第四章
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ホストファミリーが戻ってきても、パーティを開いたことはバレずに済んだ。
奇麗に掃除をして、ペットの世話もきっちりとしてたから、戻ってくるなり思った以上に家が整理整頓されてることにびっくりしてお礼を言われたくらいだった。
掃除に力を入れたのはただの証拠隠滅。
後ろめたいことがあるだけに、却ってこっちが恐縮してしまう。
なんとか無事に事は済み、そしてホストファミリーとの契約も満期終了。
一緒に住んで半年。
色々あったけど、終わりよければ全てよしということで、お世話になった事だけは感謝の気持ちを忘れない。
4月からは、学校からも少し近いコンドミニアムに引越しする。
車を持ってる仲の良い真理子に手伝ってもらって、あまり荷物もなかったから引越しはすぐに終わった。
今度住むところは、中国系のアメリカン姉弟が住んでいるところで、一部屋空いていたから、そこでルームメイトとして一緒に暮らす。
ホストファミリーと過ごすよりも、もっと好きに、自由に、快適に、解放感たっぷりに、最高に、楽しく暮らせそう。
かなり興奮してしまう。
とにかく今までとは違うアメリカンライフを満喫しようと意気込んでいた。
これから新たに一緒に生活をする中国系のアメリカンのルームメイトだが、見かけは日本人と良く似た感じがして親しみがあり、とても人の良さそうな、姉と弟。
コンドミニアムは一軒家みたいなものなので、お姉ちゃんがいるし、弟は男だけど、男の人と一つ屋根の下に住むことを深刻に考えていなかった。
実際、金持ちの地域で治安もよく、ロケーションがとても便利なのが魅力。
学校が定めた通学範囲の特別優遇でバスの無料券がもらえる位置にある事も決めてだった。
しかも玄関開けたら、道路を隔ててすぐ目の前にスーパーがあり、買い物にも便利。
バス停もまん前で、学校までバスに乗って20分だった。
今まで一時間以上かかってただけに、これはとても近くなって楽だった。
偶然に広告をみて、すぐに気に入ってぱっぱと決めてしまった。
相手も、私を気に入ってくれて速攻にOKを貰った。
新しい生活が始まる。
これで気分新たに何かが変わればいいけど──。
コンドミニアムは一見四角い箱のような形だけど、中は生活しやすい設計でとても快適。
一階はカウンターがついた台所にリビングルームとこじんまりとした広さ、二階にベッドルームが3つある。
そのうちの一つを丸まる私が借りて、ついでにベッドも机もついていた。
バスルームは弟のジョンと共同だったけど、ジョンが奇麗好きなので全然問題なかったし、バスルームは私の部屋の方に位置してたので、ジョンの部屋から離れていたお陰で音も伝わる事はなかった。
それにトイレは一階にもあるから、トイレに関してはジョンはいつもそっちを使っていた。
ジョンはほんとに消極的で、いつも恥ずかしそうにしてたので、私の方がリードして話す事が多く、全然気を遣わないので、空気みたいな人。
物静かで、とても優しく全く害はなかった。
サンディの姉の方は陽気な人でかわいくて、私より年上だけどすごく話しやすく、同じアジア人顔だからものすごく親しみが湧いた。
どちらもすぐに意気投合して一緒に住むことに全く問題がなかった。
三人で住むこの生活は開放感溢れて、天国のよう。
束縛されない自由がものすごく楽しくて、水を得た魚のように生き返る思いだった。
ホストファミリーと住んでいたときは、毎週日曜日に教会に連れて行かれたけど、それもなくなって嬉しい。
クリスチャンでもないのに、教会で過ごすのはほんと苦痛で仕方がなかった。
そんなのんびりしていた日曜日の朝のこと。
真理子から電話がかかってきた。
また同じコースを取って、そのままずっと仲良くしてもらっている。
年上だけど気さくだから何でも話せていい友達だと私は常に思っていた。
真理子の前では気を遣わなくていいけど、自然と一歩下がって彼女の立場を立てるくらい一目置くような人だった。
だけど今回初めて、自分の気持ちが揺らいでしまった。
真理子は全く悪くないというのに。
「杏子、今マシューから電話があって、杏子の引越し先の電話番号を失くしたって慌ててたよ」
「えっ? なんで真理子のところに電話が掛かるの?」
「ほら、パーティの時、あの時電話番号交換した」
「うそ、いつの間に」
「杏子、別にマシューを盗ろうとかそういう気持ちはないって。それに私が聞いたんじゃなくて向こうから言ってきたんだけど」
「えっ、うそぉ!」
すごくショッキングで最悪だと思った。
マシューは私の知らないところでちゃっかりと真理子の電話番号を聞いていた。
真理子はお姉さんタイプの美人で、マシューと年も近い。
きっと興味があったんだと思う。
私はマシューにとってただの友達に過ぎないから、マシューが他の女の子の電話番号聞いたところで、私はとやかく言えない立場だった。
でも、私の知らないところで他の女性の電話番号を訊くという行為が、ものすごくショックだった。
私が声を掛けられたときと同じじゃないか。
あの時、私じゃなくて真理子があそこに座っていても同じことになったのかもしれない。
結局は日本人だったら誰でもよかったのだろうか。
でもあの時は、他にも日本人がいたけど私が一番可愛かったとか言ってくれたけど、あれはただのお世辞だったんだ。
それをいい気に鵜呑みにして有頂天になっていたことに今更気づいてしまう。
結局は私が一番引っ掛けやすかった?
なんだか悶悶として、電話を持ったまま不機嫌になっていく。
真理子が私が抱いた疑惑とただならぬ不穏に気がついて、それが伝播するように真理子自身も苛ついていた様子に聞こえた。
こうやって電話をして丁寧に知らせてくれてるだけなのに、真理子にとっては迷惑の何ものでもない。
「とにかく、私は緊急の連絡を受けただけだから、余計な事を考えずに早くマシューに電話しなさい。今日は会う約束してたんでしょ。だからマシューもかなり焦ってたんだと思うよ」
そうだった。
以前からモーターサイクルに乗せてあげると言われてた約束が今日だった。
でも真理子は私の電話番号をマシューに教えたのに、なんでマシューはそれを聞いてすぐに私に連絡してこなかったのだろう。
真理子が教えてくれなかったら、わからなかった。
「真理子、ありがとう」
別に真理子にヤキモチ妬いているとかじゃなくて、マシューの行動にびっくりしただけ。
真理子ならきっと分かってもらえると思うし、私に連絡を取りたいために真理子に電話を掛けたって事だから、これは仕方なのない事なのだろう。
私はなんとか落ち着こうと、納得する理由を並び立てていた。
でもやっぱり、なんで真理子の電話番号を聞いたの?
それってどういう心理があるの?
七面鳥さん、これって本当にどういうことなんでしょう。
そんな思いを抱きながら、私はマシューに電話した。