第九章
7
意識が消失し、まるで糸の切れた操り人形のようにエレナはJの小脇に抱えられ、ぐったりとしていた。
「その子をどうする気だ?」
デスモンドが尋ねると、Jは含み笑いをしていた。
「博士が言うことを聞かない時の人質ですよ。それにあの書類はどこか怪しさを感じました。全てをスムーズに運ばせるためにも、彼女は私達が預かりましょう」
「しかし、なんで突然倒れたんだ。かなり弱っているように見えるが、そのままにしておいても大丈夫か」
デスモンドはエレナを覗き込み、様子を探っていた。
「さあ、わかりません。熱があるようだが私にはどうでも良いことです。この状態の方が博士も益々協力することでしょう」
「まあ、死なない程度にやれよ。死んでしまったらやっかいだ。それこそ博士は言うこと聞かないぞ」
「その点は気をつけます」
Jはエレナを連れてエレベータに乗ったが、行き先はビルの屋上へと向かう。
そこには会社専用のヘリコプターが待機していた。
ドアが閉まった後、動き出したエレベーターの中でライアンは尻持ちついたまま、悔しがって悪態をついて苛立っていた。
自分が必ず守ると言い切っておいて、このざまは自分自身許せない。
絶望感と恐ろしいほどの恐怖に、ライアンは押しつぶされそうになっていた。
「いつまで座り込んでいる。立て、目障りだ」
「だってさ……」
ライアンはレイとの距離感を取るのを忘れていた。
「煩いガキだ」
咄嗟にレイは足で蹴り上げた。
「うっ」
ライアンが呻き声をあげ、そしてすぐさま、胸ぐらを持ち上げられた。
「自分がどうすればいいか、わかってるな」
レイは組織側の役割を果たしていると同時に、ライアンを奮い起こさせようとしていた。
ライアンは黙って聞いていたが、レイと目が合わせられない。
全ては自分のせいでこんな事になってしまった。
あの時、落ちてしまった封筒に気をとられ、その一瞬の隙をつかれてエレナを奪われてしまった。
「わからねぇ、俺は一体どうすればいいんだ」
「自分の命があるだけでも有難いと思うんだな」
レイはエレベーターのドアが開くと同時に、ライアンを放り投げた。
ライアンは体をよたつかせて、また床に尻餅をついていた。
その前を男二人がダニエルを支えて歩いていく。
その後ろで、レイはもう一度ライアンの胸ぐらを掴み、引っ張りあげて立たせると、素早い動きでライアンの革ジャンのポケットに何かを突っ込んだ。
「しっかりしろ」
小声で呟いた後、レイはライアンが持っていた封筒を取り上げ、そして去っていった。
ライアンは呆然としてしまい、完全に自分を見失っていた。
その頃、ビルの外では、ハワードとカイルが二人の事を心配しながら車の中で待っていた。
「いつになったら二人は外に出てくるんだ。一体中で何が起こってるんだ」
カイルがイライラしながら吐き出した。
「落ち着け、カイル。必ず助け出せる」
ハワードも本当は心配していたが、プロ意識が強いため、まずは自分が落ち着いていることを示さなければなかった。
そのうちにビルの前に黒いバンが止まり、動きが見られた事で、二人は姿勢を正した。
そこに、二人の男に支えられて、白髪交じりのやせ細った男性が現れたのを見るや、体に力が入った。
「もしかして、あれがコナー博士か」
ハワードは緊張した。
ダニエルは、男二人と一緒に車に乗り込んだ。
次に、ビルから出てくるレイの姿が目に入った。
「あっ、レイだ」
これから救い出す計画が実行されることに、カイルは非常に緊張して固唾を飲んだ。
その後にライアンが追いかけるように走ってビルから出てきたが、エレナが一行に姿を見せない事に、二人は嫌な予感を感じる。
「エレナはどこだ? なぜライアンと一緒に居ないんだ? そんな、まさか……」
焦りと不安が入り交じり、カイルの動悸が激しくなった。
「何か起こったに違いない。計画は変更だ」
ハワードも突然の事態に切歯扼腕していた。
しかし、どうする事もできず、ひたすら食い入るように様子を伺っていた。
