第二章
6
デートの約束をするものの、夜景を見るということは夜遅くなるためにホストファミリーに許可を貰わないといけなかった。
ホストファミリーも理解のある人なので、20歳の私が誰と付き合おうと干渉は一切しない。
そこは臨機応変に好きにさせてくれるところがある。
10歳の女の子にまで、「とうとうセックスするかもね」と恥ずかしげもなく堂々と口に出していわれるくらい。
どれだけ、この子はませてるんだと、こっちが赤面してしまった。
ちょっと待って下さい。
いくらなんでも、私そこまで考えてません。
このデートの目的はあくまでも夜景を見に行くことなので、なんで10歳の女の子にそこまで言われないといけないのやら。
ここの家族はものすごく性に関してはオープンで、子供にしっかりと性教育をしている。
全然恥ずかしいことと思わずに、堂々と親の前でも言うくらいだから、なんとも天晴れ。
この家に来たときも、ホストマザーからルールを先に言われた。
「(この部屋でセックスはしてはいけません)」
ベッドルームに案内されていきなり、それはないでしょう。
そんなこと頭にもなかったわ。
やっと着いて、いい部屋だと歓迎してもらえた感謝の気持ちしかなかったところに、はっきりと言われるのはどこか悲しいものがあった。
さすがアメリカ。
そこは割り切っている。
そういう家族だから、私が夜遅くなろうとも気にしないでいてくれた。
いいのか悪いのかわからないけど、自分が割り切れれば、非常に事務的なことで楽なのかもしれない。
デートのことは一緒になって喜んでくれて、応援してくれる。
私も段々とその日が近づいてくると落ち着かなくなって、その当日はなんか寝られなくて起きたら二時だった。
もう一度寝ようと頑張ったけど、起床の五時までずっと布団の中で寝返りばかり打って、結局そのまま起きていた。
目覚ましよりも早く起き、そしてバスルームへ行って身支度しようと鏡を見たとき、なにやら鏡に貼り紙がしてあった。
『(キョウコ、今日のデート楽しんできてね)」
そのあとにニコニコマークが閉めを飾っていた。
ホストマザーからのメッセージだった。
ここまでするか。
なんかもう、笑えてきてしまって、歯磨きしながら泡吹いて笑ってた。
ここまで応援してもらって、全てがアメリカンテイストで楽しくなってくる。
でもさすがにちょっと寝不足で、まだ薄暗い中、家を出るときは大きな欠伸が出てきた。
楽しみって行ったら楽しみだった。
夜景が見られるのは嬉しかったし、それより何より、マシューと一緒に見られるというのが、憧れのシチュエーションのなにものでもない。
寒い夜空の下で、寄り合って宝石をちりばめたような夜景を見る。
なんてロマンチックなんでしょう。
期待だけで胸膨らんで、そわそわ、どきどきの酔いしれるひと時。
こんなこと一人で想像して考えてたら、その日の授業は自分でも何やってるかわからなくなってしまった。
この日の予定としては、昼は一緒に語学の勉強して、適当に時間を潰し、夕方は海辺で夕焼けを見ながらサンドイッチを食べて、そして暗くなったら丘に登って夜景を堪能。
そういう計画だった。
だからずっとマシューと一緒に過ごせることも嬉しかった訳なんだけど、この後一つだけ問題が発生するのである。
ほんとどうしようかと、頭を悩ませる避けられないこと。
そういう些細な事が非常に恥ずかしいから、どうしても拘ってしまう問題なのである。
この時はまだ実感なく、なんとかなると思ってあまり大事に考えていなかった。
とにかく、授業が終わると、私はマシューに会いにいった。
ここからこの日のデートは始まった。
マシューはやっぱり優しくて、いつでも歓迎してくれるし、楽しく過ごせる。
顔もみればかっこいいし、体つきも逞しくて男らしい。
こういう人が側にいるだけで、私はどんどん舞い上がってしまった。
それでもこの状況を気に入りながらも、体は緊張していて、まだまだどこかでのめりこめてない自分がいた。
夢を見ているような、まさにそういう現実味のないふわふわした感覚の中にいるようだった。
そして時間はどんどん過ぎて行く。
これからお楽しみになって行くのだが、徐々に問題が私の中で発生してしまう。
これだけ長いこと過ごしていると、それはどうしても避けられないことに直面するのだった。
しかもこの日は、暗くなってもまだ過ごす約束をしているので、長時間ノンストップに彼が側に居る。
一体何が困ることなのかといえば、実はトイレの問題。
そんなのマシューの寮で済ませと思うだろうけど、それがトイレとマシューの部屋が近すぎて、音が気になって行けない。
実際マシューがトイレにいったとき、ものすごい滝の音が聞こえてきて、自分も同じように聞かれるんじゃないかと思ったらいけなくなった。
みごとな音で、私の膀胱もかなり溜まりこんでるだけにいい勝負の音がでそうなのが目に見えて、こんなの自分が聞かれたら恥ずかしくて生きていけない。
でも尿意は催している。
これはどうすればいいのか。
それなら、用を足してるときに水を流せばいいじゃないかと思うだろうけど、ここアメリカのトイレは日本みたいに音消しのために余分な水を流すことを非常に嫌う。
とくにカリフォルニアは深刻な水不足をいつも抱えているから水に関しては結構厳しいところがある。
うちのホストファミリーですら、私が続けて二度流したことに文句をつけてきたくらい。
「(キョウコ、ちょっと来い)」
と指をクィックイと動かして部屋に連れられた。
そしてトイレの水を流しすぎと怒られた経験がある。
カリフォルニアは特に水が少ない土地だが、その前に余分なお金を払いたくないというケチな性分な人でもあった。
そういうこともあるので、水を無駄にする女とも思われたくない。
しかし、音を立ててマシューの前でトイレに行くのは私には耐えられなかった。
だからこの時、究極の嘘をついてしまうことになる。