第二章


 いざ、自分がすべき事を決心した日は、なんだか気が引き締まる。
 それだけ意気込んでるということなのだが、かなり覚悟して踏ん張っているのである。
 いつでも遊びに来てくれといってくれた以上、突然訪ねていっても大丈夫だと自分に言い聞かせ、そしてこの日の授業を終えた後、私はマシューの寮に向かった。
 半分まで行きかけたとき、歩く速度が落ちているのに気がついた。
 どこかで恐れている。
 ドアのベルを鳴らして、彼が出てきたらなんて言えばいいのだろう。
 「また来ちゃった」てへ、ペロっ、「会いたかった」恥ずかしげにもじもじ、「こんにちは」無難に何事もなくポーカーフェイス、どれもなんか違うようで、会ったとき、とにかく自分はどんなリアクションをすればいいのだろうか。
 マシューに迷惑掛かることだけはしたくないし「今忙しいから」なんて断られたらどうしよう。
 それでも足はマシューの寮を目指している。
 三階まで階段を上って通路に出てしまった。
 あの先にマシューの部屋がある。
 あーあーと近づいていくと、心臓が早鐘を力強く打つ。
 そしてドアの前に立って、アレと目を疑った。
 ドアに設置されているホワイトボードにメッセージが書いてある。
 『杏子へ、としょかんにいます』 
 こ、これは私へのメッセージ。
 名前もちゃんと漢字で書いてくれている。
 マシューは私がここへ来るかもしれないと思っていてくれた。
 それだけでなんだか、すごく嬉しくなって、天に駆け上って行く気分。
 よっしゃー、図書館に行く!
 待っててくれる人がいるなんて思うとなんてハッピーになれるのだろう。
 私は、踵を返して、すたこらさっさと図書館に向かった。
 ここの大学の図書館は、それだけで独立したビルになってるので、ものすごく大きい。
 外見もユニークな作りで形が変わっている。
 遠くから見るとUFOが鎮座しているようにも見え、それだけでランドマークになるくらいの有名な建物。
 マシューは最上階で静かに勉強するのが好きだと言っていた。
 きっとそこに居るに違いない。
 なんだか緊張しながら、図書館に入ってエレベーターに乗って上を目指す。
 そしてドアが開いて着いたとき、自然と顔が綻んできた。
 ここで勉強しているんだ。
 でも邪魔にならないだろうか。
 ちょっと顔見て、すぐに返ろう。
 しかし、とても静かな場所で足を踏み入れるのにも勇気がいる。
 特別な雰囲気がして、場違いなところにきたような落ち着かなさがあり、中々入り込めない。
 受付にいた人と目が合って「Can I help you?」といわれたから、ちょっと人探してるんですと言った。
 理由を人に言ったら勇気がでた。
 それですんなりと入り易くなって中をぐるっと回った。
 しかし、隅から隅をみても、マシューがいない。
 全部見た。
 見逃したところなどないくらい、何度も見たけどマシューはいなかった。
 もしかしたら違う階にいるのかもしれない。
 これは順々に見た方がいいと今度は階段で降りて各フロアーを探し回った。
 ところがやっぱり次の階も次の階もいない。
 そして四階に下りてきたとき、ドアを開けようとしたら中々開かない。
 あれ? なんでだろうと、何度も押していたとき、ちょうど階段で下から上ってきた人が声を掛けてくれた。
「(四階は入れないようになってて、開かないよ)」
 ええ! なんか恥ずかしい。
 お礼を言って、また下の階に行ったけども、結局最後までマシューを見つけられなかった。
 きっと入れ違いになったか、用事があってどこかへでかけたのだろう。
 折角意気込んできただけに、すごくがっかりしてしまった。
 仕方ないので、諦めて帰ることにした。
 図書館を出て、バス停に向かって意気消沈しながら歩いているとき、前方に知ってる顔があった。
「杏子! 何してるのここで」
「トーマス、また会ったね。別に何もしてないけど」
「僕たち良く合うよね。仕方がないから付き合っちゃおうか」
「結構です」
 こんなときに、しょうもない冗談はやめてくれ。
 私が相手にしないの分かっていて、この人はお遊びで馬鹿げたことばかり言ってくれる。
 どこか行こうとか誘ってくるのに、いざその気でいたら、いつも忙しい忙しいが口癖で終わってしまう。
 だから全然信用してない。
 その割にはよく付き纏われる。
 悪い人じゃないのは分かってるんだけど、一緒にいててもときめかないのが恋の対象には全くならないところ。
「今日も勉強に忙しいんでしょ。頑張ってね。それじゃまた」
 適当に切り上げてさっさと家に帰った。
 このトーマスも中々読めないところがあって、寄るだけ寄ってくるけど何考えてるかわからない。
 適当にあしらっていれば無害なのでよしとしている。
 今の私には、マシューのことで頭が一杯。
 今晩電話掛けてみようかな。
 私も少しずつ行動に起こせるようになってきたかもしれない。
 だけど事が思うように行かないのも、七面鳥さんの演出なのでしょうか。
 障害があれば燃える。
 会おうと思ってるときに会えないときほど、余計に心に意地が湧いてくる。
 私の中でも何かが徐々に形をなして固まってくる。
 自分の気持ちが具体的になろうとしていた。
 そろそろ、それが行動に現れるときかもしれない。
 そしてその行動とはマシューに近づく時の第一歩。
 期待と未知の好奇心がまたドキドキと気持ちを高まらせていた。

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