第一章


 突然だが、ここで七面鳥の鳴き方をお教えしよう。
 『gobble、gobble』と書いてガボル、ガボルと喉を震わして発音するとそれらしく聞こえる。
 なんとも大きな鳥で、味は非常に淡白でチキンに似てるけど、鶏よりは少し独特の臭みがある。
 でも気にならない程度。
 食感や味は普通の鶏肉と変わらず、ただ大きくて安いというのが簡単にご馳走になるので、サンクスギビングとクリスマスには重宝されている。
 アメリカではとてもポピュラーな食べ物で、脂肪が少ないということでダイエットにも向いて、サンドイッチの具にはとても人気がある。
 初めてターキーサンドイッチを食べたとき、よく分からなくて、何を他に挟むか訊かれたから、そこにあった注文書の欄に全部チェックした。
 そして出てきたとき、ジャムみたいなのが挟んであって、非常にびっくりした経験がある。
 クランベリージャムという、少し酸っぱ味のある赤いソースで、ターキーには非常に合うとされている。
 初めて食べる者には、かなり驚いて、口の中でお肉とジャムがすごい化学反応起こして美味しく食べられなかった。
 それはどうでもいいのだが、この話はもちろんマシューにして、そしてテーブルを挟んで一緒にサンドイッチにかぶりついた。
 しかし、この時のサンドイッチの大きさの大きいこと。
 もう少し小さく作れないのかい? と突っ込みたくなるほどでかくて、それを半分に切ってお皿に乗っけてあった。
 一つ食べるだけでも、一々目が合って、やっぱり口の中でもそもそとくっつきあって、上手く食べられない。
 これが自分の友達の前だったら、大口開けて、むっしゃむっちゃ食べてるのに、マシューの前だと、もそもそになってしまう。
 こんなの私じゃないと思いつつ、どうしても緊張して口が中々動かない。
 とりあえずは半分は食べないとと、頑張ってたら、マシューはすでに全部食べていた。
 嘘、ちょっと早い。
 いや、食べてやることないからって、そのまま、私を見ないで。
 なんでそんなに私の事見るのよ。
 もうこの時の食事ほど辛かったことはない。
 どれだけ純情だったかお分かりいただけただろうか──。
 たかが食事に何を怖がってるんだと後で思えば、それも滑稽で笑えるのだけども。
 さて、マシューが話しかけてきた。
「(あの時、君を見て、一番かわいいと思った。だからつい声をかけてしまった)」
 その時ターキーのサンドイッチが前歯にくっついて、口が開けられない。
「ん?」
 別に意味はないのだが、声だけ出しておこうと思った。
 とにかくこの口の中のものが奇麗になくなるまでまっておくれ。
 ついでに飲み物ごくごくしたら、むせたわ。
 マシューは笑ってたけど、なんかやっぱり架空の世界で何かが起こってるという感じしかしなくて、私には夢のようだった。
 自分をストレートに褒めてくれるなんて、こそばゆいような、嬉しいような、やっぱりダメダメただのお世辞なのだから、ちょっと自制しなければとか、もう息するのもしんどくなってきた。
 しなかったら死んでしまうぞ。
 いっそこのまま倒れた方が楽じゃないかとかすら思えてしまう。
 ちょっとどれだけバイアスかかってるんだと思ったとき、マシューはメガネをかけていたことに気がついた。
 淵が赤くてちょっとかわいい感じがするフレームだった。
 多分それ、度数間違ってませんか?
 それでも、私に声を掛けたということは、それだけマシューが私を気に入ってくれたということなのだろう。
 ここはとってもロマンティックじゃないか。
 しかも言語は英語だぞ。
 こんな経験滅多にないから、素直にありがとうと言って、ちょっと下を向いて照れてみた。
 別に演技じゃなくて、ただですら、マシューの視線が突き刺さるくらい感じて、なんでそんなに見るんですかと、食べてるときはあっち向いてホイと指で方向を決めてあげたい。
 それで結局半分食べられなくて、残ったものはマシューにあげた。
 マシューも無理して食べてくれたのかもしれない。
 今度は私がマシューを見つめる番だった。
 それでもマシューは食べながら私をじーっとみていた。
 お互い、腹の探り合い、それではなんかいい表現ではないが、どうすればいいのかよくわかってないだけに、ただ一緒に過ごすこの時間を見詰め合うことで過ごしているという感じだった。
 ロマンティックといえば、そうなのかもしれないけど、気分的には小さな蜘蛛が背中にドドドドドとかけあげってくるようなむず痒さ。
 想像したら鳥肌立つくらい気持ち悪いじゃないか。
 しかし、このまま見詰め合って、これでいいのでしょうか、七面鳥さん。
 やっとのことで食事が終わり、これで肩の荷が下りたと思ったら、まだ続きがあった。
「(僕、この学校の寮で暮らしていて、その寮のビルがすぐにそこにあるんだ、見に来ない?)」
 思わず「えっ?」と思ってしまった。
 ちょっと待って、それってあなたの住んでる部屋に来いってこと。
 まさか、誘ってるってことじゃないよね。
 これは早すぎる。
 それに私、そんな女じゃないし、別にそうと決まったわけでもないけど、でもなんかすぐ部屋に来いって、直接もう誘われてるみたいで、「いいじゃないか、いいじゃないか、体から始まる恋もある」なんてそんなの無理っす!
