第一章
4
彼はどっちから来るのだろう。
あっちかな、こっちかな。
それともここは下を向いて、来るまで顔を見ない方がいいのだろうか。
後から急に目隠しされて「だーれだ」なんて言われたりしてって、アホかい、私は。
昨日会ったばかりでそんなことしてきたら引くわ。
と一人で突っ込みつつも、馬鹿な事を考えて気を紛らわせないと、逃げだしてしまいそうだった。
そして顔を上げたとき、こっちに彼が向かってくるのが見えた。
もういきなり目が合ってしまって、この場合どうすればいいのでしょうか、七面鳥さん。
ずっと見ておくのも恥ずかしいし、目をそらすのも恥ずかしい。
向こうは段々近づいている。
私はとりあえず、笑顔になっておこうと笑うけども、もう頬が痛くなっている。
どんだけ無理して笑ってるんだと、すでにカチコチになっていた。
前日会ったときよりも、こんなに背が高かったっけ?
そういえば、前日会ったときは、私はテーブルを挟んで座っていた。
彼も、空いてる席に座って一緒に宿題をしたんだっけ。
なんだかこんな身近に立って、自分がみられるのってすごくドキドキして恥ずかしい。
当たり障りのない、お決まりのあの英会話が始まる。
「Hello, how are you?」
「I 'm fine, thank you. How are you?」
「I'm fine」
そして一旦休憩で、お互い見合わせて意味もない笑いが入る。
マシューも私の出方を気にしているのかもしれない。
会話は、日本語も混じるけど、基本は英語の会話になった。
さて、恋の英会話の始まり。
英語で恋をする。
男の人と二人っきりになることなんてなかった私が、いきなりなんでこんなにハードレベルから始めないといけないのだろうか。
彼がハンサムすぎるのも私に不釣合いな気になってくる。
一体何が気に入ったのかわからないながらも、とにかく私は誠意を持って、辞書もって、この恋にチャレンジしてみようと思った。
金髪の青い目の男性は、白馬に乗った王子様そのもので、やっぱりどこかでこれを待ってた自分に気がついた。
来た〜。
来たのよ〜。
マシューは私を学食に案内してくれる。
彼の後を一生懸命刷り込まれたひよこのようについていく。
彼は時々後ろを振り返ってきらーんとするような笑みを投げかけてくる。
ああ、それは弱いのよ。
ダメ、ちょっと、あなたハリウッドの役者さんなの?
もう自分が映画の中の主人公になったように舞い上がっていた。
ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ。
心臓の音だけが響いて、この世の世界じゃない感じ。
この瞬間だけでも、酔ってしまって、胸いっぱい。
今からご飯を彼と食べるなんて、これだけでお腹一杯です。
ごちそうさまでした。
本当にありがとうございました。
つい彼が後を向いている事をいいことに、お辞儀してしまう。
すれ違う人や周りを良く見たら、全員、外国人…… って、ここでは自分が外国人やったわ。
自分はどんな風にみられているのやら。
それよりも、どうやってご飯食べよう。
「(お腹すいてる?)」
マシューが声を掛けてくる。
「YES!」
自分の本心とは裏腹に、とにかくなんでも笑顔で無難にあっさりと答えてしまう。
この心境をもし聞かれたら、マシューと一緒に居ることだけでも恥ずかしいのに、そこで一緒にご飯食べるなんて、もし変な食べ方してたらと思うと、もう何も食べられない状況で、ここはパスしたいと言うのが本音だった。
私はきっとぎこちなくて、挙動たっぷりに落ち着かない奴に見えたかもしれない。
二人で学食に入ったとき、周りはお昼の食料求める人でかなり混雑していた。
こういうとき、何を食べたらいいのだろう。
もう簡単に口に入れられて、恥ずかしくないものを注文しよう。
で、前のメニューみたらサンドイッチしか置いてなかった。
そう思うと、なんでもっとバリエーションがないの? などと思ってしまう。
しかし、それが一番無難でもあり、食べやすいといえば食べやすいから、これでよかった。
「(僕はこのターキーサンドイッチにしよう)」
マシューがそういったとき、つい「ミー、トゥ」と私も言った。
もうメニューが英語で、読むのも面倒臭いのが本音。
でもここはやっぱり七面鳥さんがいいだろう。
感謝の気持ちも込めて…… って、食べられるんだから関係ないか。
でも七面鳥さん、助けて。
これから何が起こるのだろうか。
彼を目の前に、ドキドキとしすぎて苦しいのです。