第六章


 俺は行くあてもなく、じめついた夜の中、とぼとぼと歩いていた。
 とりあえず最寄りの駅前に着いたものの、家にも帰れない、こんな時間に突然訪ねて行って泊めてくれるような友達もいない。
 かといって、ホテルに泊まる程の金もないし、公園で野宿するわけにもいかない。
 気軽に行けそうなネットカフェも確か18歳未満の高校生は22時以降の利用が法律で禁止されている。
 どうしようもなく絶望しているとき、後ろから肩を叩かれた。
 振り向けばそこにはユメが微笑んで立っていた。
「天見君、みーつけた」
「えっ?」
「さっきね、ノゾミから連絡があったの。この駅の付近に天見君がいないか見てきて欲しいって。変な事聞くもんだなって思ったんだけど、ほんとにいたからびっくりした」
 そういえば以前ユメがこの辺に住んでると言っていた。
「なんでノゾミがお姉さんに連絡なんか」
「ノゾミも人から連絡を貰って、それで天見君が心配になったんだって」
 セイが連絡したに違いない。
 俺が何もかも知ってしまったから、それでノゾミに報告、または相談というところか。
「だけど天見君、なんでこんな時間にこんなところにいるの? 未成年はこの時間うろついたら危ないぞ」
「それが、今日帰るところがなくて」
「えっ?」

 ユメは訳を話してみろというので、俺は正直に事の成り行きを説明した。
 父親の事、母の事、セイの事、そしてノゾミの事。
 上手く伝わってるか自信がなかったが、ユメは何度も頷いて聞いてくれた。
「そっか、複雑な話だね。しかもノゾミが天見君の弟を手助けしていたって、どこで知り合ったんだろう。まあノゾミが係わってる以上、姉としても放っておけない。ねぇ、泊まるところがないんだったら、うちこない?」
「えっ!」
「あっ、大丈夫よ。襲わないから」
「えっ、えっ!?」
 そういう意味じゃなくて、俺これでも男なんですけど。
 気安く一人暮らしの女性の家に泊まるのはヤバイと思うんですけど。
 頭ではそう思っているのに、上手く口で言えないまま「えっ、えっ」とそんな鳥の鳴き声があるように、ずっと連呼していた。
「いいからいいから」
 ユメに背中を押されるまま、俺は結局従ってしまった。
 ユメのアパートは、少し賑やかな場所から外れ、入り組んだ下町みたいなところにあった。
 景観を意識して整備されたセイの高級マンションが立ち並ぶエリアとは対照的に、こっちは庶民的な、昔ながらの整備されていないごちゃごちゃした街並みが広がっている。
 それでもこの辺りは決して安いとは言えないらしく、駅周辺だけあって見掛けが悪くても値ははるようなことをユメは言っていた。
 そこでもある程度妥協できて自分が払える範囲の部屋を探し、ユメは少し古めのアパートの一室を借りていた。
「住めば都よ」
 あっけらかんとして、俺を部屋に招き入れてくれた。
 外装も内装も古臭さを感じるが、掃除が行き届いていて、とてもきれいだった。
 大きさにしたら、自分が住んでる部屋と変わらない。
 恐縮しきって、体が縮こまっていると、ユメにバシッと背中を叩かれた。
「何遠慮してんの。私がいいって言ってるんだから、リラックスしなさい」
 ユメはわざと何事もないようにふるまっているのかもしれない。
「ありがとうございます」
 ベッドのある部屋に連れられ、そこのカーペットが敷いてある床に腰掛けた。
 飲み物を提供されたけど、何もいらないというと、「お酒が飲めるチャンスだよ」とからかってくる。
 俺はユメのこのノリにはついていけない。
「俺、始発が出る頃に帰りますから」
「何言ってるの。明日は休みでしょ。ゆっくりしていけばいい」
「ユメさんだって、折角の休みだし」
「私も別にすることないから、大丈夫よ」
 ユメはあれから下北から連絡が一切なく、全てはすっきりと片付いた事を知らせてくれた。
 俺のお蔭で全てが上手くいったと思い込んでいて、それで今度は俺の事が放っておけなくなったようだ。
 ノゾミにも心配するなと一応連絡を入れ、俺にスマホを向けて、喋るかと勧めてきたが、俺は軽く首を振った。
 電話を切った後は、少し難しい顔をして俺と向かいあった。
「ノゾミ、天見君の事をとても気にしてたわ。あの子今頃かなり落ち込んでるかも」
「後で俺からもちゃんと説明します」
「最近元気がなかったのよあの子。何をするのも気怠そうでさ。この事、ずっと悩んでたんじゃないかな」
 遠まわしに、ノゾミを庇って、俺が怒らないように手を打っている。
 別に騙されていた訳ではない。俺が勝手に勘違いしていただけだ。
 ノゾミは自分の弟じゃないとはっきり伝えた。偶然にも、ユメの弟の話と被ってしまって、ここでもさらなる勘違いに繋がってしまった。
 原因が分かっていても、その勘違いを利用していたとも思えるから、俺は複雑だった。
「天見君疲れたんじゃない? 布団敷こうか」
 俺がぼんやりとしていたから、そう見えたのだろう。
 俺たちの間にあった小さなちゃぶ台を部屋の隅に立てて置き、押し入れから布団を取り出した。
 ベッドと並行して、ユメは手際よく敷く。
「夜中にお腹が空いたり、喉が渇いたら、勝手に冷蔵庫開けて、何でも口にしてくれていいから」
 俺は用を足し、歯を磨く代わりに、軽く口をゆすいだ。
 大きめのTシャツとスエットパンツを貸してもらい、見えない所で着替えた。
 それは男物だったけど、俺は何もいわなかった。
 俺が布団に入ると、ユメはお風呂に入りに行った。
 なんだか落ち着かず、ユメが風呂から出てきた時、寝たふりして誤魔化す。
 ユメもベッドの中に入る頃、電気を全て消したが、中々眠れそうにもなかった。
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