第十章


 市長がいる建物は新しくモダンに立て替えられて、シティマネージャーオフィスと称されていた。
 市民が親しみ易いように、大きな広場を設置し、そこには噴水のように水が噴出しては、子供達が遊べるように工夫していた。
 建物は落ち着きのあるレンガ色をベースに、ガラス窓の部分が大きく、開放感があった。
 見かけはフレンドリーではあるが、ライアンもカイルもふらっと訪ねて、市長に簡単に会えるとは思わなかった。
 市長がどこにいるか、その場所だけを案内ボードを見て予め頭に叩き込んでいた。
 受付では市長に会いたいと申し付けるが当然、拒否された。
 それでも二人は最初から大人しくするつもりはなく、お互い顔を見合わせてニヤッと笑うと、いきなり走り出して階段を駆け上がって市長のいる部屋へと突進した。
 そんな怪しい行動をすれば、すぐに騒然とし、警備員が追いかけてくる。
 ライアンもカイルも、ここ最近命がけの経験をしているために、寧ろそういう刺激がないと却ってつまらなく感じてしまうくらいだった。
 市長の部屋の前に到着し、ノックもなくいきなりドアを開けた。
 市長はデスクに座り、何かをしていた様子だが、突然二人が現れて、非常に驚いては戦慄していた。
「き、君たちは誰だね。いきなり入ってきて何事だ。警察を呼ぶぞ」
 ライアンもカイルもそれを聞いて笑った。
「連れて行かれるのはどっちだろうね」
 カイルが意味ありげに言った時、警備員が数人入って来て二人を取り押さえた。
「さあ、警察を呼んでくれ」
 ライアンがニヤリと笑みを浮かべて市長を見つめた。
 市長は眉間に皺を寄せるも、なんだか嫌な予感を感じ、警察が絡むのは具合が悪いと直感で感じた。
 取り押さえられても余裕で笑っている二人の青年の行動が、自分のやましい事に心当たりがあるように思え、市長は話を聞く姿勢になった。
 警備員に指示をして、二人から離れさせた。
「君達は一体何の用かね」
「市長、話がある。市長にとっても大切な話だ。人に聞かれたら困るぐらいのな」
 ライアンが言った。
「だからなんなんだ」
 ライアンは市長に写真を突き出し見せると、市長の顔は見る見るうちに真っ青となっていった。
 そしてすぐに警備員に下がるように命じ、恐々とした表情で二人と向き合った。
「市長はパシフィックランド不動産とかなり親しいんじゃないのかい?」
 ライアンはじりじりと攻めた。
「君たちは一体私に何を言いたい」
「僕はあの施設で育った人間です。あなたが立ち退きを命じた」
 カイルが突然それを言うとライアンは驚いた。
「あなたは裏で賄賂を受取りパシフィックランド不動産に便宜を計った。自分の利益のために、あの施設を取り壊そうとしているなんて、僕はそれが許せない。今すぐそれを止めさせるか、それともあなたが警察に行くかどちらか選んで下さい」
 市長はたじろぐが、まだ自分が有利だと思って強気に出た。
「そんな写真だけで証拠にはならない。君たちのことなど信用しないだろうし、それに、君たちの方が強請りとして、罪に問われるぞ」
 ライアンはそれを聞いてニヤッとした。
「おっさんよ、俺の事忘れたのかい。あんたの主催したパーティで会ったことあるだろう」
 市長はライアンを見たが、まだ事の重大さに気がついてない。
「やだね。すっかり忘れてるよ。警察は俺達を信用しないだと。笑わせるんじゃねぇ。俺はアレックス・スタークの息子だよ。鬼の捜査官のスタークだよ。親父が息子の事を信じないと思うか?」
 市長はこれ以上青くならないというくらい、血の気が顔から抜けた。
 観念したのか落胆した声で口を開いた。
「私はどうしたらいいんだ」
「立ち退きを今すぐ撤回すること。そしてこれから先も市が協力して施設の運営を助けることを保証して貰いたい」
 カイルが言った。
「そしたら俺達はこの事は誰にも言わねぇって約束するぜ」
 ライアンも付け加えた。
 市長はライアンとカイルを見つめ、真剣勝負で挑んでくる目に、悪いようにはならない、信頼に似たものを感じた。
 自分が罪を犯している以上、何も失うものもない条件で助かるのなら二人の要求を呑んだ方がましだった。
 ゆっくりと頷き、この二人に身を委ねた。
 ライアンとカイルは、お互い見合わせほっとしていた。
 ほんとにこれで上手くいくのか半信半疑でもあったが、信じるしかなかった。
 二人はオフィスを何事もなかったように出て行った。
 またちょっとしたスリリングを味わえた事は余韻になっていた。
「なあカイル、お前あの施設出身って本当か」
「ああ、お前にはまだ言ってなかったな。僕は生まれて間もない頃、あの施設に引き取られたんだよ。六才まであそこで育って、その後今の両親に養子に貰われたのさ」
「そっか、知らなかったぜ。でも育った場所なんて関係ねぇ、お前は素晴らしい男さ。俺はお前には絶対に勝てねぇよ。頭も良くて性格もよくていつも羨ましかったぜ」
「何言ってるんだよ。お前の事が羨ましかったのはこの僕の方だよ。ライアンはいつも自由で自分の思ったことをなんでも行動にできて、話も上手くて要領がよくて女性にもモテる。僕が手にいれる事ができないものを持っていた。中学生の時からずっと羨ましかったよ」
 お互いの事を羨ましがっていたことを知って二人は笑っていた。
 だからこそ自分達は惹かれあったということを口に出さなくとも、二人は理解していた。
「カイル、エレナと幸せになれよ。正直俺もエレナの事が好きになっちまって、お前に迷惑掛けたけど、お前たちが幸せになるんだったら、俺も心から祝福できる。まあ、これも羨ましいことにはかわりないけど、俺がそう納得してるんだから、気にするなよ」
 カイルはライアンの素直な気持ちが、チクリと胸に突き刺さるように感じて痛かった。
 とりあえず『ありがとう』と小さく呟いたが、ライアンの潔さにはレイと同じものを感じて辛くなった。
 コナー博士の『自分の事ばかり考えていた事が間違いだった』という言葉が頭から離れなかった。
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