第一章 来たー恋の予感


 さて、これはどういうことだろう。
 目の前に金髪碧眼で背が高く、非常にカッコイイ男性が立っている。
 私の顔を見て「質問シテモイイデスカ?」と言っている。
 周りにはまだテーブルはあり、沢山人が座っているのに、なぜか私の前にいる。
 しかも、今この丸テーブルに座っているのは私と、あと二人の日本女性。
 彼は自転車を押して向こうからこのテーブルに一直線にやってきた。
 なんか近づいてきているぞというのはあったが、まさか自分が座っている席に、私めがけてくるなんて不思議でたまらない。
 一体何の話をしているんだと言うことなので、まずは自分の事を説明しなければならない。
 私は杏子、20歳。
 南カリフォルニアで留学中の身である。
 ここへ来て5ヶ月になるところ。
 英語はそれなりに日常会話ができると思うが、まだまだ思うように話せなくて苦しいレベル。
 それでも生活するには拙くともなんとかやっていけるので、とりあえずは英語を話すのには物怖じしないところまで来た感じ。
 ホストファミリーと暮らしながら、このESLという大学付属の英語を母国語としない人のための英語学校に来て英語を勉強している。
 南カリフォルニアはとっても天気がよく、1月の下旬近しというのに、もうぽかぽか春の陽気が漂う天気。
 キャンパス内はそういう気候を大いに利用して、外には誰でも自由に座れるテーブルが用意され、授業以外の空いた時間は、皆ここで座って好きにおしゃべりしたりする。
 ここには世界中の英語を学びたい人がやってきて、色んな言葉が飛び交っている。
 誰もが好きに過ごせるので、授業が終わったあと友達と軽くおしゃべりをしてた。
 そしたら、彼が現れたのである。
 日本語で声を掛けられ、そして日本語の教科書を持ってやってきた。
 これは宿題だというのは、分かったけど、でもなぜ自分だったのだろうと私は首を傾げる思いだった。
 このテーブルには三人座っていて、皆、日本語が話せるのに、彼はあとの二人は無視してひたすら私だけの顔を見ている。
 別にそれはいいんだけど、こっちも英語の勉強になるし、とにかく語学を学ぶという姿勢は同じなので喜んでお手伝いした。
 しかし、ふと頭によぎることがある。
 まさか、アレが原因じゃ。
 あまりにもタイミングよくに現れた、この彼。
 もしかして、私のあの願いがこの瞬間なんだろうか。
 だけど、彼とものすごく話があって、お互い気に入ってしまった…… というのか意気投合。
 やっぱりこれは、先日何気に願をかけたあの出来事が意味をなしてるのかもしれない。

 時は遡って一週間前の出来事。
 子供達と一種の願掛け遊びをしたことから始まる。
 前年のクリスマスの時期に食べた七面鳥の丸焼きに、胸肉の辺りにYの字になった骨が入っていて、それを取り出して乾燥させておいた骨のことをウィッシュボーンと呼ぶ。
 これは何かというと、両端の部分を二人で持って、自分の叶えたい願いを込めて一斉に引っ張り合う。
 すると、骨はパキっと割れて、自分の取り分が多く残っていると望みが叶うという一種のお遊びなのである。
 私はそれをホストファミリーの子供と遊んで、見事取り分が自分に多く残った。
 その時に願ったことというのが「ボーイフレンドができますように」というなんとも恥ずかしいお願いだった。
 だから、十歳の子供相手に、私が勝って非常に喜んだから、ホストマザーが「杏子の願いはきっと彼氏ができますようにだったのよ」ってさらりといわれて、その図星にひえぇとかなり焦った。
「違う、そんな、恥ずかしい」
 などと拙い英語でいうも、皆ニヤニヤして、もうバレバレ。
 どうしようかと思いつつ、笑って誤魔化すしかなかったけれど、たかがお遊びでここまで力を込めて喜ぶほどでもなかったと、ホストファミリーの前だけだが、後になって恥ずかしさだけが残った後味悪いものだった。
 それでもベッドルームで一人になると、なんだかぽーっと幸せになれるようなそんな気持ちもあって、やはりどこかで期待はしていたと思う。
 だからその後に彼がほんとにやってきたから、まさかそんな、嘘と信じられない気持ちが一杯だった。
 宿題を手伝って喜んではくれたけど、話はどんどん弾んで、私もウィッシュボーンの後押しで、なんだか調子に乗ってしまって、ついつい「お互いの言葉交換しあいませんか」って言ってしまった。
 そしたら嬉しそうに笑って「もちろん」と返ってくるから、なんでこんなにとんとん拍子なんだろうと、まるで魔法にかかったように辺りがキラキラしていく気分。
「僕はマシュー」
 彼は右手をさっと出してきた。
 とても大きながっしりとした手で、力強く私と握手を交わしていた。
 こんな出会いってあるんだ。
 そして電話番号を交換して、彼はまた自転車を押して去っていった。
 一度私に振り返って、大きく手を振ってくれて、私も笑顔で振り返していた。
「杏子、今の人、かっこよかったね」
 一緒に喋ってた友達がフフフと笑って冷やかしてきた。
 彼女達がこうやって笑ってくるのも、二人にはちゃんとした彼が居て余裕だったから。
 だから私のために遠慮して会話に入ってこなかったところがあった。
 やはり私だけ彼氏がいないそんなオーラがでてたのかな。
 まあ、この時は一期一会かもしれないという、次いつかまた会えたらいいなというまだ軽い気持ちでいた。
 そして、その晩の事。
 夕ご飯が終わって、後片付けをすまして、宿題をしていたとき、小さく電話のベルの音が聞こえた。
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