第四章


 腰を屈めてセイは取り出し口に手を突っ込み、落ちてきたマスコットを鷲掴みにして引き出した。
 ピンク、水色、緑と淡く優しげな色が付いた丸いマスコット。それはマカロンを形どっていた。
 それを全部ノゾミに渡していた。
「ありがとう。でも、こんなにもいいよ」
 ノゾミは遠慮してるが、セイのそのさりげない行為に俺はなんだか悔しくなった。
 それは俺がしたかったことだった。
「お前、すごいな。3つも獲って、惜しげもなく人にやるなんて」
 さらりと言ったつもりだが、余計な事をと思う部分が少し入っていたかもしれない。
「別に、大したことない。商品も特徴あるものでもなく、人気もなさそうだし、この機械はサービス台だから、比較的簡単に取れやすくなってる。こういうのを置いておいて、客にサービスしてるんだ」
「でも一回で3つだぞ」
「これは掴もうとするんじゃなくて、落とそうと逆に押し込むんだ。そうしたら、バランスを崩して落ちてくる。きっと商品を詰めたばかりだったんだろう。かなり獲りやすくなってただけだ」
「いやいや、そういう攻略もちゃんとわかって台を見極める。観察力があるし、かなり計算高い。俺はそこまで考えられない」
「何言ってんだよ、学校一の秀才が。勉強ではすごい癖にさ」
「ノゾミから何を聞いてるか知らないが、俺は大した奴じゃない。テストで高い点を取れたからって、全てがすごい訳でもない」
「顔もいいじゃないか」
「はっ? そんなの年取ったらどうなるかわかんないぜ。禿げるかもしれないし、太るかもしれないし」
「でも、今は人が羨むものを確実に全て手にしてるじゃないか」
「全てって…… あのな、俺は今の自分に満足したことないぞ。俺だって、不満はあるし、辛いと思う事もある。人はそれぞれ悩みを持って、闇を抱え込んでいるというもんだ。表面だけを見て決めつけてほしくないな」
「嶺の悩みってなんだよ」
 セイは俺を呼び捨てにしやがった。
 でも、名前を呼んだことで、少しは俺という存在を認めたのかもしれない。
「その悩みを簡単に人に言えないから俺は闇を抱えてるんだ」
「だったら、その闇をどう処理するつもりだ」
 さっきから色々と突っ込んできて対抗してくるが、俺を見つめるセイの目はそれを知りたいと真剣だった。
「それは、己の中で折り合いをつけるしかない。どうしようもない事は一杯ある。だが、それに飲み込まれないように上手く付き合っていくしかないんだ。悩んで自分を追い詰めて病んでしまわないように、闇を持ってることを認めるのも手だ」
「そんな余裕なんてあるもんか。結局は大した悩みじゃないから言えるんだ」
「おいおい、悩みと言うのはそれを抱えている本人にしか通用しないもんだ。相手にとればどうでもいいのは当たり前だぞ。自分自身に起こってるから苦しむ」
「まだ自分で処理できるなら俺よりはまっしってことだ」
「人と比べるものでもないだろう。だったら、セイの悩みはなんだよ」
「俺だってそう簡単に言えるか」
「具体的に言わなくても例えばで言ってみろよ」
 セイは一瞬迷うも、重たい口を開くように俺に問いかけた。
「それじゃ、相手のせいで被害を被ってる場合はどうする。そいつが憎くてそのせいで自分が歪んでしまっても呑気に受け入れられるのかよ」
 俺は細い息を吐き、少し考え込んだ。セイの言いたい事も良くわかる。
 だから俺も思った事が自然と口から出てきた。
「人のせいにすることは簡単だ。それで気が済むなら、とことん憎めばいいかもしれない。だけどそんな思いに支配されたら自分も嫌になってこないか?」
「嫌になるから余計に腹立たしくなるんだよ」
「そして周りが見えなくなって心がどんどん病んでいく。最悪、思いつめた時に馬鹿な事をしでかしてしまうかもしれない。それは取り返しがつかないくらいに。でも一時の感情に流されるのも負けた気分になって悔しくないか?」
「それはそうだけど……」
「だったら、時間をおけば必ず冷静になれると思う。その時はもがいて苦しいだろうけど、そういう時こそ負けたくないぞって踏ん張ればいいだけさ」
「口では簡単に言えて、かっこつけられるもんだな」
「まあな、それはそれでいいじゃないか。自分でかっこいいと思えば世話ないよ、それで問題が解決するのなら。で、結局のところセイはそいつをどうしたいんだ?」
「俺は、俺は──」
 その後を言おうとしているのに、言えないで、セイは歯を食いしばっていた。
「セイ君、無理することない。もうセイ君は大丈夫」
 ノゾミが優しく声を掛けた。
 ゆっくりと近づいて、セイが肩に掛けていたスポーツバッグの取っ手の部分に、水色のマカロンのマスコットをつけ出した。
 セイはされるがままにじっとしていた。
 それが終わると同じように俺の鞄にも一つ付けた。
「おい、なんで俺がピンクなんだよ」
「セイ君はやっぱり青系統って感じでしょ。味はブルーベリーかな。私はピスタチオのマカロンが大好きだから緑がいい。そして天見先輩はその残りになっちゃいました。これはイチゴ味かな」
 ノゾミのバッグにはすでに緑色のマカロンがつけてあった。
 色違いの同じ物を鞄に付けると絆が深まるような、特別な仲間に思えてしまう。
 パステルの色合いも優しく目に映り、ノゾミのしたことになんだか心がくすぐられた。
「セイ君、このマカロン大切にするね。ありがとう」
「こればっかりはセイには適わないよな。ピンクだけど、今日の記念に俺も有難く貰っておくよ。サンキュー」
 一応礼はいっておかないと。
「別に大したことねぇよ。ただ運がよかっただけだ」
 無理に絞り出したセイの声は、まだ気持ちの切り替えが難しそうだった。
 セイもこの瞬間が悪くないから、素直にそれを表現するのが悔しいのだ。
 プライドが邪魔して捻くれてしまう──
 俺にはそれがよくわかる。
 自分に似た共通点があった。
「でもその運も、お前がしっかり見てそれを手に入れた。すごい事だと思うぞ。何も考えないで行動してたらその運も来なかったよ」
 セイは戸惑っている。俺の言葉は少なくともセイの心に刺さったようだ。
 セイは再び俺をじっと見つめていた。俺を吟味しているような、まだ色々と知りたいような、俺の中に入りこもうとしている目だった。
「俺には見る目があるならば、嶺を見込んで頼みたい事がある」
「なんだ」
「俺に勉強を教えてくれ」
 意外でもあり、学生らしい頼みでもあった。
 だが、何を根拠にいきなりこんな展開になるのか。
 どんどん迫ってくるセイに、俺の方が戸惑ってしまった。
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