第四章


 あまり会話がはずまないままに食事が終わり、俺たちはすることがなくなると急にそわそわしだした。
 俺一人席を立って、さっさと帰る事もできたが、セイをこのまま置き去りにしていくのも無責任に思え、俺は暫く様子を窺う。
 ノゾミも同じ思いだったのだろう。
 セイを気にしてチラチラと見ていた。
 そのセイは俯き加減に視線を漂わせて考え込んでいる。
 このままでいたら、ずっとテーブルについたままになりそうだったので、俺は何かないかと周りに視線を向けた。
 フードコートの隣がゲームセンターになっていて、そこには色々と遊べるものが置いてありそうだった。
 目に焼き付く派手な色が集まり、機械音が微かに耳に入ってくる。
 まるでラスベガスのカジノだ。実際行った事ないが、そこだけ雰囲気が違うギャンブル的な要素があった。
「なあ、ちょっとあそこで遊んでみようか」
 俺の提案に反対はしなかったが、ノゾミもセイもあまりピンとこない感じだった。
 俺が立ち上がり、トレイにのった空になった食器を運べば、同じように二人もそれに続く。
 その後は迷わずゲームセンターに足を運んだ。
 適度に人がゲーム機に群がり、まさに獲物を狙う目で勝負に挑んでいた。
 人を観察するだけでも面白い。
 たまたまクレーンで商品をゲットしている瞬間に出会うと、俺は素直に感嘆してしまう。
「よく獲れるもんだな」
 すでにいくつも商品を手にしている者も歩いていた。
 特に大きなぬいぐるみを抱えている奴を見ると、どうやって獲ったのか気になって仕方なかった。
 ノゾミも俺と同じ気持ちでいたのか、ぬいぐるみを抱えている奴に視線がいっていた。
 俺が取れたら、それをノゾミにプレゼントするのだが、絶対俺には無理だと思っていた。
 でも一度くらいチャレンジしてもいいかもしれない。
 何か獲れそうなものはないかと思っていた時、ノゾミが「あっ」と声を上げた。
「どうした?」
「あれ」
 ノゾミが指差した機械には、ホールケーキを型どった丸いクッションが入っていた。イチゴも飾られ、可愛らしく作られている。
 ケーキ作りが好きなノゾミが反応しそうな景品だった。
 それはかなり大きいものだから、それを獲って下さいと言わんばかりに一つだけ所定の位置に置かれていた。
 それを三本の爪で掴んで持ち上げるという動作で手に入れるゲームだった。
 後から知ったけど、それはトリプルキャッチャーというゲーム機らしい。
 上手くレバーを操作して、三本爪が確実に掴めば、簡単に取れそうな雰囲気がした。
 やってみようかと思ったその時、一足早くカップルがその前に立ち、男がコインを投入した。
 どんな感じでプレイをするのか、俺は興味が湧いて見入ってしまった。
 三本爪は揺れながらぬいぐるみの真上を目指して小刻みに動く。
 いい位置に来た時、三本爪がくわっと開いて下に降りていく。そして見事にケーキを掴んだ。
 思わず「おっ」と声が漏れ、なんだか自分の事のようにドキドキしてしまった。
 再び三本爪が上昇すれば、ケーキも一緒になって上がって行く。
 そこでプレイしていたカップルも、見ていた俺たちもぐっときて、興奮していた。
 これは獲れたと誰もが思ったその時、それはあっけなく途中で落ちてバウンドしていた。
 なんだかすごく残念な気分だ。
 自分がプレイしている訳ではないのに──
 カップル達も同じように感じていたのか、またコインが投入され、三本爪が再び動き出した。
 そしてさっきと同じように掴んで、それが運ばれようとしたとき、また途中で落ちてしまった。
 あと少しだけ長く掴んでいたら、それは落とし口に来て、獲れていた。
 カップル達もさらに闘志が湧いたのか、またコインを投入していた。
 俺もノゾミもついつい力が入って見ていたが、セイがぼそっと呟いた。
「トリプルキャッチャーはわざと獲らせないようにしてるから、掴んでも落とし口までは運べないよ」