レイは頭上を見上げ、ヘリコプターがビルの屋上から飛び立つのを確認し、口を硬く結んでそれを目で追っている。
レイはそれを見ながらライアンに耳打ちした。
「エレナはあのヘリコプターで運ばれている。場所はお前のポケットにメモを入れた。後でそれをみろ」
その後、レイはいきなりパンチをライアンの腹部にお見舞いした。
ライアンは手加減しないレイを恨んだ。
その後また、容赦なくライアンを突き飛ばして車に乗り込んだ。
車は動き出し、ライアンはその場でくの字になりながら、去っていく車を見つめ、身を屈めてうずくまっていた。
なんとか体を起こし、ハワードとカイルが居る車まで苦しそうに走った。
そして後部座席に乗り込み、どう説明したらいいのか顔を歪ませ、自分の失態をすぐに言えないでいた。
カイルもハワードもライアンに振り返り、喉の奥からせり上げてくるざわざわとした不快感を増幅させて、不測の事態にイライラしていた。
「ライアン、一体どうなっているんだ。エレナはどこだ!」
詳しい状況を知りたいと、カイルは声を荒げて、取り乱している。
その姿を見れば、ライアンは益々苦しくなり、苦虫を噛んだようになっては泣きそうだった。
「すまない。全ては俺のせいだ」
「だから、きっちりと説明しろよ!」
「カイル、落ち着くんだ」
ハワードに注意をされ、カイルは荒ぶる気持ちを必死に押さえ込んだ。
「ライアン、一体、中で何が起こった」
最悪の事態になった事はハワードも推測できた。
しかし、ライアンの口から一部始終を聞かないことには、始まらなかった。
ライアンが全てを説明する。
そしてそれを聞き終わったカイルが、ライアンを責め立てた。
「だから言ったんだ危険だって! なぜあの時みんな止めなかったんだよ。もしエレナに何かあったら…… 何かあったらどうすんだよ!」
その何かとは、この場合、死という言葉しか三人には浮かばなかった。
「そういうカイルだって、結局はエレナに折れて賛成したじゃないか」
ライアンも相当参っていたために、つまらない揚げ足をとってしまった。
「お前が、絶対守る、レイが側について大丈夫だっていうから、それを信じたまでだ。まさかこんな事になるとは思わなかったんだよ!」
「おい、二人ともやめないか。今、誰が悪いとか言ってる場合じゃないだろう。ここはどうするかが問題だ。こうなってしまった以上、ライアン、お前の父親、アレックスに連絡を入れろ。緊急事態だ」
「それこそエレナと博士が危ないじゃないか。何を考えてるんだよハワード」
「いや、もうどっちみち危険だ。研究の嘘がばれるのは時間の問題だ。エレナも博士もきっと殺される」
ライアンは息を飲み、胸を突き刺されたようにショックを受けた。
カイルも行き場のない思いに嘆き、ハンドルを叩いて八つ当たりしていた。
「もう強行突破しか助ける道は残されてない。後はアレックスに任せるしかない。幸い、レイがこちら側に居る事はデスモンド側は気づいてない。そのお蔭で、
アレックスがこっちに来るまでの多少の時間稼ぎができる。その間、私達ができることをしよう。それに今はレイが何とかするはずだ。きっとエレナも博士も助
け出せるはずだ」
「そうだ、ハワードの言う通りだ。嘆き悲しんでいる暇はない。この仮は返してやる。必ずエレナと博士は助ける。カイル、すぐに車を出せ。行き先はここだ」
ライアンはレイから渡されたメモをカイルに渡した。
カイルも、気を取り直し、車のエンジンを掛ける。
こうなると、破れかぶれになり、殴り込みを掛けにいくように、三人は一致団結して、救助へと向かった。
その間にライアンはアレックスと連絡を取り、一部始終を説明していた。
「エレナは大丈夫でしょうか」
ダニエルはレイに恐る恐る尋ねた。
沈黙を守り、組織の人間として振舞っているレイではあるが、その胸中は穏やかでないのを感じ取っていた。
「博士、書類はあなたに渡しておきましょう。あなたの娘の容態は、また向こうに着いてからわかることでしょう。デスモンドも、今、死なれては困ることぐらいわかっている。悪いようにはしない」
