2
二人の転校生の噂はあっという間に学校中に広まり、2年A組の教室は休み時間になる度に人が集まってくる。
見物料でも取れるんじゃないかと、ユキは冷めた目で物珍しそうに見ている女子たちを眺めていた。
「また来たわ。次々と来るもんだわ。外国人なんて今の時代珍しくもないのに」
こそこそと覗き見をしている女子たちがユキには馬鹿らしく思えた。
堂々と話しかければいいじゃない。
こんな風に。
ユキはキースに向き合った。
「Kieth、are you doing all right so far?」
「ユキ、ニホンゴ デ ダイジョウブ。ニホンゴ デ ハナシテ。ベンキョシタイ」
キースは典型的な外国人訛りの日本語だったが、その訛りが却って作り物のように聞こえるくらい、日本語は上手に話せるようだった。
「キース、日本語上手いんだね。ねぇ、トイラも話せるの?」
「ソレハ トイラ ニ チョクセツ キイテミテ」
なぜかキースはクククと愉快とでもいうように声を押し殺して笑っていた。
この笑いに何か意味でもあるのだろうか。
ユキは言われるままにトイラに質問してみた。
「ねえ、トイラも日本語話せるの?」
トイラは面倒くさそうに振り向き、美しい緑の目でユキを睨んだ。
唯一その目が好きなユキには、それが無性に悲しくてたまらない。
「トイラ、ギーミー ア ブレイク」
やめてよという意味で、ユキは訴えていた。
トイラはその言葉に反応し、凄みを利かせていた表情が一瞬にして哀愁を帯びた。
口元がかすかに動いたが、何も言わずにまたプイと横を向いた。
ユキが混乱して、キースに助けを求めるように振り返ると、キースはお手上げといいたそうに肩をすくめた。
「ソノウチ ナカヨク ナレル……」
キースは慰めてくれたが、ユキはトイラの態度に納得いかなくて立腹していた。
トイラがこっちを見てないのをいいことに、ユキが後ろでフギャーと猫が威嚇をするような腹いせの声を発するとトイラの耳がピクッとしたように見えた。
何か言い返してくるのではと思っていたその時、声を掛けてきたのはクラスメートの矢鍋マリだった。
「あら、春日さん、さすが帰国子女ね。英語でペラペラと見せ付けてくれること」
クラスでも目立つ存在で、女子からの信頼が厚い姉御肌的な彼女は、気に入らないものを目にすると露骨に口にだす。
ユキの目から見ると、先頭に立ってユキをいじめるリーダーに思えた。
ふたりの間に不穏な空気が流れ、ユキが黙り込むと、代わりにキースが話し掛けた。
「ヤア、キミ ハ ダレ?」
澄んだブルーの瞳と白い歯がのぞいた優しい微笑みはマリをドキドキとさせた。
「あっ、私はマリ。あの…… その…… 」
キースの心に沁みるようなやさしい笑顔にはマリも敵わなかった。
マリは頬をピンクにほんのりと染めて恥らっている。
普段気の強い、意地悪なマリがキースを前にしてもじもじしている姿をユキは呆れて見ていた。
しかし、キースのお陰で場の雰囲気が変わったことは有難かった。
ユキは何も言わず一歩引く。
その間に、キースはマリに色々と質問し、マリはたどたどしくも必死にそれに答えていた。
キースのもつ優雅な雰囲気は、ぎすぎすした対立をもなくしていく。マリはキースに乗せられて次第に会話が弾んで笑い声まで飛び出した。
そこに他の女生徒たちも集まって、和やかになっていく。
キースは集まったみんなに気を遣い、誰をも魅了してやまなかった。
誰かがたどたどしい英語を使い出し、キースはそれを素直に褒めている。
日本語と英語の単語が混じって、まるで英会話の授業のようになっていた。
ユキには日本語で話せと言っておきながら、他の女子たちには英語を話せと催促しているようだ。
キースはユキの抱えている問題を読み取って、調和させようとしているのではないだろうか。
偶然だとしてもキースの咄嗟の気遣いはユキには有難かった。
少しほっとして緊張が解けたとき、トイラの視線を感じ振り向いた。
目が合うと、トイラは慌ててプイと横を向く。
「ねぇ、トイラ、なんで私を避けるの?」
ユキはいたたまれなくて、日本語で問いかける。
トイラは逡巡するも、ゆっくりとユキに振り返った。
困惑した表情を隠せないまま、トイラは黙ってユキを見つめる。
緑の目がユキを捉えると、口元が微かに震えだした。
さっきまで感じた冷酷さがどこかへと消え去り、そこには何かを乞うような弱い心が現れていた。
迷子のように不安を映し出し、憂いに潤んだ瞳が美しくも見える。
まるで宝石のエメラルド。
そう例えたとき、ユキははっとした。
──私、この目を知っている。どこかで見たことがある。
その時トイラが口を開いた。
「オマエ ノ コト キライ デハ ナイ。 オレ ハ コウイウ オトコ ダ」
トイラも日本語が話せる。
やはりその訛りは典型的な外国人アクセント。
でもどこか変に聞こえた。
無理をして突っ張った虚勢。
何か訳があるのでは? そう思ったとき、トイラの瞳が冷酷さを取り戻し仏頂面へと変わってしまった。
ユキが話す前に、トイラはまたプイと横を向く。それ以上話しかけるなといわれているようだ。
「あっ、ちょっと」
ユキが関心を向けようとしてもトイラは最後まで無視をした。
何なのこの男……
自分を嫌っているわけではない。それなのにこの極端な態度だ。
訳がわからず、ユキの口はただぽかんと開いていた。