第八章
2
俺は今、ゲームセンターに来ている。
ノゾミが欲しがっていた、あのケーキを型どったぬいぐるみが置いてあるゲーム機の前にいる。
トリプルキャッチャー。中々獲れないように設定してるいわくのゲーム。
これを獲ってやる。
まずは誰かがチャレンジしている様子を先に見ることにした。
中年の男性がちょうど挑戦していた。
ここで獲られたら、俺には確実にチャンスはないが、獲れなかったらその分確率が上がってくる。
案の定、持ち上げられるけども、途中で落ちていた。
何度かそれを試みるも、結局は諦めてどこかへ行ってしまった。
その後、小学生たちが集まってワイワイと騒いでやりだした。
持ち上がった時、獲られると思ってハラハラしてしまう。それが落ちて失敗すると、喜んでいる自分がいた。
小学生たちは交代でチャレンジするが、やはり獲れなくて、諦めていた。
とりあえずはみなチャレンジしたくなるが、獲れそうと見せかけて獲らせないとわかると、さっと諦める人が多かった。
それからしばらく見ていたが、チャレンジする人が居なくなった。
俺はその機械の前に立ち、躊躇していた。
ケーキは隅っこの方に傾いて落ちていて、三本爪が届きにくそうな位置に来ていた。
その時、後ろから声を掛けられた。
「位置を直しましょうか」
俺が横にずれると、その女性従業員は、鍵を取り出して機械の扉を開けた。
ケーキの位置を真ん中に置いて、扉を閉めて鍵をかけた。
「頑張って下さいね」
「あ、あの」
俺は思わず声を掛けていた。
「はい?」
「これは獲るコツとかあるんでしょうか」
「えーとそうですね。これは運もあるでしょうね」
やはり調整されているのを知ってるから、そんな風に言ったのだろう。
「これ、どうしてもほしいんですけど」
「そうですね。頑張って下さいとしか」
「やっぱりそうですよね」
コインを投入し、まずは試しにやってみた。
レバーを握れば、それは簡単に動かせ、意外に色んな所に移動するのを知った。
店員が位置を整えてくれたおかげで、三本爪もいい位置に持ってこれた。
狙いを定めてボタンを押したら、ドキドキしてしまう。
それが上手く掴んでくれたから、この時はやったーと舞い上がってしまった。
しかし、移動で見せしめのように落ちた。
やっぱり、中々そう簡単に獲れる物ではなかった。
それでもここまで持ち上げられたら獲れそうな気になって、次も力が入った。
結果は惨敗。
こうなると、チキンレースと同じで、どこまで自分がコインを投入できて、いつ勝利にありつけるかと賭けをするしかない。
俺はどんどんコインをつぎ込んだ。
1000円までは苦になくつぎ込んだが、そこからになると、躊躇してくる。
所持金も少なくなると不安になり、焦りの方がどんどん強くなった。
11回目もやっぱり獲れなかった。
またさっきの従業員がやってきた。
「位置を整えますね」
取りやすい位置に置いてくれるのは有難いが、獲れるという保証がないので、力なくお礼を言った。
「そろそろ、来るんじゃないですか?」
「えっ?」
その言葉で、なんだか急に獲れそうな気になり、俺は姿勢を正し気合を入れた。
コインを投入。レバーを握り、そして位置を定めた。
その運命の時、ボタンを押し、それはしっかりとケーキのぬいぐるみを持ち上げた。
この時点でドキドキする。それが移動中も何とか落ちないでいてくれた。
もしや、もしかしたら。
獲れろ!
俺が強く願ったその時、それは落とし口に来てそしてそこで落ちた。
「ああ!」
思わず叫んでしまう。
「おめでとうございます。よかったですね」
俺は取り出し口に手を伸ばし、それを手にすると、従業員はビニール袋を一枚くれた。これに入れて持って帰れということなのだろう。
「ありがとうございます」
獲れる時は本当に獲れるんだ。
あの従業員は職業柄感づいていたのかもしれない。そこで獲りやすいように位置をずらしてくれた。
あの助けと、ちょうど三本爪の設定が獲れる時に来ていて、上手くできたのだろう。
1200円の出費も妥当と言ったら妥当だ。
それにこれは非売品だから、それだけ価値のあるもの。
ノゾミはきっと喜んでくれるだろう。
そして、その時、俺は告白する。好きで好きでたまらないと。
また鼻血をだすだろうか。
ケーキのぬいぐるみと一緒にティッシュ一箱もつけた方がいいかもなんて、俺は幸せを感じて一人でニヤニヤしていた。