第一章


「(今からどこかドライブに行こうか。いいところがあるんだ)」
 メガネの奥から優しい瞳が私をじっと見ている。
 ここまできたらもう断れません。
 午後の南カリフォルニアはとてもよいお天気で、空は青く、空気は澄んで、1月下旬であっても爽やかな陽気。
 再び、リビングルームにいた人たちと挨拶をして、「(もう帰るの?)」と惜しまれながらその部屋を出た。
 でもニヤニヤした男達の顔を見てると、勝手に何を想像されているのやら、こういうのが軽いノリのアメリカンだが、英語だから、私にはどうしてもドラマの世界を見ているようだった。
 自分がその中にいて参加しているというのに、まだまだ現実味を帯びてないこの疎外感はなんなのだろう。
 見るもの全てが珍しく、自分の中で受け入れを処理できないものがあった。
 そこに金髪で青い目のかっこいい男が目の前にいるんだから、夢をみてるしか思えない状況。
 半信半疑がまだこの時はどこかで自分を自制していた。
 外に出て、もう一度ミニホワイトボードが掛かってあるドアを見る。
 沢山同じようなドアがあるが、ここだけは特別に見え、場所もすっかり覚えた。
「(ここへはいつでも遊びに来てね)」
 マシューがにこやかに言ってくる。
 遊びに来るのもまた勇気がいるけど、とりあえず「ハイ」とは返事する。
 そしてまた、彼の後ろをついて行けばそのビルの裏には大きな駐車場があって、さすが車社会のアメリカは、学生達が車を持っているのが前提に広く駐車場を作っている。
 マシューは恥ずかしそうに自分の停めてある車のところまで案内する。
 あまり車のことは知らないし、とにかく乗れて役に立ったらいいくらいの感じだから、機種には拘らない。
 でもマシューの車はそんじょそこらのものとは違った。
「(あれが僕の車なんだ)」
 指を差している前を見れば、一際目立つ車がそこにあった。
 どんなに沢山色んな車が停まっていても、遠くて小さく見えようが、すぐに見分けがつくような代物。
 なんとオレンジ色のジープだった。
 しかもドアがテントのような素材というのか、全体そのものがなんかピラピラしてる、車体にとってつけたようなものだった。
 すごくワイルド。
 こ、これに乗るんですか。
 もうびびった。
 これ、あれですわ、あれ、屋根とかドアとか全部とれて、オープンカーになる、そのままサファリを走るような、はたまた戦場か、ほんとジープ。
 それが派手なオレンジ色だから、なんと目立つこと。
 もうここまで来ておいて引けないし、不安定な要素を蓄積させて、良く知らないままに私は何をしているのか分かってない。
 次から次へと未知なる展開が待っていて、これが現実に起こっていることなんて考えられなかった。
 こういう困惑したときに起こった出来事って、自覚がないままにとにかく進むだけ進んでしまう。
 初めてのジープ。
 なんか車体が高くありませんか。
 足をひっかけてよっこらしょと乗るのもなんか辛い。
「(シートベルトをしっかりと締めてね)」
 というけども、そんなん、言われんでも真っ先にシートベルトに手が行ったわ。
 しかもマシューはしっかり締まってるか確認して触るんだけど、なぜか体にも手が触れる。
 お触りが始まった。
 いやいや、これはアメリカ独特のコミュニケーション、ボディーランゲージよ。
 でも何の意味があるんだ。
 とにかく、しっかりと乗ったところで、車を運転し始める。
 だけどこんなに怖い思いをしているのに、ふとマシューが運転している姿を見ていると、ついかっこいいって思ってしまうのが女の本能なんでしょうか。
 女性が男性に魅力を感じる仕草は車を運転している姿。
 特に後を気にしてバックする姿は、私もすごく萌えを感じる。
 こんなかっこいい人にお手本のように見せられたら、もう見入ってしまった。
 ねぇ、七面鳥さん、一体私のウィッシュはどこへ行こうとしているのでしょうか。
 私はこれを見に来たんでしょうか。
 聖書やらジープやらなんか予想もしない小道具を持ってこられて、そして彼は私を乗せてどこかへ連れて行こうとしている。
 話し方も穏やかで、常に優しく振舞うマシューは、顔もカッコイイし、身長も高く、見るからにカリフォルニアボーイでモテル男にしか見えないのに、私が彼の隣にいることが間違いのように思えてくる。
 自分で言うのもなんだけど、とりあえずは明るく、行動力はある方だと思う。
 色々と迷いながらも決断は早いし、だけどそれは時々無理するという意味もある。
 何が気に入ったのか、日本好きなのが一番の影響力なのだろう。
 とにかく、魔法にかけられたように今日は意識をもってその罠にはまってみよう。
 折角七面鳥さんが叶えてくれた願いなのだから。
 そして車は進み、暫くすると目の前に海が広がり、水面がキラキラとして美しい。
 ここは小高くなっていて、海岸に近いお陰で、ここからの眺めは観光名所というくらい海の景色が映えるところだった。
 彼がここに連れてきた理由。
 これが彼の演出だとしたのなら、それは本当にロマンティックの何ものでもなかった。
 そして彼の口説きが始まった。
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