それはレイ自身、自分に言い聞かせているようでもあった。
ダニエルは、レイから書類を受け取り、それが何であるか中をそっと確認した。
そしてそこにあったものを見て、はっとするも、すぐに俯いては必死に感情を抑えていた。
存在しない研究資料の変わりに入っていた楽譜。
それが何を意味するか、ダニエルは一瞬で理解していた。
エレナはオルゴールの本当の意味に辿り着いていた。
自分が長年言えなかった真実。
すでに事実を知った上で、自分を助けに来た。
ダニエルは、書類を抱きしめ、むせび泣く。
全ては自分のせいで、エレナを危ない目に遭わせてしまった。
なんとしてでもエレナを助けなければならない。
──デイビッド、 マリー、エレナを守っておくれ
ダニエルは必死に祈っていた。
車は高速に乗り、そこを暫く飛ばしていた。
そのうち、何もない地平線が広がる平地にさしかかり、広大な土地が見渡せるようになった。
そこには、デスモンドの軍事基地とでも思わせるただっ広い土地があり、プライベートの飛行用に滑走路まで設備されている。
研究所とされるモダンな建物や格納庫、大きな倉庫があり、金に物を言わせた要塞が作られていた。
表向きは、コレクションとして戦車や戦時中に活躍した古い飛行機を、博物館が開けるごとく巨大な建物の中に集めて保管しているが、その裏で実際にまだ使えそうなものも紛れ込んでいた。
優良企業が全面的に表に現れているので、一般的にそこはデスモンド社の研究施設となんの疑いもない。
そこに武器や違法なものが隠されていても、強制的に入り込む手段がないので、警察も手も足もでる訳がなかった。
それは狡猾にその施設は市民権を得ていた。
その施設の広大な敷地の中に車が入っていく。
レイが飛び立ったところを見たヘリコプターは、一足早くこの施設に到着していた。
エレナがどうなったのか気が気でないが、焦る思いを必死に押さえ込み、レイはダニエルを連れて、研究施設の建物へ案内する。
とても大きなその建物は二階建てのビルで、壁全体がガラス張りになっており、立派な造りだが、ダニエルにとっては一度足を踏み入れたら二度と出てこられないところに見えた。
「コナー博士にざっとこの建物の案内をしてくれ。その後は二階の研究室に連れて早速準備してもらってくれ」
付き添いの男二人にレイはダニエルを任せ、そして自分はエレナの元へと急いだ。
どの部屋にエレナが居るのか、レイにははっきりとわからず仕舞いだった。
手当たり次第に部屋を覗いてた時、Jが廊下を歩いてくるのが見えた。
「D、一体何を探している?」
「博士の娘だ。彼女はどこだ」
「ん? 何をそんなに慌てている。お前らしからぬ態度だな」
「博士が娘の容態を私に尋ねたからだ。意識を失って倒れこんだから博士も心配なんだ」
「あの娘なら、この廊下の突き当たり、一番奥の大きな部屋だ」
「そうか」
レイはそこへ行こうと足を進めた。
「D、待て。スタークの息子はどうした?」
「アイツなら、ビルの前で突き放してきた」
「なぜ一緒に連れて来なかった。スタークに知られたらまずいぞ。お前、どう責任取るつもりだ」
「しかし、スタークの息子に手が出せるわけがないだろう。あの周辺で奴を見ている輩は一杯いる。デスモンド社で消えたとなったらもっと一大事だ」
「どっちにしても、奴はやっかいだ。スタークに知られる前に始末しないと。すぐに拉致して、酒と薬にまみれさせて事故死させるしかないな」
Jは早速携帯を取り出し、部下に命令をしようとした。
「当分は大丈夫だろう。博士の娘がこっち側に居る限り、あいつもスタークに話せない事ぐらいわかっているはずだ」
レイの言葉で操作していたJの指の動きが止まった。
「お前にしては、楽観的だな。いつもなら、すぐにでも口実を作って誰よりも早く後始末つけるのに、どうした、なんか変だぞ」
やはりレイの動揺した部分はJに読まれてしまっていた。
「この件に関しては、あんたに先を越されて悔しいのさ」
