第一章
2
遠くでホストマザーが受け答えしている声が聞こえてくる。
その後、途絶えたと思ったら、ドアをノックされた。
その瞬間、ドキッとして、ドアを開けたらホストマザーがニヤニヤしながら「テレフォン♪」と知らせてくれた。
誰からだろうと思いつつ、心当たりがあるだけに、やはりドキドキするものはドキドキした。
だから「ハロー」なんて気取った声で受話器に向かって話したら、優しい男の人の声が返ってきたときは超絶にドキドキマックス。
「(覚えてるかな。今日会ったマシューだよ。あれからずっと君のことばかり考えてしまって、忘れられなかった)」
不思議なんだけど、その時英語でも脳内ではっきりと意味を成して伝わってくる。
心臓が早鐘を打って、打って、打ち捲くってる。
ポーっとしては、その雰囲気に飲み込まれていって、よく考えたら彼よりもこの状況に興味を持っていたかもしれない。
なんか始まってしまった。
ボクシングの試合じゃないけど、ゴングの音がカン!ってなった。
ファイト! オー!
気合だけは入っても、何を言っていいのか分からず、聞き取れても実際声にならない。
「ミー、トゥ」
『私も』って言っていいのやら、声が震えた。
「(明日、また会えないかな。また君に会いたいんだ)」
何この早い展開は。
ドキドキと心臓がポップコーンのように弾けた。
なんか痛いわ、違う意味で。
「(一緒にランチでもどうかな?)」
もうデートのお誘いですか。
心構えもないままに、状況だけが早く進む。
憧れていたシチュエーション。
しかも相手は金髪にブルーの目。
そこまで頼んだ覚えはないんだけど、ウィッシュボーンの効き目に驚いた。
これはアメリカンマジック。
七面鳥さん、あなたは偉い。
沢山の人に身を提供しながら、骨になっても人々に夢を与えるなんて。
そんなこと考えてるときではないのだが、誘われたら断る理由もないし、それよりもついていきたいなんて思うんだから、自分ダメだわ。
そこで便利に摩り替えてみる。
英語の勉強になるぞ、なんて。
「(誘ってくれてありがとう。もちろん行きます)」
なんて平常心を装って言ってみたものの、実際、えらいこっちゃ!! とはっきり言ってもう怖かった。
だけどお互い言葉を交換する約束しているからと、これは割り切るしか、いやいや、本心は嬉しいくせに、なんか一丁前に戸惑ってみたり。
しかし、なんだか分からないままに、とにかく次の日会う約束をしたことだけが、頭の中でぐるぐるしてしまう。
電話を切った後は、ホストマザーが突っ込みたそうに、ニヤニヤしてくるし、普通に語学交換で勉強だからと言ってみても信じてもらえない。
「(彼、かっこいいの?)」
なんて聞かれたら「YES!」っていうしかなかった。
実際、あんな凛々しいハンサムが、いくら日本語勉強しているからといって、私に来るもんだろうか。
私、実はまだ20歳になっても男の人と付き合った経験ありません。
恋してもずっと片思いの一方通行ばっかりで、一人で思いを胸に秘めてるだけで、外にさらけ出したことなんてありません。
だから、こういうシチュエーションって、漫画の中だけだと思っていた。
いきなりこんな展開になって、足が地につかないってこのことなんだとフラフラしてしまった。
でも、この時はこれで満足って感じだった。
まずはお友達から。
とにかく難関は明日のランチ。
男の人と二人で食事するって、考えられないレベル。
あんなかっこいい人の前で物を食べるなんて、もし、歯にこびりついたらどうするの。
もし、食べてるところが不恰好に思われたどうするの。
ここまでくると、楽しみから怖さに変わってしまって、ひぇ〜と逃げたくなってしまった。
恋することに慣れてないものには、かっこいい男の人と二人っきりに過ごすなんてとても辛いんです、恥ずかしいんです、こけそうなんです。
初めてのデートがアメリカンってやっぱりハードル高すぎて、飛ぶ前にもうハードルが足に当たって痛そうと想像できるほど、すごく恐縮してしまう。
それなら断ればよかったのに、それもできなかったのは、やはりどこかでこれが恋の予感と感じていたから。
だから私はすごく頑張ろうって必死に飛ぼうとしていた。
そして、次の日の朝、恐ろしいほどすんなりと起きれた。
毎日5時起きで眠く辛い瞬間なのに──。