「えっ?」
 そうしている間に、また途中まで持ち上がり、ぬいぐるみは落ちていた。
 そういえばさっきから掴むことができるのに、それは長く続かず途中で落ちている。
 掴ませるだけ掴ませて、そうは問屋が卸さないスタイルだ。
「機械が獲らせる率を調整してるんだ。ある程度の金額が支払われた時、獲らせてもいいと判断したらあれは獲れるようになるしかけさ」
 セイはさらっと言った。
「じゃああれはかなり金額を使わなければ獲れないのか?」
「基本はそれだけど、弱点を突けば獲れることもある」
「弱点?」
「ぬいぐるみに隙間があったり、タグや紐がついてたりしたら、そこを引っ掛けることで獲れる時がある。でもあれにはそれがついてないから難しい」
 セイの言う通り、カップルは悔しい思いを抱いたまま、後一歩というところで獲れなかった。
 もう5回はチャレンジしているだろうか。
 あといくらつぎ込めば、あれは獲れるのだろう。
 カップルはまだやるつもりで、中々その場所を離れようとはしなかった。
「もし、今やってる人たちが諦めて、次俺がプレイしたら、獲れる確率はあがるってことなのか?」
「一応そうなるとは思うけど、店側がどう設定してるかわからないから、中々獲らせないようにしてるのかもしれない」
「お前詳しいんだな」
「こういうのはコツがあるからね。知っているのと知らないのとでは獲り方が違ってくる」
 目の前で繰り広げられているカップルの一喜一憂。
 すでにコインをかなり投入してるから、今やめる訳にはいかなくなっている。
 俺も意地になってその場所から離れず、最後まで行く末を見てしまった。
 さっきまでは男がやっていたが、選手交代で今度は女がやりだした。
 三本爪は思うところに行って、ぬいぐるみは上手く持ち上がるのに、やっぱり落とし口に行かずに落ちていた。
 それを見ていると、なんだか俺も挑戦したくなってしまう。あれを獲ってノゾミにプレゼントできたらどんなにいいだろうか。
 あれだけお金を投入した後だったらもしかしたらチャンスが巡ってこないだろうか。
 そんな事を考えながら俺はじっと見ていた。
「中々諦めるつもりはなさそうだな」
「あの人たちが諦めても、あれは手を出さない方がいい。お金の無駄だ」
 セイはまるで俺の考えている事が読めたような言いぐさだった。
「お前、こういうゲーム得意な方か?」
「得意ではないけど、獲れそうな奴はなんとなくわかる」
 セイは辺りをキョロキョロしだし、そして見ていたトリプルキャッチャーから離れた。
「おいっ!」
 俺は名残惜しいような気になりながらも、セイの後を続いた。ノゾミも静かについて来た。
 ゲームがずらっと並んでいるところを、セイは一つ一つ見ている。
 そして一つの台の前で止まった。
「これなんかいいかもしれない」
 それはパステル調の小さな丸いぬいぐるみが傾斜状に積まれていて、手前が落とし口になっていた。
 上手く崩せたら、そのまま落ちてきそうだった。
 セイは100円玉をポケットから取り出し、機械に投入する。
「お前やるのか?」
 すでに集中していたセイは、俺が声を掛けても何も答えない。まっすぐに前を向き、機械を操作するボタンに手を掛けていた。
 クレーンのアームが動き出し、それは横にずれていく。
 そして後ろに下がって、腕を広げながらマスコットをぐっと押さえ込んだ。
 その時点で崩れが起こり、一つ転がって落とし口に落ちていた。
「うぉ」
 俺が驚いている間に、アームはマスコットを掴みそれを持ち上げようとする。
 またその時点で二回目の崩れが起こり、もう一つ落ち、上手い具合にアームも一個掴んで、それを落とし口に落とした。
 なんと一度に三つも獲れてしまった。
 俺はびっくりして口を開けたまま、間抜けな顔をさらしていた。
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