過去のブルーローズ


 私は知ってる限りの全てを、エレナに語った。
 エレナは目に涙を溜めて、この話を静かに聞いていた。
 私が話し終わった後、伏目がちにエレナに顔向けできないでいると、エレナは私に近寄って、優しく抱きしめてくれた。
 どれほど、それが心に沁みて救われたことだろう。
 眼球の奥から押し上げるように、目頭が熱くなり、体の中から何かが抜けていくように震えが止まらなかった。
 エレナをすがるように抱きしめ、私は咽び泣いていた。
「エレナ、本当にすまない。全て私が悪いんだ。エレナに憎まれても仕方ないと思っている」
「お父さんは何も悪くないわ。私、お父さんを憎んでなんていないわ。だって愛しているんですもの。お父さんが罪を犯したと思っているのならそれはもう充分神様も許していらっしゃると思うわ。それにパパとママだってお父さんを責めてないと思うわ」
 エレナの抱きしめる手が力強かった。
 そして神様に感謝した。エレナが許してくれるのなら私はもうそれだけで充分だった。
 ずっと秘めていた、私の過去の思い。
 苦しく、罪悪感の日々でしかなかった。
 それをエレナが受け入れてくれている。
 エレナを見れば、マリーとそっくりな笑顔で私を見ていた。
 そこにデイビッドの顔も重なって見える。
 私は二人に許されたのだろうか。
 それがわかる時は、私も二人の行ってしまった場所へ行った時なのかもしれない。
 エレナはマリーにそっくりであるけども、全てを話しきった今、私の遠い過去の話も少しだけ薄れるように、そこには以前ほど感じたマリーの姿が重ならないように思えた。
 過去よりも未来。
 済んでしまった事は変えられないのなら、この先は悔やまない日々を過ごせばいい。
 血が繋がらなくとも、私をエレナの父親と見てくれるのなら、私はそれに応えればいい。
 エレナが幸せになることが、マリーとデイビッドの願いなのは間違いがない。
 私はその責任を果たしたと、二人に胸を張れるようになりたい。
 そして、それまでエレナの父親でいさせて欲しいと、私は暗黙に二人に願った。
 エレナは、私から離れると、おもむろにお腹が空いたと口に出した。
 お腹を押さえ、いたずらっぽく私に空腹をアピールする。
 沈んでいた空気が、すぐさま明るくなったように思えた。
 これも済んだ事はすでに終わったという、エレナの意思表示なのだろう。
「ねえ、お父さん、今夜は私が夕食を作るね。これでも料理がうまくなったのよ」
 今までの話を掻き消すかのように、エレナは笑って私に言った。
「そっか、それは楽しみだな。エレナはいい妻になるぞ」
「だといいんだけど」
 そこにライアンの事を考えてるくらい私にもわかった。
 そのはにかんで、夢を見ているエレナに、私は自分の願いをぶつけた。
「エレナ、私の願いはエレナが幸せになること。だからライアンと幸せになって欲しい」
「お父さん、私はいつも幸せよ。もちろんライアンと一緒にいるとそれ以上に幸せを感じるわ。だから安心して」
 ライアンの名前がエレナの口から出る度に、エレナの目は輝く。
「そうか、そんなにライアンの事が好きなんだね。それならなぜ彼から一度離れてしまったんだい。それにもしライアンがエレナを探し出さなかったらどうしたんだい」
 私はつい訊いてしまった。
 こんなにもライアンの事が好きだったにも関わらず、行く先も告げずにライアンから去っていくことは辛かったに違いない。
「カイルとの婚約破棄後、私、素直にライアンの元にはいけなかったの。カイルと別れたからといってすぐに他の男性と一緒になる事が簡単に割り切れるもので はなかったわ。そしていつも人に頼っていた自分が腹立だしくて、一人で生活してみたい気持ちもあって自分を試したかった。ライアンの事は好きだったけど、 自分の気持ちに正直になれて、心の中で彼を思っているだけで幸せだった。今まではそれを否定していたから。でもいつかライアンが私を見つけてくれたら、素 直に飛込もうって思っていたの。 ライアンが私の事を思っていてくれていたら、きっとまたいつか会えるって信じていたわ。だから会えなかったら私は諦めていたかもしれない」
「だけど結局は会えた訳だ。そしてライアンも真剣にエレナを愛してくれていたんだね」
 私が、そう言うと、照れて恥ずかしそうにエレナは笑っていた。
 その幸せがいつまでも続いて欲しいと願わずにはいられないほど、私はずっとエレナのその笑顔をみていたかった。
「さあ、今夜は何を作ろうかしら」
 エレナが立ち上がり、台所へ行った。
 そして冷蔵庫を開けたとき、私を叱る声が聞こえてきた。
「やだ、お父さん。冷蔵庫の中何もないじゃない。一体毎日何食べてたの、だめじゃない、栄養のあるものしっかり食べなければ」
 私は答えに困ってしまった。
 そう言えばいつも簡単な物しか食べてなかった。
「エレナ、今日は外で食事をしないか。久し振りに親子で美味しい物を食べに行こう」
 私がそう言うと、エレナは私の元にやってきて嬉しそうに言った。
「それもいい考えね、お父さん」
 私はエレナが戻ってきてくれて嬉しかった。
 もう少しこのまま親子として暮らせたらと、急に欲が出てくるようだった。
 そしてエレナがいつかライアンの元へ行 く ことを祝福しながらも、寂しい思いを感じてしまうのは娘を取られる父親の心境なんだろうと思えた。
 私が愛した人達の大切な娘。
 そして私にも大切な娘に変わりはない。
 例え血が繋がってなくとも。
 エレナの青い目は澄んで美しく、それを見るとブルーローズを想起する。
 マリーとデイビッドの二人のブルーローズは、今も輝きながら咲いているのか、エレナとライアンの中で受け継がれているのが はっきりと見えるようだった。


<The End>




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