●● 想い出は
木の下で その3●●
「チャーリー、こんなところでなんで寝ているのよ」
いつものメアリーの姿だった。なんだか怒っているような顔付きに見えた。
「メアリー、俺今小さい頃の君と話してた」
「何を寝ボケているのよ。今日は私と約束してたでしょ。ついてきて欲しいところがあるって言ったじゃない。いつまで経っても来ないから一人で行ってきたわ
よ」
メアリーが何を言っているのかよく把握できない。キョトンとして視線が宙を向いてしまった。
その俺の態度が不安がらせたのか、急にメアリーの表情が強張り、心配の眼差しになった。
「ちょっとチャーリーまさか木から落ちて頭打ったんじゃないわよね」
心配して少し目が潤んでいる彼女ををじっと見つめ、体をゆっくりと起こし、メアリーの側まで顔を近づけて俺はいきなりキスをした。
メアリーは驚いていたが拒む様子もなく、自然と目を閉じてすんなりと受け入れた。
「メアリー、好きだ」
俺はキスの後そう伝えると、メアリーはそんなこと既にわかっているかのようにくすっと笑った。
「あの時を思い出すわ。小さいときあなたがこの木から落ちて私が死んだかと思って心配していたときのこと。私が生き返らせようとキスをしたの。あの時のキ
スよりも今の方がずっとドキドキしちゃったけど」
俺は呆然とした。もうすでに俺はメアリーとキスをしていた!?
それから俺は聞いてみた。
「今日マシューとデートだったんじゃないのか」
「そんな約束する訳ないでしょ、今日はチャーリーと出かける約束してたんだから。忘れてたのね」
「でもマシューと一緒にいたんじゃなかったのかい」
「そう、チャーリーと一緒に行こうとしていた場所に彼も来ていただけのことよ。マシューには用事があるからっていっていたのに出会ってしまってどうしよう
かと思ったわよ。もう忘れんぼうなんだから。もしかしたらあの約束も忘れているんじゃないの。それだけは忘れないでよ」
俺はなんの約束か思い出せなかった。頭に一杯疑問符を浮かべていた。
「約束?」
「そうよ、あの時木から落ちたとき言ったでしょ。自分から言っておいてまさか忘れたとは言わせないわよ。私にとっては大切な事なんだから」
俺はなんの事かわからないままじっとメアリーをみていた。その様子を見てメアリーは呆れたような顔をしていた。
「まあ、いいわ。今すぐじゃなくてもいいから。そのうち思い出してね。だけどチャーリーなんで眼鏡かけてないの。髪の毛も短くなってるし、今のチャーリー
もいいけどいつものチャーリーも私は好きだったのに」
俺はメアリーの言葉を聞いて嬉しかった。メアリーはそのまんまの俺を好きでいてくれた。
俺が無理に姿を変えようとしてもメアリーは本当の真の俺を好きでいてくれた。
マシューみたいにかっこよくならなくったって、判断するのは俺じゃなくてメアリーなんだ。
俺なんか好きと言うことは少し驚きだが、メアリーには俺に何か魅力を感じるところがあるんだろう。それともただの物好きなのだろうか。でも俺も少し自信
を持たなくっちゃ。
しかし初恋の王子様のことが気になる。
「なあ、メアリー、初恋の王子様ってなんのことだ」
俺はあの時聞いた話を尋ねてみた。
「チャーリー、なんでその話を知っているの?あのね、その話は嘘なのよ。だってチャーリーの事がずっと好きだなんて皆に恥ずかしくて言えなくてつい昔ここ
で会った人の話をしたの。私が丘で泣いている時に慰めてくれた人なんだけど。あれ?そういえば今のチャーリーの姿になんとなく似ている感じがするわ」
俺の目は見開いた。
メアリーは子供の頃、この姿の俺に会っている。やっぱりあれは夢じゃなかったんだ。
しかしなんでそんな不思議な事が起ったのか全くわからなかった。俺は木を見上げる。風に吹かれて枝が揺れ、緑の葉っぱもそれに合わせ踊るようにカサカサ
音を立てながら舞っている。まるで笑っているようだった。
その時だった。俺はまた思い出した。
あのとき、メアリーが心配している傍らで、木から落ちた子供の俺は気を失ってる間夢を見ていた。
この木の下で白いウエディングドレスを纏った女性が手にブーケを持ち、幸せ一杯の笑顔で相手の男性を見つめている姿を見た。俺はそれがメアリーに見え
て、子供心ながらうっとりと見つめていた。
そして気が付いたらメアリーが目に涙を一杯溜めて俺を覗き込んでいた顔が目の前にあった。
その時俺は確かに言った。
『メアリーいつか結婚しよう』って。
あの隣にいた男性が誰かわからなくて、メアリーを取られるのが嫌で思わずあんな事を言ってしまった。
メアリーは『うん』って大きく頷いたけど俺は落ちたショックからまだ頭がぼうっとしていた。
あの時の夢も本当は夢じゃなかったんだろうか。そしたらあの時見たメアリーの隣にいた男はもしかして……
俺はやっぱり頭でも打ったのかと思う程訳がわからなくなってしまった。
でもメアリーが俺の腕を引っ張った。
「さあ、行きましょう」
そして俺は立ち上がってそっとメアリーの手を握った。メアリーは恥ずかしそうに笑っていたがしっかりと握り返してくれた。
「なあ、メアリー俺たちいつかこの木の下で結婚式しようか」
「やっぱり覚えてたのね。あの時の約束。忘れたふりして意地悪なんだから。いつもチャーリーは天の邪鬼ね。私の気を引こうとわざと反対の事ばかりするんだ
から。もう慣れちゃったけどね」
俺はもう一度大きな木を振り返った。木は何も言わず、その場所でずっしりと青空に映えて威厳に満ちて立っていた。
俺はその木を見つめ『またあとで』と一言呟いてメアリーとその丘を下りて行った。
おわり