 私はなんて答えていいのかわからなくて適当に「(寮に住んでるんだ。すごいね)」とはぐらかしてしまう。
 何がすごいのか自分で言っておいてわからなかったけど。
 ヘヘヘヘへ、日本人独特の誤魔化しスマイルも添えておく。
「(だから遊びにおいで)」
 おい、なんでそこでまた元に戻るのよ。
 ちょっと待ってくれ。
 こんな風に焦ってるなんてマシューは微塵も感じてないのだろう。
「(4人で住んでて、今なら友達がいるから紹介できるし、おいで。友達もよく女友達連れてくるし、遠慮しなくていいよ)」
 私の考えすぎなのかもしれない。
 マシューはまだ一緒に過ごしたいから、この後の計画を速攻で作っただけに過ぎないのかもしれない。
 友達がいるのなら、ちょっとは安心だ。
 そう思ったから私は承諾してしまった。
 だけどやっぱり、軽いかな。
 でも興味はやっぱりあるし、この大学の寮って一体どういうところなんだろう。
 アメリカ生活を覗き見するにはもってこいとも思った。
 もう何もかもが珍しくて、アメリカの自由な生活に心も解放状態。
 よく、気をつけろとか、日本女性は軽いからすぐ白人男について行くとか、色々といわれるけど、実際心の中でなんかおかしいと思っていても、雰囲気に流されたりとしてしまう。
 自分は大丈夫だと思っていても、なぜかノーとはっきり言えない気質が日本人なんだと思う。
 ずるずると信用してついていってしまう。
 時には心解放され、アドレナリン一杯に冒険してみたいって気持ちも現れるし、色んな条件が重なったときがその時の行動に左右されると思う。
 私も、七面鳥さんのお導きにより、ついついそれに向かって行っていってしまった。
 マシューの話によると、一つのベッドルームを二人で使っているとのことだった。
 ルームメイトがとても几帳面な人らしく、いつも整理整頓しているから、自分も気を使って奇麗にしている。
 彼がいなかったらものすごく汚くなっていたと思うとにこやかに語っている。
 キャンパスの中は迷路のようにあちこちに歩くところがあり、至るところに色んな建物があって、街のようになっている。
 沢山の生徒達が自由に行き来して、アメリカの大学ライフを楽しんでいる、というより、必死で勉強しているイメージだった。
 皆、小汚い格好して、ほんとにそんな格好で外出るの?ってな驚きで、なりふり構わず、分厚い本を抱え込んで移動している。
 やはり学生はそうでないと、勉強中は外見よりも頭を使うことに必死なのだろう。
 沢山の学生たちとすれ違い、私達はマシューの寮のビルに入っていった。
 コンクリート打ちっぱなしのでかいビルだった。
 階段を上って三階に上がってから、通路を歩いていると、マシューの知り合いの女性とすれ違った。
 陽気にマシューは挨拶していたから、私も合わせて「ハーイ」といくらちゃんみたいに挨拶を交わした。
 「チャーン」じゃないけども、マシューの後を小走りに走ってついていく。
 ドアの前に立って、ここが自分の部屋だとにこやかに知らせてくれた。
 そのドアにはホワイトボードが掛かっていて、誰もが自由にメッセージを書き込めるようになっている。
 なんだか、いたずらに”冷やし中華始めました”って書きたくなってしまう。
 そんな馬鹿な事を考えてたら、マシューがドアをあけた。
 なんだか重いのかギーっという音がドキドキと心に響いた。
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