えて仕事のことや自分のことばかり話し続ける。
 二次会のパーティは柴田とのデートとなっていた。
 誰かに助けを求めようとキョロキョロしても、柴田に近寄るのがいやなのか誰も寄って来ない。
 仕事はできるかもしれないが、どこか癖があり社員たちは敬遠しているのかもとなゆみは感じていた。
 一度話したら相手のことも考えずに暴走し続けるこの態度では、誰も係わりたくないのも頷ける。
 なゆみ自身もかなりの嫌悪感を抱いていたが、めでたい席では多少の我慢も必要だとその場の雰囲気を壊さないようにとひたすら耐えた。
 グラスをもってちびちび飲み続けているとやっぱり二杯目も全て飲んでしまった。
 自分でも顔が火照って、酔ってきているのがわかる。
 動きが鈍くなり、ふわふわとしてこのままではダメだと、そろそろ帰ろうと席を立とうとするが、待ってましたかのように、柴田がしゃしゃりでて途中まで送 る と申し出てきた。
 嫌悪感をたっぷりと感じ、しつこい男だと困っていると主役の一人の鈴木部長がやってきた。
 助けてもらえると、なゆみは安心してほっとした。
「もしかしたら私の結婚式で一組カップルができるかもしれないな。ハハハハハ」
 こっちもすっかり出来上がっていた。
「ぶ、部長、私、婚約者がいるんですけど」
 なゆみは慌てて弁解するが、鈴木部長はまた大笑いした。
「美衣子から聞いたけど、その彼とはうまくいってないらしいんだってね。別れるのも時間の問題とか言っていつも美衣子のことを羨ましいとか言ってたらしい じゃないか」
「えっ、そんなこと言ってません」
 やはり美衣子はどこか病んでいる。
 その美衣子は素敵なドレスを身に纏い、周りのものに左の薬指を向けているところをみると、指輪を自慢している様子だっ た。勝 ち誇ったその表情は一人で悦に入っている。
 一生に一度のめでたい席なので周りは無理して囃し立てていたが、なゆみはそれを見て引いてしまう。
 彼女は結婚退職したのでこの後は係わらなくて済むのが何よりも救いだった。
 鈴木部長こそそんな人と結婚して大丈夫なのかとなゆみは余計な心配をしてしまった。しかし、卑怯な手を使うところがお似合いのカップルだと思えてくるの で似たもの夫婦なんだろうと言うことにしておいた。
 ここでも波風立てないように、鈴木部長の幸せを最大に無理に願ってあげた。
 鈴木部長は機嫌がいいまま他のテーブルに移っていった。
「それじゃ、私も失礼します」
 どさくさに紛れてなゆみも柴田の前から去ろうとすると、柴田は案の定ついてきた。
 仕事を手伝った時の恩を最大限に利用している。
(また変なものを引き寄せてしまった)
 店の中では遠慮して強く何も言わなかったが、店の外に出るとなゆみはくるっと振り返ってはっきりと言った。
「あの、迷惑なんです。私には婚約者もいますし、柴田さんに付きまとわれると困ります」
 なゆみにしてはこれまでの懲りた経験から学んでとった行動だったが、はっきり言い過ぎたために柴田が嫌な顔をした。
「一体何様だよ。仕事では散々利用し、そして店の中では思わせぶりもしておいて、今更なんだその態度は」
 柴田は逆切れする。思い込みの激しい器の小さい気が短いタイプだった。
「仕事の時は助けていただいて感謝してます。だから菓子折り持って挨拶したじゃないですか。それに私、思わせぶりなんてしてません。おめでたい席だしその 場の雰囲気を壊したくなかったから、我慢してただけです」
 割り切ったなゆみの言い方に、柴田は余計にカチンときてしまった。悔しさからつい腹いせに暴言を吐いてしまう。
「その婚約者と上手くいってないって鈴木部長も言ってたけど、どうせ碌な相手じゃないんだろ」
 柴田は好き放題言ってきた。これはなゆみの逆鱗に触れた。氷室の事を悪く言われるのは我慢がならない。
「あのね、私の婚約者は世界一素敵な人なんです。いつだって私のこと一番に考えてくれて、困ったときは必ず力になって助けてくれる。それにものすごくハン サムなんですから!」
「本人がいない前ではなんとでも言える。どうせブ男で頼りないやつなんだろ。見栄張るなよな」
「なんだって。さっきから黙って聞いていたら、図に乗ってくれるじゃないか。誰がブ男で頼りないんだ?」
 なゆみの後ろから声がする。振り向けばそこに氷室が居た。
「ええ、コトヤ! なんでここにいるの」
 氷室はさっとなゆみの前に立ち、柴田を威嚇する。
「俺の婚約者がいくらかわいいからと言って手出すなよな。しかしさっきから聞いてたら、あんたじゃ女にもてねぇわ。もう少し勉強した方がいいぞ」
 氷室は余裕を見せて笑ってやった。
「コトヤ、行こう」
 なゆみは手を取り、氷室を引っ張っていった。柴田はその場で何も言えずに立ち竦んでいた。
 氷室には充分負けていると理解したようだった。

