第二章


 まさか、その言葉がはっきりと出てくると思わなかった。
 言われたとき、マシューの顔を見て動きが止まっていた。
 声が出てこないのと、何を言っていいのかわからなくて、直接言葉を掛けられたことで、縛られた気持ちになった。
 マシューも私がどう答えるのか慎重になって見ているし、お互い動きがとまったまま静かに時だけが流れた。
 目の前には宝石箱をひっくり返したような色とりどりの美しい夜景。
 空は寒さの中、キリッとした澄んだ闇に映えるあまたの星々。
 誰にも邪魔されずに、ロマンティックな丘の上で、車の中にいる二人。
 そして相手はキスしたいと名乗りを上げた。
 しかもその相手は、金髪で目の青いハンサムときている。
 何を戸惑うことがある。
 本当はこういうのを待っていた。
 待っていたのに、これ現実に起こってることなの?
 頭の中で何かが走り回っているような、パニック状態だった。
 もしかして、走り回ってるそれは七面鳥さんなの?
 中々私が返事をしないので、マシューは落ち着かなくなってそわそわし出した。
 私もどう返事をしてよいのやら、本当はこうなってもいいかな、なんて思っていたけども、でもやっぱり越えられない壁というものがあって、自ら進んで動けなかった。
 やっぱり恥ずかしいというのがあって、こういうときは無理やりにでもキスをしてくれた方がどんなに楽か。
 なぜいつも私に決定権のボールを投げるのだろう。
 判断を私に振るのは、恥ずかしがりやの私にとってものすごく試練なのを分かって欲しい。
 そうこうしているうちに、マシューもこれはいけないと思ったのか、訂正してきた。
「(ごめん、嫌だったらいいんだ。気にしないで)」
 ち、違うの。
 ほんとはいいと思ってても、その、あれで、実は……
 結局は憧れている。
 これを逃すのも勿体無いように思えて、とうとう自棄になって私は首を縦に振った。
「(えっ、それってキスしてもいいってこと?)」
 だから、いちいち確認をしなくてもいいって。
 そのまま突っ走って来いよ!
 言わせんなや。
 と頭で思いつつ、あたふたしながらも「うん」と言ってみる。
 消え入るような声しかでなかった。
 キャー、もう恥ずかしい。
 いくら暗くても、駐車場は仄かにどこからか光が入ってきて、近くに居るマシューの顔はちゃんと見える。
 この適度な暗さゆえ、一度返事をすれば、やぶれかぶれになって気持ちがどんどん高まってくる。
 もう後戻りはできなかった。
 私がその気でいるのを確認すると、マシューの指先が私の顎を持ち上げた。
 この何気ないマシューの動作で、こんなに簡単に自分の首が上に向くことに私はびっくりした。
 しかもこの顎を持ち上げられる動作が、ものすごくドキドキとさせ、身震いしたくらいに萌えた。
 そーっと彼の顔が近づいてくる。
 あーもうだめ。
 目を瞑った。
 そしたら、軽く唇が触れるのがわかった。
 なんかかわいい感じのキスだった。
 私のファーストキス。
 それでドキドキと、もう満足だったのに、マシューは私の首を固定したまま離してくれない。
 思わず『えっ』とびっくりしつつ、そのままで身動きできないでいると、更にキスは続いて終わらなかった。
 こっちは唇重ねるだけだと思っていたから、それ以上に絡んできたのには驚いた。
 体が固まってしまって動けないわ、キスの経験もないし、どのように受け入れていいのかわからないままで、ただ唇を突き出していたら、あとはマシューが好きにやってくれた。
 向こうは物足りなかったのかもしれないけど、こっちはやり方知らないからただじっと唇を提供してるだけ。
 目を瞑っていたけど、なんか感触からして、目の前に蛇がいるような感じだった。
 チョロチョロと舌がでてきて舐められているそんなキスだった。
 そしたら次は手を握り出してきて、マシューは止まる事知らずに、そのままずっとキスしたままだった。
 優しいことは優しかったけど、なんかこれでいいんだろうかとか、不安になってきていた。
 ふと動きが止まったので、そっと目を開けたら、目の前で微笑んでた。
「キス、ウマイネ」
 嘘っ!
 私、何もしてないんですけど。
 上手くなんかないです。
 ただ顔上げてじっとしてただけです。
 そしたらまたマシューはキスをしてきた。
 こんなキスでいいんでしょうか。
 でも私にとっては充分インパクト強すぎて、もう何も考えられなかった。
 とうとうファーストキスを体験してしまった。
 その初めてのお相手は金髪の青い目のハンサムな王子様。
 星が輝く夜空の下で、美しい光の粒が散らばっている夜景を目の前にして、それはもう最高のシチュエーションでした。
 これで一つの一線を越え、晴れてマシューと私はこの瞬間から恋人同士となってしまった。
 ようやくできた初めての彼氏。
 出会ってからこんなにすぐにとんとん拍子に事が進んで行って、やっぱり七面鳥さんの仕業ですね。
 ウィッシュボーンで願ったとおりに夢が叶ってしまった。
 そのうちに、マシューは落ち着き、キスも一段落終わった。
 私もあれだけ恥ずかしかったけど、こうなるともう開き直ってしまった。
 しっかりと手を握られ、それもモミモミされている。
 マシューは、その感触を楽しんでいる様子だった。
 そんなに触って嬉しいものなのだろうか。
 触られる方も、ドキドキするけども、これだけニギニギされると、不思議で仕方がない。
 それが運転中もずっと手を握ったままで、ひえぇ、両手でハンドル握ってくれと心の中で叫んでしまった。
「(運転中はホントはだめなんだけどね)」
 本人も分かってるみたいだが、どうも気持ちが高ぶって触らずにはいられないようだった。
 手を触るぐらいで喜んでくれるのなら、そんなに害はないので好きにさせておいた。
 なんとか無事に家まで送り届けてもらったのだけど、またそこでもすぐには家に入れなくて、もう一度キス攻撃が始まった。
「(明日は授業が詰まっていて、ゆっくり会えないけど、少しでも君と過ごしたいから、教室移動の時30分だけ時間が空くから来てくれる?)」
 もちろん、行くとは言った。
 三十分でも私に会いたいと言ってくれることが嬉しくて、だから私も素直に会いたいと思った。
 またここでおやすみのキスをされ、そして私はやっと車から降りた。(降りられた?)
 降りる直前まで手は揉まれたまま。
 私が家に入るまでマシューはそこから動かなかった。
 これは安全を確かめることなので、送った人は相手が無事に家に入るまで見送るのがアメリカの習慣。
 家のドアを開け、最後に振り返って手を振ると、やっとマシューは車を発車させた。
 今度は私がマシューの車が見えなくなるまで見ていた。
 これが付き合うってことなんだって、初めてのことにすごく感動していた。 
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