第二章


 翌日、授業はいつも通りに終了。
 語学学校は朝から昼までの授業しかない。
 午後からは自由時間タップリに、皆好きな事をする。
 さて、私はどうするか。
 校舎の中庭で沢山の生徒がたむろしている。
 相変わらずの陽気なぽかぽかする天気。
 ほんとに1月下旬だというのに、冬が一瞬で終わってしまった南カリフォルニア。
 空を見れば晴れやかな青空が広がる。
 カリフォルニアの爽やかな空はとても高く澄んで、力を与えてくれるような元気パワーが宿っているようだった。
 それに向かってぐっと手を挙げて背筋を伸ばし、体の筋肉を引っ張ってみた。
 ちょっと背伸びして、いつもの自分じゃないような何かを変えたい気分になってくる。
 暫く空を見つめていた。
「杏子、お昼どうする?」
 住んでる場所も近くて、通学のバスも同じなので結構仲がいい真理子が声を掛けてきた。
 大人びた落ち着いた女性で、私より幾分か年上の人。
 気さくな人なので、年下の自分だけど仲良くしてもらってる。
「そういえば、杏子、ナンパされたんだって?」
 まだマシューの事は誰にも話してないが、この間一緒にテーブルに座っていた人たちが、話したに違いない。
 ここでは狭い社会なので噂話はすぐに広まる。
「ナンパってほどじゃないけど、語学交換する約束しただけ」
「何言ってんの。昨日、その人と会ってきたんでしょ。用事があるからってこっそり出て行ったけど」
 真理子には隠せなかった。
 別に隠そうともしてなかったけど、こういう事ってなかなか話すタイミングていうものもあるし、いきなり話せるものでもなかった。
「それで、付き合ってるの?」
「そんな付き合うって程じゃ、まだ会ったばかりだよ。だから語学交換としての勉強の一環だって」
「またまた、もうチャンスじゃん。いいな彼氏ができて。羨ましい」
 真理子は思ったことは口に出すけど、素朴で全く嫌味がないし、人と張り合うこともしない穏やかな人。
 年上ってこともあって、かなり悟りが入ってるので私も気兼ねなく付き合えるところが好き。
 だけど、こうやってチャンスだとか、彼氏だとかはっきりと言われると、私の中では突っ張ってしまう意地が出てきてつい否定してしまう。
 人に言われたら、天邪鬼になってしまうのが私の素直になれないところ。
「そんなんじゃないもん」
 なぜ素直にマシューの事を話して、戸惑っていることや、好きになりかけてドキドキが止まらないって言えなかったのだろう。
 自分の心をさらけ出すのが少し苦手で、もしかしてこれはつまらないプライドなのだろうか。
 自分で自分の恋を邪魔する心理。
 だからこの日、マシューの寮にちょっと顔を出そうとしていたけど、真理子の言葉に影響されて気持ちが引っ込んでしまった。
 何事もなかったように、いつもの集まる日本人仲間とその他の国の人たちとでランチを食べに行く。
 まるでマシューの事を考えないように無理しておどけてはしゃぎまくる。
 結局家に帰って、マシューの寮に顔を出さなかったことを後悔してしまった。
 また電話が掛かってくるのだろうかと思いながら夜を過ごすが、その日はさすがになかった。
 自分から掛ければいいものを、なんだか掛ける勇気もなくて、それなのに声だけは聞きたくて、でもいざ掛けようかなと心が動いたとき、立て続けに毎日声を聞いていいものなのだろうかと疑問に思うし、一体私はどうしたいのだろうか。
 自分でも分からずに、右往左往していた。
 そうして夜は更け、マシューからの電話も、私からの電話もしないままにこの日は終わってしまった。
 マシューの事を考えると胸がパンパンに膨れ上がってしまうのに、恋の仕方を知らないだけで、どっちに行けばいいのか分からないままに森の中を彷徨っている気分。
 だから翌日、思い切ってマシューの寮を訪ねる事を決心した。
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