第一章


 この時期の早朝はまだ薄暗い。
 昼はぽかぽかしても、朝晩は息が白くなってとても冷え込む。
 でも寒さなんてこの時、気にならないほどに、ドキドキだけで体がぽかぽかしていたと思う。
 脳内では、また彼と会うときの瞬間をどう表現していいものかと、あれやこれやと考えてしまう。
 「また会えて嬉しいわ」「来てくれてありがとう」それともシンプルに「ハウ アー ユー」だけでいいのだろうか。
 これでは今日の授業が頭に入らない。
 元々入ってないけど。
 だけど、こういう浮かれた瞬間ですら、貴重な時間だったかもしれない。
 こんな大イベント、今まで体験した事がなく、神様がちょっと体験しろと与えて下さったのかも。
 この場合は七面鳥様と言えばいいのかな。
 このふわふわした瞬間は恋する前の一番楽しい一時。
 ならば本番はその時任せに、あまり考えないでおこう。
 とはいいつつも、顔はなんだか緩みっぱなしでふにゃーっとしてしまっていた。
 友達からは、なんだか変だといわれつつ、まださわりの部分だから何もいえなくて、ただ黙っていた。
 ほんとは言いたい。
 でも、これってなんかナンパされて軽い奴って感じもするし、いやいや、純粋に語学の交換でお互い勉強のためだしと思いなおして見たり、とにかく相当心の中ではパニック全開。
 あれでもない、これでもない、そんな理由を探したところで無駄なのに、なぜ人間は無理にでも理由を見つけたいのだろう。
 素直になれば、やっぱりこの出会いにときめきたい。
 ただそれが答えなのだろう。
 わかっているが、素直になれないところが、恋に慣れてないところでもある。
 昔から、自分は奥手で好きになっても恥ずかしくて黙ったままだった。
 付き合うって何それ、美味しいの? とその状況もわからないまま、かといって友達に彼がいるなんて聞いたら羨ましいと思ってしまう。
 自分に自信ないのが一番の障害だったかもしれない。
 経験として、男の人と付き合うという事をやってみたかった。
 過去にチャンスはあったかもしれない。
 ただ、私が好きではなく、相手が興味を持ってくれるパターンが多かった。
 そういう雰囲気にならないようにと、かわしにかわして、結局いざ自分が好きになったときは、かわされていい奴どまり。
 恋なんて難しいものって頭にあったし、私なんて一生男の人に縁がないのかもと悲観的になったりしていた。
 そして何より一番恐れてしまうのが、アレ、その言い難いけどエッチのことだったりしてしまう。
 結婚するまではやっぱりダメっていう変に拘ったところがあって、というより、恥ずかしくて怖いという気持ちの方が大きい。
 自分でもこのぶよぶよしたお腹を見るのは辛い。
 相手に見せるのもっと辛い。
 だったらダイエットしなくては。
 でも痩せても、腹だけは引っ込まない。
 この調子ではやっぱり見せられない。
 こうなったら結婚して追い込んでから、いざ相手に覚悟しろと逃げられない状態を作って勢いでやるしかないのかも。
 裸を見せるということにものすごいコンプレックスを持っていた。
 皆、どうやって体を見せてるのだろうと、性には興味があっても自分には全く関係ないでござんすっていうそんなノリだった。
 だから、男の人に声を掛けられて、一応意気投合して話は弾んでも、こういう奥手な私は、かなり無理してるのでございますのよ。
 裏返した掌を口元に、オホホホホホと高飛車に笑ったところでどうしようもないのだけど。
 かなり舞い上がってしまって、もう極限に達していた。
 こうなると自分じゃない自分が自分の中に居座ってしまって、これでは操られたように居心地悪い。
 こんなのでいいのだろうか。
 とにかくその時間が来てしまった。
 これから私、彼に会いに行きます。
 一緒にお昼ご飯を食べるんです。
 その人、金髪でブルーの目をしていて、背も高く肩幅がっちりとほんとにカリフォルニアボーイなんですわ。
 待ち合わせの場所に行くまでに、脳内でダースベーダーのテーマ曲が流れている。
 私は暗黒に落ちて行くのかい。
 こういうときは、ルーク・スカイウォーカーのテーマの方じゃないと。
 あっ、その時ふと、マシューがスターウォーズのルークに似ていると思った。
 何を考えて、ここまで来たのか。
 どれほど私が勇気を出していたかなどと、彼は全く知らないのだろう。
 約束の時間の数分前、沢山の生徒が集まって賑わう校舎の入り口で私はマシューを待っていた。
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