第一章


 彼はどっちから来るのだろう。
 あっちかな、こっちかな。
 それともここは下を向いて、来るまで顔を見ない方がいいのだろうか。
 後から急に目隠しされて「だーれだ」なんて言われたりしてって、アホかい、私は。
 昨日会ったばかりでそんなことしてきたら引くわ。
 と一人で突っ込みつつも、馬鹿な事を考えて気を紛らわせないと、逃げだしてしまいそうだった。
 そして顔を上げたとき、こっちに彼が向かってくるのが見えた。
 もういきなり目が合ってしまって、この場合どうすればいいのでしょうか、七面鳥さん。
 ずっと見ておくのも恥ずかしいし、目をそらすのも恥ずかしい。
 向こうは段々近づいている。
 私はとりあえず、笑顔になっておこうと笑うけども、もう頬が痛くなっている。
 どんだけ無理して笑ってるんだと、すでにカチコチになっていた。
 前日会ったときよりも、こんなに背が高かったっけ?
 そういえば、前日会ったときは、私はテーブルを挟んで座っていた。
 彼も、空いてる席に座って一緒に宿題をしたんだっけ。
 なんだかこんな身近に立って、自分がみられるのってすごくドキドキして恥ずかしい。
 当たり障りのない、お決まりのあの英会話が始まる。
「Hello, how are you?」
「I 'm fine, thank you. How are you?」
「I'm fine」
 そして一旦休憩で、お互い見合わせて意味もない笑いが入る。
 マシューも私の出方を気にしているのかもしれない。
 会話は、日本語も混じるけど、基本は英語の会話になった。
 さて、恋の英会話の始まり。
 英語で恋をする。
 男の人と二人っきりになることなんてなかった私が、いきなりなんでこんなにハードレベルから始めないといけないのだろうか。
 彼がハンサムすぎるのも私に不釣合いな気になってくる。
 一体何が気に入ったのかわからないながらも、とにかく私は誠意を持って、辞書もって、この恋にチャレンジしてみようと思った。
 金髪の青い目の男性は、白馬に乗った王子様そのもので、やっぱりどこかでこれを待ってた自分に気がついた。
 来た〜。
 来たのよ〜。
 マシューは私を学食に案内してくれる。
 彼の後を一生懸命刷り込まれたひよこのようについていく。
 彼は時々後ろを振り返ってきらーんとするような笑みを投げかけてくる。
 ああ、それは弱いのよ。
 ダメ、ちょっと、あなたハリウッドの役者さんなの?
 もう自分が映画の中の主人公になったように舞い上がっていた。
 ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ。
 心臓の音だけが響いて、この世の世界じゃない感じ。
 この瞬間だけでも、酔ってしまって、胸いっぱい。
 今からご飯を彼と食べるなんて、これだけでお腹一杯です。
 ごちそうさまでした。
 本当にありがとうございました。
 つい彼が後を向いている事をいいことに、お辞儀してしまう。
 すれ違う人や周りを良く見たら、全員、外国人…… って、ここでは自分が外国人やったわ。
 自分はどんな風にみられているのやら。
 それよりも、どうやってご飯食べよう。
「(お腹すいてる?)」
 マシューが声を掛けてくる。
「YES!」
 自分の本心とは裏腹に、とにかくなんでも笑顔で無難にあっさりと答えてしまう。
 この心境をもし聞かれたら、マシューと一緒に居ることだけでも恥ずかしいのに、そこで一緒にご飯食べるなんて、もし変な食べ方してたらと思うと、もう何も食べられない状況で、ここはパスしたいと言うのが本音だった。
 私はきっとぎこちなくて、挙動たっぷりに落ち着かない奴に見えたかもしれない。
 二人で学食に入ったとき、周りはお昼の食料求める人でかなり混雑していた。
 こういうとき、何を食べたらいいのだろう。
 もう簡単に口に入れられて、恥ずかしくないものを注文しよう。
 で、前のメニューみたらサンドイッチしか置いてなかった。
 そう思うと、なんでもっとバリエーションがないの? などと思ってしまう。
 しかし、それが一番無難でもあり、食べやすいといえば食べやすいから、これでよかった。
「(僕はこのターキーサンドイッチにしよう)」
 マシューがそういったとき、つい「ミー、トゥ」と私も言った。
 もうメニューが英語で、読むのも面倒臭いのが本音。
 でもここはやっぱり七面鳥さんがいいだろう。
 感謝の気持ちも込めて…… って、食べられるんだから関係ないか。
 でも七面鳥さん、助けて。
 これから何が起こるのだろうか。
 彼を目の前に、ドキドキとしすぎて苦しいのです。
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