「向こうからやってきて、俺が最初に対応しただけのことでか?」
「ああ」
「つまらぬことで意地を張るとは思いもよらなかった。まあいい、それだけこの件は皆、躍起になっていたからな。しかし、結局は誰も利益を得ておらん。あとは博士がしっかりと協力してくれるかどうかだ」
「だから、そのためにも娘の様態が気になるのさ」
やっと自分の目的の方向へ話が繋がった。
常に言葉の端々に何を考えているのか見ているだけに、Jとの心理的合戦はいつも疲れてしまう。
レイは堂々として、エレナの居る部屋へ向かった。
だがエレナの様態が心配で足取りは急いでしまった。
その様子をJは、じっと見つめていた。
部屋の扉をあけると。人形の様に床にうつぶせになっているエレナの姿が目に飛び込み、レイは息を飲んだ。
床はカーペットとはいえ、土足で踏むようなところに、無造作にエレナを置き去りにしたJが許せない。
すぐに走り寄り、抱き上げるも、ぐったりとしていているその姿は、レイをぞっとさせた。
「エレナ、エレナ」
頬を軽く叩いて刺激を与えるも、まったく反応が得られず、体は熱を帯びて、このままでは本当に死んでしまうのではとレイは恐れてしまった。
いつもの冷静さはどこかへ消え、焦りの中、声を吐き出すように叫んだ。
「医者だ、医者を呼べ」
「おやおや君にしては珍しいね。たかが博士の娘ぐらいで取り乱すとは」
Jが後をつけていたのか、後ろから現れその様子を見て冷ややかに笑っていた。
「言っただろ、今、博士の娘に死なれては困ると。それくらいもわからないのか」
「ただ気を失っているだけだろ。そのうち気がつくさ」
エレナが車から落ちた事はJは知らないだけに、深刻に捉えてないのがもどかしい。
「かなり、熱がある。元々体調が芳しくなかったのかもしれない。とにかく医者を呼んだ方がいい。もし命を落とすような事になったら、博士は協力しない」
「それもそうだな。デスモンドにも死なないようにしろとは忠告されてる。死んでしまったら厄介には変わりない。仕方がない」
エレナを抱きかかえ、そこに設置されていたソファに寝かしつけているレイを尻目に、医者の手配をしにJは重い腰を上げた。
部屋を出る時、もう一度レイに振り返り、その様子を再度確認してから出て行った。
レイは医者が来る間、冷たい水、タオル、そしてブランケットを用意し、エレナを介抱する。
「エレナ、目を開けてくれ」
冷たい水で絞ったタオルで、エレナの顔を何度も拭いてやるときのレイは、組織の中に居ることを忘れるくらいに必死に看病していた。
その頃、ライアン、カイル、ハワードは研究施設を遠目に、警戒の厳しい入り口からどうやって入り込むか思案していた。
入り口には、見張りが銃を持って立っているのが用意に推測できる。
部外者の者がまともに入れる訳がなかった。
「近くに寄るだけでも、すぐに怪しまれて捕まってしまうぜ、ハワード何か良い知恵はないか」
一番の切れ者のハワードなら何かいい案があるかのように、ライアンは尋ねるが、そのハワードも首を横に振るだけだった。
「おいおい、折角ここまで来たのにどうすんだよ」
「うむ、他に忍び込める入り口はないのだろうか」
「ないだろうな。こういうところは常に警戒して、その辺に監視カメラや、防犯設備が整ってるだろう。例え忍び込めたとしても、蜂の巣になるだろうな」
ライアンとハワードが話し合っている中で、カイルは真剣な表情で前を見据えていた。
そして腹に力を込め覚悟した。
「僕に任せろ。良いアイデアがある」
カイルはいきなり車を走らせ、堂々と施設の正面玄関へと向った。
「カイル、馬鹿、お前何やってるんだよ」
「いいから、ライアンは後ろで黙って座ってろ」
研究施設の門の入り口に来たとき、案の定、腰に銃を添えた門兵が寄ってきた。
「やあ、僕はワーナー社のカイル・ワーナーと言うものだ。デスモンド社とはたまに仕事を一緒にしているものだ。今日はこちらで我社にとって、耳寄りな情報があると言われて来た」
