第六章
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お正月の三が日も過ぎ、なゆみも仕事が始まり、また普通の生活へと戻っていく。
だがこのときもなゆみ自身、妊娠したと決め付けるほど状態は変わらないままだった。
そして今度は氷室の両親に挨拶をしに行くことになった。
氷室は即結婚のことを報告すると、物静かな敦子が取り乱すほど喜び、なゆみに抱きついてきた。
「おめでとう。コトヤさん、なゆみさん。私もとても嬉しいです」
「私もだよ。なゆみさん、ほんとでコトヤでいいのか」
年の差もあり、氷室の傲慢さや我侭なところも知り尽くしているので京は父親として気を遣う。
「もちろんです。彼しか考えられません」
なゆみがきっぱりというと、その場は笑いで和んでいた。
「父さん、凌雅から連絡はあったか?」
ずっと連絡が取れない弟を氷室は心配する。
「いや、出て行ったきり、なんの音沙汰もなしだ。正月には帰ってくると思ったんだけど、一体あいつはどこで何をしているのやら」
「大丈夫ですよ。凌雅を信じてやりましょう。きっと好きなことを自由にやって楽しんでます。あの子なら元気でやってますわ」
敦子は凌雅を信頼し、これでよかったとばかりに母親らしく応援していた。
なゆみと氷室はお互いを見合わせて、この状況が良い方向に進んでいることを感じていた。
「しかし、俺達の結婚式には帰ってきてもらいたいもんだ」
「なんだ、コトヤ、もう結婚式の日取りが決まってるのか?」
「いや、まだだけど、すぐにでも挙式したい。どこでもいいって訳にもいかないから、父さん、コネで安くなって豪華にできるところない?」
「何をそんなに焦ってるんだ? じっくりとそういうことは吟味した方がいいぞ」
「そうよ。なゆみさんだってブライダルの計画は楽しんで考えたいでしょうし」
「私も、できるだけ早い方がいいんです」
なゆみの言葉で京も敦子も結婚式を急ぐ理由を不思議に思い、顔を見合わせる。
暫く静かに間が空いてしまう。
なゆみも氷室もなんとなくそわそわしていた。
京は半信半疑だったが、京自身、氷室を授かったときが結婚前だったのでもしやと勘付き、敦子もすぐにはっとした。
「コトヤ、もしかしたらまさか」
氷室はすぐに答えられずなゆみの顔を見てしまった。
その後でなゆみが下を向いてしまったことであっさりとばれてしまった。
「えっ、なゆみさん、おめでた?」
敦子が目を見開いて驚いたが、すぐに笑顔に変わって歓喜する。
「そうなの、そうだったの」
「コトヤ、そうなのか」
京も確認を取りながらも顔は綻んでいた。
「いや、その、まだはっきりとは」
氷室は父親の手前上、恥ずかしくて口ごもっていた。
「そっか、そうなのか。なるほど。そしたらそれなら早い方がいい。すぐに調べてみよう」
京は急に慌てて、ノートパソコンを引っ張りだして式場を検索し始めた。
「父さん、ちょっと待ってくれ。それにそれくらいなら俺もできるんだけど。その前にやることあるだろうが」
「あっ、そうだ、結納だ」
「それは、特別に考えてない」
「なぜだ、そういうことはきっちりとした方がなゆみさんのご両親もご安心される」
「だから、結納よりもまずは両家の顔合わせだろうが」
「あっ、そっか、それもそうだな。そしたらどこにしよう」
京は突然のことに慌てていた。
「父さん、落ち着いてくれないか。弁護士だろうが。父さんが動揺してどうする」
「弁護士だって自分の息子のこととなると落ち着かないもんだ」
二人は騒がしく暫く思うままに話していた。
敦子はなゆみの側に寄り、優しく労わるように声を掛けた。
「何か食べたいものないかしら。妊娠すると味覚に変化が起こるのよ」
「それはまだないです」
「それじゃ、悪阻で気持ちが悪いとか?」
「それもまだないです。それにあのまだ病院に行ってないのではっきりとはわからなくて」
「早く行った方がいいわ。いい病院紹介しましょうか」
「いえ、あの大丈夫です」
敦子もしつこいほど世話を焼きたがっていた。
なゆみも氷室も顔を見合わせて困惑していた。
それでも二人の気遣いは嬉しくもあり、そして温かく受け入れてくれることに感謝の気持ちを抱いていた。
そして、来るものが来なくなって一ヶ月。
なゆみもこれは確実に妊娠したと思うようになり、妊娠検査薬を購入した。
それを氷室のマンションで試してみる。
「コトヤ!」
バスルームから出るなりなゆみが叫んだ。
「どうした?」
「こ、これ、見て下さい!」
妊娠検査薬を氷室の前に突き出した。