Brilliant Emerald

第十章

5 

 「なんという情けない格好だ」
 トイラとキースが檻に入れられているその無様さにジークは侮蔑をこめて笑う。
 ゆっくりと近づき、じわじわと恐怖を植えつける。
 ユキの胸がそれに反応し、ユキを苦しめ出した。
 その痛みは今まで以上の激しさで、体がバラバラに砕けそうになっていた。
「ユキ! くそっ、仁、早く鍵を壊せ」
 トイラは檻の中で無駄に暴れる。
 落ち着きを失い、ただバタバタするしかできなかった。
 このままではユキが死んでしまう。
 なすすべがないまま、檻を力強くガタガタさせていた。
 仁も余計に焦ってしまい、何で鍵を壊せば良いのかわからない。あたふたと辺りを闇雲に触っては探しまくる。
 変なものばかり手に掴み、何をしていいのか完 全に見失っていた。

「仁、焦るな。大丈夫だ。しっかりしろ」
 キースは落ち着かせようと声をかけるが、自分もいっぱいいっぱいで落ち着いてられない。
 ジークはユキの側にじりじりと弄ぶように近寄った。
 檻の中でトイラがさらに暴れる。
「ユキに近づくな!」
 トイラが叫ぶが、ジークはそれがおかしくて仕方がない。
「ほんとに檻の中の豹だな」
 ユキを連れて行こうとジークはユキの体に触れた。
「ああああああ」
 ユキは絶叫した。
「ユキ!」
 トイラが悲痛の声を上げた。

「お前の思うようにはさせない」
 叫びながら仁がジークの背中に、手術用のメスを刺して攻撃する。
 ジークの背中に激痛が走ると同時に、ジークは仁を殺意をこめた目で睨みつける。
「何をする。殺してやる」
 我を忘れて怒気を発したジーク。
 仁は恐怖で身がすくむ。だが、ユキの苦しむ姿を見ると、必死で歯をくしばった。
 その時、ジークは手のひらを仁に向ける。
「仁、危ない、逃げろ」
 キースが叫んだ。
 ジークの光線が仁めがけて走ってくる。
 機敏な動きで一度目は避けられたが、もうすでに力を使い切ったように仁は肩で息をしていた。
 二度目襲われれば避けられるかわからない。
 ジークはまだ構えている。
 仁は手術台にあった金属のトレイを咄嗟に手にして、
 自分の前に突き出した。
 そしてそれにジークの光線が当たって跳ね返ったとき、偶然、トイラのケージの鍵に当たりケージの扉が開いた。
「やっと出られたぜ。サンキュー、仁。ユキを連れて、森の中へ行くんだ。早く」
 トイラは黒豹の姿になって、瞬時に襲い掛かった。
 ジークはひらりと後ろへ交わす。
 さらにトイラは顔をしかめ、牙をむき出して攻撃をどんどん仕掛けていった。
 トイラは数々のジークの行いに我慢の限界だ。もうジークを生かせておくつもりはなかった。
 その間に仁はユキを支えて外へ出て行った。

 先ほどの良子の悲鳴を聞いた柴山は、声のする部屋へ無我夢中で飛び込んでいた。
 そこでソファーに押し倒されている良子を見て、髪の毛が逆立つほど憤慨した。
「俺の良子に何をする!」
 突然見知らぬ男が現れて驚く田島。柴山から思いっきりパンチをくらい、床に倒れこんだ。
「圭太……」
 男らしいその姿に良子は感動していた。
 柴山はハアハアと興奮状態で荒く息をして、良子をちらりと見て微笑んだ。
 ふたりの気持ちが通じていた。
「お前は誰だ、住居不法侵入で訴えるぞ」
 頬を押さえながら田島亮一が吼えた。
「ああ、訴えてみろ!お前のやってる不道徳な悪事をばらしてやる。写真もしっかり撮らせてもらったよ。トイラとキース返して貰うぞ。ケージの鍵を出せ。それとももう一発殴られたいか」
 田島が顔を歪ましてしぶしぶとポケットから鍵を出した。
 それを柴山から少しずれた方向へ投げた。
 柴山がそれに気を取られて、鍵を拾おうとした瞬間、田島が立ち上がり突然柴山に飛び掛った。
 二人は転げるようにもみ合う。
 良子はおろおろしながら、ホームバーのカウンターにあったワインのボトルを手にとって、田島の頭を殴った。
 ボトルがにぶい音を出し、田島は一撃で気絶してしまった。
 柴山と良子は顔を見合わせると、しっかりと抱き合った。
「圭太、ありがとう」
 それは勝気な良子らしくない、しおらしい一人のか弱い女性になっていた。
「当たり前だ、良子は俺のもんだ。とにかく、この続きは後だ。トイラとキースがまず先だ」
 倒れている田島亮一を尻目に、鍵を持って二人は走った。