 日が暮れた後のまだ薄明るい空が残る時間、街の明かりが賑やかになってきたそんな通りを、二人は手を繋いで歩いていた。
「どうして、あんなところに居たんですか?」
 なゆみが不思議がるが、氷室ははっきりと理由を言わない。
「俺はお前が困ってると現れるんだよ」
「ほんとびっくりでした」
 氷室があの場に居た理由は簡単なことだった。
 五島も二次会に参加していて、なゆみの困ってる様子に気がつき、柴田が自分の先輩のために余計な口出しができず、直接自分が助けてやれないからと未紅に 相談の電話を入れ、そこから氷 室に掛かって きただけだった。
「お前、酒飲んだだろ」
「はい、どうしようもなくつい」
「ああいう男がいるから、酒の席では絶対に気をつけろよ」
「でも私戦いましたよ」
「ああ、しっかり言ってたな。少しは成長した。でもあいつは最低だったな」
「だけどコトヤが来てくれてよかった。ありがとう。やっぱりコトヤはすごい」
「何を言ってんだ」
「コトヤ……」
「なんだ」
「……気持ち悪い」
「おいっ、お前、また吐くつもりか?」
 氷室は過去にも同じことがあったと思い出して慌ててしまう。いざというときのために辺りを見回していた。
「へへへ、なんてね。嘘。酔っ払ってちょっと気持ちいいくらいです」
「お前な、いい加減にしろよ。でもほら、ちょうどあそこにアレがあるぞ」
 氷室はなゆみの手を取り、そこへ連れて行こうと足を速めた。
「あそこに行くんですか?」
「ああ、そうだ。救ったお礼をしてもらおうか」
「ちょ、ちょっと待って下さい。そんな無理やりに引っ張らなくても。ひえぇ」
 手に引き出物の袋を持っていたので邪魔で歩きにくい。
 なゆみは困りながらもたどたどしくついていく。
 その時氷室を見れば笑っていた。その笑顔がとても素敵で惚れ惚れする。
 だからなゆみも抵抗する気が失せて氷室に素直についていく。
 何度とすれ違い、タイミングがずれて、事ははすぐ大げさに大問題に繋がっていったが、二人は出会った当初のあのトキメキを忘れずに、そして結婚式を秋に 控えそれを楽しみにして二人の未来像を一緒に思い描く。
 ずっとずっと一緒に居たい。この先どんなことが起ころうとも二人で乗り越えて行く覚悟を持って──。
 きっとまたいろんなことが起こるだろうけど、いろんなことが起こらなければ二人の歩む道じゃない。
 氷室となゆみはやっぱりハッピリーエバーアフター。   
 その手はいつも固く握り合って一緒に進んでいく。
「じゃあ俺、エスプレッソ」
「私はモカにしちゃおうかな」
「お前は酔いを醒ますためにブラックにしておけ」
「それじゃ苦すぎて飲めません」
「まだまだ子供だな」
「もうそれでもいいです。そんな私でもコトヤは好きなんでしょ」
「ああ、大好きだ」
 二人は見つめ合い、笑顔を交わしてコーヒーショップに仲良く入って行った。


Happily ever after  
<The End>

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《あとがき》
最後まで読んで頂きありがとうございました。


もしよろしければ、あともう少しだけお付き合いして頂きたいです。
氷室となゆみのこの後のシーンをおまけとしてかきました。
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それで納得のいく結末になると思います。
最後のサプライズです。

















準備はいいですか。
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最後まで本当にありがとうございました。

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