第一章
6
マシューはドアを押さえ、「カムイン」と顎を突き出して振るように、入れと指示をする。
靴はどうするんでしょうか。
やはりまだ靴を履いたままよそ様の家に入るという、アメリカの習慣には慣れない。
家の中はカーペットが敷いてあるのに、靴OKってやっぱり不思議。
入るのにもじもじしてしまうけど、思い切って足を踏み入れた。
未知なる領域に入り込んだ、アメリカ独特の家の匂いがする。
臭いっていう訳じゃないんだけど、ファブリックの匂いや男臭さが空気に交じり合ってこもっている。
それはすぐに慣れて気にならなくなっていく。
入ってすぐに台所があり、ダイニングとリビングが一緒になった広い部屋へと続き、そこにソファやテーブル、テレビもちゃんと置いてあった。
アパートの間取りと全く変わらずに、奥に二つベッドルームがあった。
恥ずかしさは持続してるし、家の中では賑やかに人の声がして、誰かがソファーに座ってテレビ見ていた。
マシューがすぐそこにいた友達二人に「彼女は杏子だ」と紹介してくれた。
「ナイスチューミーチュー」
とお互い手を出して二人と握手する。
名前言われたけど、頭に入る余裕がなくて、覚えられません。
しかし、これがアメリカの学生寮かと思うと、なんかすごいと圧倒された。
いやん、これってまさにテレビドラマのセットやん。
皆が喋っている姿を見ているだけでドラマのシーンのようだった。
マシューがなんだか嬉しそうに話しているし、堀の深い友達二人も大げさなアクションでわざとらしく体を動かしているその様子は、なんだかこの状況を冷やかしている感じだった。
ここに入って立ってるだけで、私は精一杯で心に余裕はありません。
ただ口元を上げてヘラヘラしているしかできなかった。
どうしようと不安の中で、無理してるから、マシューは気がついてくれたのか、自分の部屋においでと誘われた。
友達もいるし、大丈夫だろうと思いながら、恐る恐るその部屋を覗いた。
小さなベッドが二つそれぞれの壁際に置かれて、部屋を二分している。
そんなに大きな部屋ではなかったけど、ここでルームメイトと一緒に夜を過ごすってどんな気持ちなんだろう思った。
マシューのルームメートはこの日は出かけていない。
寡黙な人らしくあまり喋らないと説明してくれたけど、その方が却って気を使わずに過ごしやすいとか。
勉強机もあったけど、普段は図書館を利用したりして、この部屋で二人でそろって勉強することはあまりないらしい。
体のでかい男二人が、同時にこの部屋を一緒に過ごすのは、少し狭さを感じて辛いかもしれない。
仲がいいわけじゃなく、学校から振り分けられて生活してるに過ぎないから、寮生活も大変だろうなと容易に推測できる。
だから、お互いプライベートに部屋を使うときは相談して譲り合うことになっていると言っている。
お互い気を遣いあって譲り合うのは一体どんなプライベートな理由だろうと思ったが、思うことが一つなので、怖すぎて聞き返せない。
リビングルームが広いので、全く息が詰まるくらいの狭苦しいことはないそうだが、やはり4人で生活するにはそれなりに苦労もありそうな事をほのめかしていたような気がする。
英語だったからこの辺は、適当に、「アハーン、アハーン」と聞き流していた。
自分もどこまで理解をしているかわからない。
腰掛けるところがなかったので、マシューが自分のベッドに座ってって言ってくれた。
それも抵抗ありながらも、恐々と端っこにお尻を引っ掛ける程度に座ってみた。
意外と硬いぞ、このベッド。
そしてマシューも私の隣に腰を下ろした。
ちょっと待って下さい。
一体何が始まるのですか。
心なしか彼との距離がとても近く、会って間もないのに、もう彼の部屋に来て体がくっつきそうなくらいの距離で、彼のベッドに座ってるなんてこれって現実なのでしょうか。
少女漫画とか読んでたら、こういうシチュエーションがあって、読んでる方はドキドキとして、ほらほら、そろそろくるぞくるぞとわけの分からぬままに楽し
むところなんだろうけど、実際自分が本当にこんな状況に陥ってしまうと信じられなさの方が強くて怖いの何の、これアカンやんとピコンピコンと危険信号が
鳴ってしまった。
そこまで私はそんな雰囲気に飲まれてないし、どこかで警戒しているし、でもこれって、七面鳥さんが与えてくれたチャンスなんですか?
ドキドキを通り過ごして爆発しそうに、フンガーってのけぞってマグマが飛びだしそうに鼻血でそう。
いやいや考えすぎ考えすぎ、と何度も思っては落ち着こうとしていた。
その時「キョウコ」と甘い声を出して真剣に彼は向き合ってきた。