 動物実験センターと影で呼ばれるその部屋では、トイラとジークの激しいバトルが繰り広げられ、戦場となっていた。
 柴山と良子は目の前の光景に唖然としてしまう。
「なんだこりゃ」
「圭太、とにかく早く鍵を」
 柴山はキースのケージを開けてやった。
 キースはお礼を言うと、狼の姿でトイラに加担した。
 部屋の中は壮絶だった。
 あらゆるものがめちゃくちゃに倒され、物はどんどん壊れていく。
 雷と地震と台風が一度に発生したように激しく戦いが繰り広げられている。
「ここに居たら危ない。俺達も逃げよう」
 柴山は良子を連れて外へ逃げた。

 
 トイラに言われた通り、ユキを連れて仁は森の奥へと入っていく。
「ユキ、大丈夫か」
「うん、少しはましになったわ。でもまだ胸がちくちく痛い」
「まだジークの側だからだ。頑張ってもうちょっと歩こう」
「仁、ちょっと待って」
 ユキは立ち止まって、おもむろに制服のネクタイを取り、シャツのボタンを外した。そして胸のアザがまた大きくなってるのを確認した。
 それは十日余の月の大きさだっ た。

「やっぱり、大きくなってた。あと少しで満月かもしれない」
「ユキ、大丈夫だ。トイラが絶対助けてくれる。ほら、早く歩こう」
「うん、仁、もしも、もしものときは、悲しまないでね。私はトイラの中でちゃんと生きてるから」
「馬鹿なことを言うな。ユキはどこにも行かないよ」
 仁は泣きそうな顔になって、ユキを支えて森深く入っていった。
「仁、どこまで森の中へ入っていくの?」
「僕にもわからない。トイラが森へ行けっていうから、きっと何かあるんだろうと思って来たんだ」

 そしてユキは遠くに見たことのある光景を目にして、信じられず目をぱちくりとした。
「あっ、あれは、トイラの好きな木だ。どうしてここに」
 暗闇の中、ぼうっとあの神秘的な大木が見えた。
 ユキは見間違えたかと、目をこすった。
 凝らしてみるが、すっとその木は段々姿を消していく。
 ユキはその木に消えないでと手を伸ばした瞬間だった、突然上から何かがぶつかってきた。
「痛い」
 ユキが顔を上げると、腰を抜かすくらいの大量の鳥が木の枝にとまってユキたちを見下ろしていた。
 ユキが震える手で仁に知らせる。
 仁はそれを見るなり 「あっ」と声を上げてしまった。
 鳥たちはその声を合図に一斉に襲い出した。
「うわぁ、今度は鳥だ」
 仁はユキに覆いかぶさるように地面に伏せた。
 容赦なく鳥は次々と仁をつつく。

「痛っ」
「仁、私のことはいいから、逃げて。鳥は私が目的なの。これもジークに操られているんだわ」
「嫌だ、僕は君を守る。絶対に守るんだ。僕だって、ユキを助けられる。助けられるんだ」
 仁は目の前にあった枝を手に取り、立ち上がって無我夢中で振り回した。
「仁……」
 ユキも枝を手に取り、必死で抵抗する。
 鳥の攻撃は一向に収まらない。
 抵抗が無駄だと思い知らせるかのように、次から次へと休むことなく攻めてくる。
 仁もユキも終わりのない戦いに、へとへとになっていった。
 しかしやめる事もできずボロボロになりながらも応戦する。
 それでも鳥たちは容赦なく二人を攻撃し続けていた。
「このー!!」
いつまで続ければいいんだと、仁は自棄糞で声を張り上げて吼えていた。
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