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● 想い出は 木の下で その1●

 思春期──。体に変化が起こるとき。男として女に目覚め、そして惑わされる。
 季節は初夏。体に纏う服も布が薄くて、覆う部分も少なくなる。はっきり言えば露出気味。
 こんな時期に思春期を迎えてしまった俺。近所に住む幼なじみのメアリーが気になって仕方がない。 
 栗色のちょっと癖っけのある長い髪をポニーテールにして、ピンクのリボンで束ねている。
 ショートスカートが微妙な長さで見えそうで見えない。それよりも肩が露出して胸のふくらみが強調されたキャミソール。体のそのままのラインを見せる服が 俺にはたまらなくビンビンと来る。
 男としては見たいけど、そんな気持ちを悟られるのはプライドに関わると目のやり場に困ってしまう。
 だけどそれだけじゃない。メアリーは高校生になってから随分とかわいらしくなった。
 小さいときは俺の側にいつも居てビービー泣いていたのに、今じゃ男がほっとかない程、どこかで彼女のことを囁いている男達がいる。

 俺はと言えば冴えない男で、ボサボサの少し長めの黒髪に眼鏡を掛けている。特に取り得もなく運動神経も良くない。かっこいいとは言い難い。改めて自分の 事を説明しようと思うと情けなくなる。俺は自分に自信がもてない。
 メアリーと幼なじみで仲が良いなんて聞けば誰も信じてくれない。というより、ありえないといわれる。
俺はずっと昔からメアリーの事が好きだった。でもメアリーの前ではついつい意地を張っては、素直になれない。最悪なことに意地悪する始末。
 好きだから気を引きたくてわざとそうしてしまうのか、かっこつけるのか、自分の気持ちを素直に伝えられない愚かな奴なのだ。
 要するにひねくれものと言うことだ。それでもメアリーはいつも俺に愛想をつかすことなく側にいてくれた。
 それが当たり前だと、俺は彼女にいつも甘えていたのかもしれない。

でも最近はすっかり一緒に居ることも少くなった。俺はそれが物足りなくて寂しい。
 今更そんなことを言えた義理でもないが、メアリーにとうとう愛想をつかれたのかもしれない。
 ここらで汚名返上とでもいうように、今日は久し振りにメアリーと一緒に帰ろうと、学校の出口の前の木の側で待ち伏せをしている。

 田舎の緑に恵まれたのどかな町。学校を出ればもう田舎道がずっと続く。この時期の草原や木々の若葉にはつやがあり、明るい優しい緑があたり一杯を包み込 んでいる。
 風も心地よく頬を撫でるように吹くと、気持ちもすっーと落ち着いていく。
 俺は木の下で自然のパワーを貰いメアリーになんて言って近づけばいいものか、良い口実を考えていた。
 宿題を一緒にしようとでも言えばメアリーの事だからきっとOKというに違いない。
 それとも家で映画でも一緒に観ないかとか誘ってみようか。または直球に、いきなり俺から離れないでくれなんて言ったら、どんな顔をするだろう。
 あれやこれやと考える。
 こんな気持ちのいい日だから『一緒に帰ろう』というのが一番自然で無難だと、俺はそれでいこうと決心を固めた。
 後はにこやかに笑って話しかけるだけでいい。
 そうは思っていても握りこぶしを作り、体にギュッと力がこもった。かなり緊張していた。
 暫くして人影がこっちへ向かってくる。
「あっ、メアリーだ。ちぇ、ついてねぇ、あいつらも一緒かよ」
 でしゃばりでやかましいお荷物が二つもメアリーの両端を挟んでいる。俺が入っていける隙間がない。仕方なく萎縮して見つかるのを恐れて木の陰に隠れてし まった。
 様子を見ながら見つからないように突っ立っていると、彼女達の笑い声が耳に届き、段々と話している内容まで聞こえてくるようになった。

「ねぇ、メアリー、マシューのデートの誘いを断ったって本当なの?」
「嘘、それ本当なの。あのマシューからの誘いを断ったってなんてもったいない。彼ってすごくモテるのよ。私だったらすぐにOK出しちゃうわ」
俺はそのとき、口を開けて息ができないほど驚いていた。
 マシューと言えば金髪で背も高く、バスケットボール部に所属しているハンサムな奴。当然女の子の間では人気が高い。
 いつのまにマシューの奴メアリーにちょっかい出してたんだろう。

「だから、あれは違うのよ。丁度予定があったし、私マシューの事あまり知らないからよくわからなくて、それに……」
 メアリーはマシューには興味がない。ひとまず安心のはずだった。
「それに何よ、ああ、もしかしてまだあの王子様の事を思ってるの?」
「ああ、あれね。メアリーのあの王子様の話ね。小さいときに出会った初恋の相手でしょ」
 メアリーの友達二人はその事を良く知っているような話振りだったが、俺には初耳だった。
 また息を飲み込み焦り出す。
 ちょうどメアリーが俺の隠れている木を通り過ぎていくところだった。慌ててまた身を隠すが、ちらりと見たメアリーの表情は恥ずかしそうにはにかんでい る。
「メアリーの初恋の話? そんなの聞いてないよ」
 俺は心の中で悲痛な叫び声を上げた。
「そうね。そうかもしれないわね」
 メアリーはあっさりと肯定して、俺が隠れていた木を通り過ぎていった。
 メアリーの初恋の相手…… しかもまだ思いを寄せているなんて俺はショックだった。
 かといってこんな冴えない幼なじみが好かれているとも思えない。
 俺はメアリーにふさわしくない。しかも俺は今まで何してたんだ。ほんと大馬鹿だ。
 膝をガクリとついては、涙目になって、メアリーの後姿をただ見ていた。
 俺は深みにはまったようにどっぷり落ち込んだ。もう浮き上がれない、もがくことも忘れて、そのまま沈んでいく。人生終わったと言うに等しかった。

 がっくりと肩を落とし、トボトボと歩いていると、街のはずれで噂のマシューを見掛けた。ばっちり決まった髪の毛に爽やかな笑顔。誰が見てもかっこいいと 思えるその姿 に俺はため息が出た。同じ男でもこうも違うのかと、マシューにじとっと羨望の眼差しを向けていた。
 視線に気がついたマシューは白い歯をキラーンと輝かせ、キラキラと宝石の輝きをまとった笑顔で俺に近づいてきた。
 俺の周りは突然暗雲が立ち込めて、じめーとした暗いカビが体中に付着した気分で迎えた。
「よぉ、チャーリーじゃないか」
「やあ、マシュー」
 当たり障りのない挨拶をしたが、俺はマシューが羨ましくて仕方なかった。
 どうしてこうも不公平があるんだろう。マシューの側にいると月とすっぽんだ。すっぽんなら俺はマシューに噛みついてやりたくなった。
マシューはその後、他の友達とどこかへ行ったが、俺はずっとマシューを呪うような目つきで見ていた。
 あんな風になってみたいと思ったその時、ふと目の前のショーウインドウのガラスに写った自分の顔を見て眼鏡を外した。そして髪を無造作にかき上げてみ た。
「俺にもまだ改善の余地があるかもしれない」
普段はお洒落になど全く興味がなかったが、大地を揺るがすほどの一大決心をした。
 よーし、髪を切ってコンタクトレンズに変えよう。少しでも見栄えがよくなればメアリーも俺のことを認めてくれるかもしれない。単純だけど何もしないより はまっしだ。

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