第八章
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告別式の日。
ノゾミのクラス全員とその担任。そして俺も一緒に参加する。
自分の担任に話をしたら理解してもらえたのが大きかった。ダメだったら、授業を無断欠席しようと思っていた。
ノゾミの家がレスポワールと知った黒木は何を思っているのか、ちらりと様子を探れば、殊勝になって俯いていた。
泣いているクラスメートも居て、みんなどこかでショックを受けている様子だった。
出棺の前に、別れ花を棺に入れるのが始まった。
俺はケーキのぬいぐるみを持って、それに参加させてもらった。
誕生日プレゼントとして用意していたのに、こんな風に渡すとは思いもよらなかった。
柩の中を覗けば、花に囲まれ眠っているノゾミがいた。
俺はそのぬいぐるみを胸に置いた。
この時、なぜキスをしなかったのか後からすごく後悔した。
勇気を出して柩の中に顔を近づけるだけでよかったのに、俺はそれが出来なかった。
出棺していくノゾミの柩を見ながら、俺は自分の臆病さを呪った。
それから数日がたち、消失感に苛まれ、俺は何のやる気も起こらなかった。
今日は7月17日。月曜日だが、カレンダーでは海の日の休日となっている。
本来なら、今日がノゾミとの約束の最終日になるはずだった。
俺は家で寝転がって、溜息ばかりついていた。
その時、ドアベルがピンポーンと鳴った。
休日にここへ来る奴なんて誰もいない。
かったるくドアを開ければ、郵便配達員が立っていた。
「書留です。印鑑、もしくはここに受け取りのサインを」
俺はペンを取って、さらさらと名前を書いた。
配達員は用が終わるとすぐに去っていった。
ドアを閉め、手紙を確認する。
『叶谷希望』の文字を見つけ、俺は震える手で、封筒を開けた。
中には手紙と、もう一つ小さな紙切れが入っていた。
それはロト6という数字を選ぶ宝くじの抽選券だった。
「えっ? 宝くじ」
俺は手紙を早速読んだ。
天見先輩
約三ヶ月間私の我がままにお付き合い下さってありがとうございました。
これを読まれる頃、色々とあるかと思いますが、私はとても幸せだったということだけ知って下さい。
それと、お約束の一億円ですが、端数とかも入ってます。
どうか夢を叶えるために使って下さい。
先輩の幸せを願ってます。
叶谷希望
(思いっきりの愛を込めて)
なんだよこれ。
一億円って宝くじのことだったのか。
そこには数字が6つ並んでいた。
──04 07 12 17 25 31──
抽選日が2017/07/06
とっくに10日以上前に抽選は終わっている。
俺はこれを見た時なんだか変な気分がした。
コンピューターを引っ張りだし、俺はネットで当選番号を検索した。
ロト6の公式サイトで、その時の当たり番号を見て、照らし合わせ、俺は息を飲んだ。
「あ、当たってる」
ロト6は2億円が当たるとあるが、キャリーオーバーがあったり当選者が複数になれば、その時の売り上げも考慮して金額に変動がある。
この時、当選金額は101,612,600となっていた。2口とあるから、二人当選者がでたということだ。
何かの冗談かと思ったが、問い質したくてもそのノゾミはすでに死んでいるし、こんなことありえないと思えて仕方がない。
そして俺ははっとした。
ノゾミが選んだ数字には、俺の誕生日とノゾミの誕生日が入っている。
残りは04と17。これも日にちを表してるとしたら、その日はノゾミが俺に告白してきた日だ。
これはただの偶然なのだろうか。
待てよ、抽選日が7月6日という事は木曜日。ロト6の抽選日は毎週月曜と木曜に行われる。
するとこれは4日から6日の時間内に購入しなければならない。
あの時、期末テストがあった週だから、終わったのが5日だった。その日、俺はノゾミの家に訪ねて行った日だ。
あの時、ノゾミは買い物をして帰ってきたが、その時ついでに購入したに違いない。
俺のためにケーキを作ろうとして、材料を買ってきた。それが以前作りたいと言っていた約束のケーキだった。
だからあの時、帰り際にこれで約束が全て果たせたと思って、俺に別れを告げた。
一億円を書留で送る事も言っていた。
書留も、わざわざこの約束の日を指定して、送って来たに違いない。
全てに意味がある。
これはノゾミがあらかじめ分かって、やっていたという事だ。
一億円と三ヶ月の期限の理由──
そんな馬鹿な。
そうしたら、自分が死ぬこともわかっていたという事になってしまう。
まさか。
一体どういう事だ。どういう事なんだ。
俺は思い立って、家を飛び出した。