Temporary Love3

第六章


「そろそろ誕生日だな」
 三月に入って春らしくなってきた頃、休日の昼間ベッドの中で氷室はなゆみを腕に包み込み、ところ構わず軽いキスを交えながら話していた。
「あーあどんどん年取って行っちゃう。二十歳過ぎたらほんと早い」
 なゆみはキス攻めにあってくすぐったいとばかりに体をすくめていた。
「おい、その台詞は俺が一番堪えるじゃないか」
「コトヤは年取ってもいいんです。男は年取ってもかっこいいままでいられるじゃないですか。渋さがでてくるとかいって。でも女はそういう訳にはいきませ んからね。私は老けたくないんです」
「大丈夫さ、お前はいつだってかわいいままさ。肌だって、こんなにきめ細やかで白くて綺麗だ。すぐには老けないよ」
 氷室はなゆみの肩や腕を擦る。
「今はまだそうでも、この先わかりませんよ」
「この先どうであれ、その時はその時でいいじゃないか。俺はどんなお前でも愛するから」
 なゆみは氷室の胸の中に顔をうずめた。身も心もとろけるとはこういうことだと、氷室の素肌の温かさに酔いしれる。
「コトヤの腕、筋肉がこんなについてる。胸板だって厚いし、こんなに固い」
 なゆみの言葉に反応して氷室は優しく包み込んで頭を撫ぜて愛おしんだ。
「お前は本当に温かくて柔らかいな。それにとても綺麗な体だよ。胸だって結構あってよかった」
「やだ! コトヤのスケベ」
「今更言われても遅いよ。もう見ちゃったし」
「だから見ても口ではそういう事言わないで」
 面と向かって言われることほど恥ずかしいものはない。その気持ちを耐えようとしてなゆみの体に力が入る。
「おいおい、お前はまだまだだな」
「何がまだまだよ。これでも頑張ってるわよ!」
 顔から火が出る思いでなゆみは口をついて出た。
 そんなことはわかってると氷室は言いたげに言葉で言い表せない気持ちがほとばしる。
 氷室はなゆみを一層くるみ込んでいく。
 またそれがなゆみにはとても心地いい。
「ああ、そうだな。いつも痛い思いさせてすまないな」
「ううん、もうすぐ慣れると思う。だからコトヤが望むのならいつだって」
「おいっ。またぐっと来たじゃないか」
 好きだから二人で抱き合うことが当たり前になる。
 ぽかぽか日差しの午後、外は春うららの陽気が漂ういい天気だが、二人はまだベッドの中から抜け出せそうになかった。
 
 春の色はどんどん濃くなり、桜もこれから咲こうとしている。
 時は経っていく中、両家の顔合わせが済んだら、すぐに具体的に結婚式はどこであげるかという話も決まるかと思っていた二人だったが、思わぬところで意見 が合わなくなってしまった。
 休日になる度になゆみは氷室とデートを重ねながら、これからのことを話し合っていたが、ある日、氷室の部屋で、テーブルにパンフレットを一杯広げながら 具体的なことを決めようとしているときに問題がまた起こった。
 最初はテレビを見ながら、軽い気持ちでそれぞれの希望を言い合っていたが、どんどん夢が一杯に膨らんでしまった。
「海外で挙げたい」
 突然なゆみが言い出した。
「日本でいいじゃないか。そんな遠くで挙げなくても近いところで済ませて、新婚旅行でゆっくり行けばいいじゃないか」
 氷室の意見だった。
「でもやっぱり思い出のあるところで挙げたい。コトヤが追いかけてきてくれたあの土地で」
「それって、お前が留学して気に入ってた場所じゃないか。それに俺達の両親も連れて行くとなると大変なんだぞ」
「だったら、二人で」
「そういう訳にもいかないだろう。一般の教会だとラスベガスで挙げるみたいな訳にいかないんだぞ。ああ、また嫌なこと思い出したじゃないか」
 氷室は条件反射のようにラスベガスという言葉だけでバートランを思い出してしまう。
「折角ゆっくりとプランを立てられるんだから、好きなように挙げたい」
「俺達だけの問題じゃないんだぞ。両親や親戚も係わってくる。それに結婚式だけじゃなく、これから一緒に住むところも考えないといけないし、お金だってど んどんいるんだぞ。俺達ができる範囲のことをしなければ、夢を追いかけ過ぎたら何も成り立たなくなってしまう」
「なんか急に現実っぽくなって、夢が飛んじゃいました」
「だから以前言った事があるだろう。夢だけでは何もできないと」
「私も言ったでしょ。夢を持たなければそれまた意味がないって」
 あれやこれやと、お互いの信念を貫くように両者一歩も引かない。
 どこまでも平行線だった。
 話が噛み合わなくなると、二人の間に不穏な空気が流れ込む。
 どちらも意地を張り合い、自分が正しいとばかりに主張してしまい最後には気分を害して腹が立ってくる。
「こうなったら籍だけ入れて、はいそれで結婚ってことにするか」
 もうどうしようもなく、氷室は急にイライラしてヤケクソに叫んでしまった。
「何よ、その紙切れの上だけの結婚式は」
 なゆみも不満たっぷりに、ふくれっつらをして受け答えしていた。
 二人は狭い部屋の中でいがみ合い、どちらも引き際を見失って背中を向け合ってしまった。
 また困難にぶつかり、お互いこれではダメだとわかっていながらもついつい本音をぶつけてしまう。
 黙りこんでしまった後、どちらも相手から折れてくるのを待つように暫く無視をしていた。
 氷室はなゆみが結局は自分に合わせると高をくくり、なゆみは氷室から謝ってくると思い込んでいた。
 そんな状態だったから、二人は益々すれ違ってしまい、時間が経てば経つほど負けられないと意地だけで最悪の状況に向かってしまった。
 どっちも歩み寄ることがないとそのうち婚約解消を言い出すんじゃないかという不安もつきまとい、それでも後には引けないままずっと黙り込んでいた。
 そわそわしだして、二人はお互いの様子を探ろうとそーっと振り向くが、たまたまどちらも同じタイミングで同じ事をやってしまったので、慌てて「ふ んっ!」とまた 振り出しに戻って一から意地の張り合いになってしまった。
 そんな時、二人に助けの手を差し伸べるかのように、突然どこからか自分達の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
 なゆみも氷室も同時に声のする方向を振り向いた。
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