見張りは、すぐさま詰め所に置いてあったスケジュール表を見渡し、確認した。
「そのような連絡は受けてませんが」
「当たり前だ、極秘の事だからな。しかしワーナー社はご存じだろう」
「は、はあ。存じておりますが」
「それならDという男にワーナー社のカイルが来たと連絡を取ってくれないか。これは極秘なので直接Dに連絡をして欲しいのだが、それはできるか」
「ちょっとお待ち下さい」
カイルの堂々とした態度は、まさにリーダーに相応しい。
ライアンはひたすらカイルのかっこよさに釘付けになっては、自分は敵わないと思ってしまった。
レイと連絡を取るために待たされる間は長く感じられ、じりじりと焦げていくような焦りがあった。
それでもカイルは自信たっぷりに、にこやかな笑顔を向け、その隣でハワードはいつもと変わらないままだが、ライアンは後部座席で隠れるようにハラハラとしてしまう。
緊張で、胃を強くきゅっと締め付けられ、口から飛び出しそうだった。
その同じ頃、付きっ切りの看病をしているレイの元に、携帯電話を耳元に当てた警備員がやってきた。
「……こちらに居ました。今変わります。あ、あの、門兵から連絡が入ってます」
電話を渡され、レイはそれを受け取った。
「なんだ」
「ワーナー社のカイルという方が極秘にDと会う約束をしていると申しておるのですが」
Dの口角が上向きになった。
「ああ、通してくれ」
それだけを言うと電話を返した。
警備員が引き下がった後で、レイはふーっと息を洩らした。
正々堂々と正面から大胆に入ってくる三人に感心する。
それも、そんな方法を使っても、そこに導いてくれる幸運が味方しているとも感じていた。
エレナを救うには欠かせない奴らだと、レイは改めて思った。
「エレナ、君の大好きなライアンがこっちに向かってるぞ。頑張るんだ」
それがエレナを元気付ける魔法の言葉でもあるように、レイは呟いた。
エレナがライアンに惹かれることは、自然の法則のようにレイは感じているところがあった。
連絡が取れた直後、門兵は、ゲートを開けた。
「どうぞお通り下さい。許可がおりました」
「そうか、ありがとう。但し、僕がここへ来たことはくれぐれも内密に頼むよ。なんせちょっとやばい事になりそうだから」
「は、はい。かしこまりました」
そう言って堂々と正面玄関を通り中へ入っていった。
「ヒュー、カイルお前やるね」
ライアンが口笛を吹いてカイルの度胸を称賛した。
「みごとだった、カイル」
ハワードも脱帽している。
「馬鹿、そんなことを言ってる暇はない。エレナと博士を助けないと」
鼻にかけない謙虚な態度も、男らしいとライアンは思っていた。
自分が真似できないかっこよさをカイルは持っている。
カイルにならエレナをとられても、文句は言えないところまで、気持ちは固まってきていた。
一刻も早くエレナを救出し、二人を祝福しよう。
ライアンは諦める覚悟がついていた。
三人が、施設の中に入ってみれば、穏やかじゃないものが沢山目に入ってくる。
ライアンはキョロキョロしてそれらを見ていた。
「しかしここは軍事施設か。タンクやらジープやら戦闘機まであるじゃないか。一体デスモンドは裏で何をしてるんだ」
「悪事と言う名のつくことはなんでもやってるんだろう。警察が尻尾を掴みたいはずだ」
ハワードは言った。
「さて、問題はここからどうするかだ。エレナや博士は一体どこにいるんだ」
カイルはエレナの安否が心配でたまらない。
その時、頭上にヘリコプターが飛んでくるのが目に入った。
そのヘリコプターの動きを注意深く見ていると、それはガラス張りの大きな建物の付近で着陸した。
中から、白衣を着た男が大きな黒いカバンを抱え、付き添いに案内されて、建物の中に入っていく様子が伺えた。
「どうやら医者みたいだな。エレナを診察するために来たのかもしれん」
ハワードが言った。
辺りは日が暮れかけ、薄暗さが段々と増してきた頃だった。
三人は車から降り、そして医者の後を追いかけた。